18 アオイさんとの合宿④

 荷物を宿直室に置いた圭太達は懐中電灯を片手に早速校内を調査していた。外で雨が降っているせいか、まるで学校の中に閉じ込められているような、そんな閉鎖的な空気が辺り一帯に蔓延している。水道から滴る水の音、廊下の窓を叩きつける雨粒の音、廊下と上履きが擦れる音、その全ての音がやけに大きく廊下に響いていた。


「おおぉ、いい雰囲気出てるじゃねぇか」

「確かに雨の日の学校はいつもと違うよね」


 雨の日独特の空気と夜の学校の空気が混ざったなんとも言えない空気に昴が無邪気にはしゃぐなか、圭太は身震いをしていた。そんな圭太の様子が気になったアオイさんは彼の背中を優しく擦る。


「圭太君、怖かったら私を頼っていいからね」


 続けられた『アオイお姉さんはいつでもウェルカムだよ』というアオイさんの言葉に頼もしさを感じた圭太は『ありがとうございます』と一言だけ感謝の言葉を呟くと自らの頬を少し強く叩く。この行為は出来るだけアオイさんに頼りたくなかったからで、圭太としては彼女にあまりみっともないところを見せたくはなかった。


 それからしばらく廊下を歩き、学校の正面入口までやって来ると昴が突然圭太達の方へと振り返った。どうやらここが目的地らしい。


「よし、着いたぞ。ここが始めの調査ポイント、正面入口の大鏡だ」

「正面入口の大鏡って、そこに何か映ったりするのか?」

「おうそうだ勘がいいな、冬馬。その鏡に話しかけると全身水浸しの女の人が映るって噂だ。じゃあ早速圭太、頼む」


 いきなり名指しされた圭太は『どうして僕なの?』と咄嗟に声を出して抵抗するが、昴には通じなかったようで、彼は『怖がっている人にそういうモノが寄ってくるって言うだろ?』という訳のわからない理論を唱えながら圭太の背中を力強く押す。そして圭太は力に流されるがまま前方に進み、気づいた時には大鏡の前にいた。


 ちなみに現在調査中の『水曜日の呪い』、噂としてはいくつもあるが昴によると主に三つまで絞ることが出来るらしい。

 一つ目は誰もいないはずの廊下から水っぽい足音が聞こえる『水曜日の足音』。

 そして二つ目は窓に赤い血のような液体で無数の手形がつく『赤い手形』。

 最後に三つ目が現在調査中の、大鏡の前にいくと全身水浸しの女が映る『水浸しの女』。

 昴が言うには全て人の気配を感じる現象ということとその現象を見たものは三日以内に不幸なことが起きるという共通点があるらしいが今の圭太からしたらそんなことはどうでも良かった。何故なら今がまさに不幸な目に遭っている最中なのだから。


「立ってるだけでいい?」

「まぁそれでもいいが出来れば鏡に向かって話しかけてみてくれないか。もしかしたら会える確率が上がるかもしれん」


 何故そう思ったのかという疑問を飲み込み、とりあえず鏡に向かって挨拶をすることにする。圭太には今更とやかく言うつもりなど無かった。その理由はもちろん断ると後々面倒だから、それに限る。


「こんばんわ」

「こんばんわ、圭太君」


 そんな圭太にアオイさんは挨拶を返していた。一体何をしているんだろうと目の前にいるアオイさんをじっと見ていると、彼女は『勝手にやってることだから気にしないで』と笑みを浮かべる。


「一人で鏡に向かって話すのも悲しいでしょ?」


 続けてそう言う彼女は善意全開で、それが少しありがたい圭太はなんとも言えなかった。しかしだからといって何も話さないのも違うのでとりあえず今回調査している噂についてアオイさんに聞くことにした。


「そういえば知ってたんですか? この噂」

「この噂って今やってるこれのこと?」

「そうです」

「えーとそうだね。確かあれだね、私のデータベースによれば……」

「分かりました。知らないんですね」

「ちょっとまだ何も言ってないんだけど……」


 むっと頬を膨らませるアオイさんは案外可愛らしい。本人に言ったら怒るだろうが、怒っているアオイさんの姿はまるでドングリを口いっぱいに詰め込んでいるリスのようで見ているだけでほっこりした。


 それはさておき、それからいくら鏡に向かって……もといアオイさんに向かって話しかけても鏡の中に全身水浸しの女が映り込むことはなかった。映り込んでしまったらそれはそれで嫌なので良かったと言えば良かったのだが。


「何も起こらないよ、昴」


 文字通りお手上げ状態の圭太は所詮噂は噂に過ぎないということなのだろうと自分の中で勝手に結論付け、アオイさんと共に昴と冬馬のもとへと戻る。


「圭太でも駄目だったか。仕方ない、ここは一旦引いて次に行くか」

「次って……」

「次は『水曜日の足音』だ。噂によると水が多い場所に出るらしいから宿直室近くの水道とかで張っておくか」

「昴、お前もしかして全ての噂について回るつもりなのか?」

「当たり前だろ、冬馬。今日は合宿でまだ夜の九時だ。寧ろここからが本番と言っても過言じゃないだろ」


 本気で言ってるのかと昴に聞こうとして止める。彼は聞くまでもなくやる気に満ちた顔をしていて、どうせ聞いても『当たり前だろ』と返されるのが容易に予想出来た。


「とにかく後二つだ。後のはじっと張り込む系のやつだから眠くならないように気を付けろよ」


 『じゃあ行くぞ』という昴の掛け声にやる気のない返事を返す圭太と冬馬。今更ながら圭太はこの同好会に入ったことを後悔していた。

 そもそも昴の頼みは家事があるからと断ることも出来たはずなのだ。親友だからという理由で付き合ってはいたが無理に付き合う必要はもとからない。

 そうだ、今からでも間に合う。短い付き合いではないのだから昴に言えばきっと分かってくれるはずだ。


「ねぇ昴、ちょっと話があるんだけど」


 それから思いきって昴に話しかけるが、その声は廊下に虚しく響くだけだった。目の前には誰もおらず、後ろを振り返っても誰もいない。考えているうちに先に行ってしまい聞こえていないだけなのかと思ったりもしたが、次の目的地まではそう距離もない。叫べばきっと聞こえるはずで、というか今の声も聞こえていたはずで何も反応がないというのはおかしいことだった。


「もしかしてアオイさんですか?」


 もしかしたらアオイさんの仕業なのだろうかと誰もいない廊下に向かってそう問いかけるがそれでも返事はない。何かがおかしい、そう感じたところで廊下の先からピシャッピシャッと水っぽい足音が聞こえてきた。

 音がする方へと視線を移動させるとそこには段々とこちらに向かっている黒い影があった。

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