17 アオイさんとの合宿③

 合宿の集合場所に着くとそこには既に合宿に参加するメンバーが全員揃っていた。いつも通りやる気満々の昴は圭太が来たのを確認すると桜場先生の方を向く。

 ちなみにアオイさんはというと学校の少し手前辺りから圭太の傘に潜り込んでいた。その理由は言わずとも分かるだろう。


「全員揃いましたよ、先生」


 昴の言葉に反応したのはオドオドした様子の桜場先生、彼女は少し嫌そうに昴の言葉に返答する。


「本当に私も行かないと駄目なんですか?」

「先生がいなくて誰が宿直室の鍵を開けるんですか。さぁ行きましょう!」

「わ、分かりましたのでそんなに怖い顔しないで下さい」

「怖い顔なんてしてませんよ。そうだろ? 圭太」


 急に話を振られた圭太は咄嗟に『うんそうだね』と返事をするが、実際昴は普通の人より背が高く、顔も強面なので夜明かりのない場所ではかなり怖く見えた。だがわざわざそのことを本人に伝える必要もない。


「雨も降ってますし、そろそろ学校の中に入りませんか?」


 それから圭太が遠慮がちにそう提案すると『それもそうだな』と昴は校門の扉を開け、一人で中に入っていく。アオイさんはかなりの自由人だが、昴も相当な自由人であると、そう圭太は思わざるを得なかった。


「これって残業代でないんですよね……」


 そんな光景を圭太の隣で見ていた桜場先生はそう呟くと同時にため息を吐きながら、昴の後をついていく。彼女の背中からは悲壮感が漂っていて、圭太はどうしてだが彼女に同情してしまっていた。


◆◆◆


 学校の中に入ったアオイさんを含めた合宿メンバー五人は校舎二階の廊下を進み、現在宿直室の扉の目の前にいた。


「じゃあ俺達はこっちの広い部屋を使いますね」

「は、はい」


 宿直室は二つあり、片方の少し狭めの部屋がアオイさんを除いて唯一の女性である桜場先生が、もう片方の広い部屋が昴、冬馬、圭太に加えてアオイさんの四人が使うと事前に決めていた。アオイさんは桜場先生の方でも良いのではないかと思ったりもしたが、本人が嫌がったのだ。


「じゃあ私はここにいるので調査なり、なんなり好きにしてください。くれぐれも危ないことはしないように、それと何かあったら私に報告をお願いします」


 宿直室の扉の前で昴に片方の部屋の鍵を渡しながら桜場先生は圭太達に注意事項を伝える。嫌だと言いながらもしっかりと合宿の監督役という役目は果たすようだと圭太は少し安心していた。


「分かりました、先生。この二人が危ないことしないように俺がしっかり見張っておきますので安心して下さい」

「えーと、どちらかといえば高坂君の方が心配なんですけど……」

「そうですね先生。昴が危ないことにしないように俺の方が見張っておきますよ」


 昴と桜場先生の会話に突然割り込んだのは冬馬、彼はいつもの調子で昴の反感を買うような言葉を発する。


「それはどういう意味だ、冬馬」

「言葉の通りだ。お前が一番危ないことをしそうってことだよ」

「やんのか?」


 以前夜の学校に調査しに行ったときのような会話に圭太はこれから展開されるであろう口喧嘩を予測して昴と冬馬の二人をどう宥めるか考える。しかし、そもそもどう宥めるかなど考える必要はなかった。


「いやいい……」


 それは冬馬が昴の喧嘩を買わなかったため。いつもなら昴からの喧嘩は絶対に買うはずの冬馬が今回買わなかったことが不思議でたまらなかった圭太は冬馬に訊ねた。


「冬馬、どうかしたの? 何だかいつもと違うけど」


 圭太が訊ねた途端にため息を吐く冬馬は見るからに落ち込んでいた。何かあったのだろうかと圭太もさらに冬馬を心配する。


「いや別に大したことじゃないんだが、そうだな。ただ一つ原因があるとすればあれだな」


 冬馬は言おうか言わまいか悩んだ末にゆっくりと口を開いた。


「これから一日、妹に会えないと思うとな……」


 それから何を言うのかと思えば妹の話だった。予想外のことに圭太は苦笑いを返すことしか出来ない。冬馬が妹に会えないことで悩んでいるなど一体誰が予想できようか。多分誰も予想できないだろう、と圭太は心の底から思っていた。


「そういえば冬馬の妹さんっていくつなの?」


 それでも圭太、だてに何年も冬馬の親友をやっているだけあって比較的間が空くことなく会話を継続させる。


「あれ? 言ってなかったか?」

「確かね」


 以前も聞いたことがあるかもしれないが圭太はとりあえず聞いたことがないというていで話を進める。寧ろそうしなければ、『何で俺の妹の歳を覚えていないんだ』と面倒なことになるのが容易に予想出来た。


「今年で十四歳になるんだよ。今は中学二年生でな、何て言うかスゲー可愛いんだよ。いやもちろん妹は生まれたときから天使なんだけどな今は特別可愛いというか……あ、これが妹なんだけどよ」


 冬馬は急に何かのスイッチが入ったかのように妹について語り始める。それから中学校の入学式のときのものだろうか、彼は自分自身と彼の妹が写った写真をスマートフォンの画面に表示させて圭太に見せた。


「左側にいるのが妹だ」


 冬馬見せてきたスマートフォンの画面には冬馬と彼に少し顔の雰囲気が似た肩まで伸びた綺麗な黒い髪が特徴的な少女が並んで写っていた。写真を見る限りではおっとりとしていて人の庇護欲を掻き立てそうな、そんな印象だ。


「へぇ、これが冬馬の妹さんなんだね。確かに可愛いね」

「そうだろそうだろ。俺の自慢の妹だ」

「はぁーそれにしてもお前と似てないな、冬馬」

「そうですか? 雰囲気が新井君にそっくりですよ」


 突然圭太の耳に届いた冬馬ではない声に彼が顔を上げると、そこには冬馬のスマートフォンを覗き込む昴と桜場先生の二人がいた。二人の様子を見る限り、話を聞いているうちに気になってしまったといったところだろう。


 そんな昴と桜場先生の姿を見て『そういえばアオイさんはどこに行ったんだろう』とアオイさんを気にしていると、丁度彼女の声が背後から聞こえた。


「ねぇ圭太君」

「はい、どうしました? アオイさん」


 すぐさま聞こえてきた声に返事をする圭太にアオイさんは少し悲しそうな表情で言葉を続ける。


「さっき圭太君が言ったことなんだけど、その……私には言ってくれたことないなって思って」


 少しだけ期待する目をしたアオイさん。彼女が言っているのは多分先程冬馬の妹の写真を見て言った『可愛い』という一言、それは分かるのだが実際に面と向かって言うのは話が違った。写真を見て言うよりも確実にこちらの方がハードルは高いのだ。だがしかし、圭太に選択の余地などなかった。


「アオイさんは可愛い、というよりは美人系ですよ」


 それは言わないといつまでも聞いてくるからという理由もあるが、一番の理由はこれ以上アオイさんの悲しそうな表情を見たくなかったからだった。


「……なに恥ずかしいこと言ってるのさ!」


 アオイさんは頬を赤らめて返事をする。自分で言わせておいて恥ずかしがっている彼女に圭太が『なんでアオイさんの方が恥ずかしがっているんですか』と笑うと、それに対してアオイさんは少し頬を膨らませて『だってまさか本当に言ってくれるとは普通思わないよ』と小さな声で反撃した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る