14 アオイさんは掃除がしたい

 学校の廊下、窓の外で雨が降っているの確認した圭太はそれから窓越しに空を見上げる。するとそこには灰色の雲が一面に広がっていた。

 今日は週の半ばの水曜日、廊下を通る生徒達の表情はまだ週の半ばだからか、はたまた天気が悪いからかどっちだか分からないが、皆一様に雲っていた。そんな中に一際大きな声をあげて、元気よく廊下を走る男が一人、その男は一直線にこちらへと走り寄った。


「おい聞いてくれよ、圭太!」


 圭太に走り寄った男の正体は昴。彼は走って乱れた息を整えながら、一枚の紙を取り出し圭太に渡す。そこには『オカルト研究同好会』なる文字が大きく書かれていた。


「これってこの前の部活のやつ?」

「そうだ、喜べ」

「喜べって申請通ったの?」

「まぁ簡単に言えばそういうことだ。詳しい話は放課後だ」


 昴はそれだけ言うとどこかへ行ってしまう。いきなり現れ、いきなり去っていく昴を見送った圭太は再び昴から渡された紙に目を通した。


「なるほど、昴も結構酷いことするな」

「どういうこと? 圭太君」


 圭太の呟きに反応するのは圭太の背後から紙を覗き込むアオイさん。彼女からの問いかけに圭太は一言だけ返した。


「ああ、これですよ」


 そう言って圭太が指し示したのは部活動指導員の欄、そこには『桜場さくらば春子はるこ』と書かれていた。桜場春子はこの学校に今年から赴任してきた古典の教師で挙動不審な態度と気が弱いことで早くも校内では有名だった。ここまで分かれば後は簡単、昴は彼女が気弱だということを知って部活動の顧問を彼女に無理やり頼み込んだのだろう。そう言えるのは部活動指導員の欄に書かれた文字が所々ぶれているからであった。


「もしかして無理やり書かされたのかな?」

「そうは思いたくないですけど、昴なら分からないです」

「なんかこの人ドンマイって感じだね」

「そうですね」


 昴の被害にあった桜場先生のことを思った圭太の口からは自然とため息が漏れる。それはアオイさんも同じで、二人は一度顔を見合わせると再び大きなため息を吐いた。


◆◆◆


 放課後になり、圭太とアオイさんは渡された紙に書かれている部室──校舎三階にある空き教室へと向かっていた。


 放課後と言っても部活動で残っている生徒は多く、圭太は時折廊下ですれ違った生徒に温かい目を向けられる。キョロキョロしているのに加えて背の低さと、どちらかというと女性よりの中性的な顔立ちに一年生が校内で迷子になっていると勘違いされ、注目されていたのだが圭太は全く気にしていなかった。


「ここですかね」


 しばらく歩き続けて、昴が立ち止まったのは学校の正面入口から見て校舎三階一番右端の教室の扉前。扉はボロく、扉の上部に埋め込まれた嵌め殺しの窓越しにクモの巣も張っていることから、しばらくの間使われていないということは容易に窺えた。


 圭太はそんな教室の扉に手をかける。開けると同時に空気の流れに乗った埃が圭太の視界を奪うが、すぐにあらゆるところに物という物が乱雑に積まれた部屋が姿を現した。見た感じ、多分十五畳くらいの広さはあるだろう。


「なんか物置みたいな感じするね」

「そうですね」


 アオイさんの言葉を借りるなら物置、寧ろそれ以外にこの教室を表現することなど出来ない。


 ふと気になって近くに積まれた段ボールを指でなぞれば空中に舞う埃、本格的にこの教室を部室として使う前にまずは掃除する必要があった。


「とりあえず教室を換気しましょうか」


 圭太はそう言うと一人奥に進み、教室の入口とは反対にある窓を開けようとする。しかし長い間使われていなかったからか窓が固く、中々開けることが出来ずにいた。そんな光景を見るに見かねてかアオイさんは彼の近くへと歩いていく。


「全く圭太君は仕方ないな。私も手を貸すよ」

「ありがとうございます」


 せーの、の掛け声で力を合わせ窓を引く二人。二人の力を合わせてただの固い窓が開かないはずがなく、無事窓を開けることには成功する。しかし開けたときの反動でぶつかったのか窓付近に積まれた物の一部が崩れ落ちた。そして崩れ落ちると同時に辺り一帯、大量の埃が舞い上がる。


「……アオイさん大丈夫ですか?」


 舞い上がった埃で涙目になりながらも圭太はアオイさんを探す。


「うん、私は大丈夫だよ。それより圭太君は大丈夫?」


 一方のアオイさんはどこか冷静だった。普段と違う彼女の雰囲気にどこか違和感を覚えた圭太は涙でぼやける視界の中、アオイさんの視線の先を見る。彼女が見ていたのは下、正確に言うと先程ぶつかって崩れ落ちた物を見ていた。


「そこに何かあるんですか?」


 気になってアオイさんに訊ねれば、彼女はハッと我に返って勢い良く首を横に振る。


「ううん、何でもないよ。それよりも掃除しなきゃだよね」


 何かを隠しているのは確実だが、だからといって無理やり聞き出すことなど出来ないし、そもそもそんな権利、圭太は持っていない。彼に出来るとすれば、それはアオイさんの見ていた物を確認することくらいだった。


 舞った埃が窓から外へと流れ、視界が回復したタイミングで圭太は先程崩れ落ちた物を見る。しかし、そこにあるのはそれほど特別な物ではなかった。


「卒業アルバム?」


 圭太の視線の先には過去何年分とも知れない何冊もの卒業アルバムが散らばっていた。見るから黄ばんでいて、所々シミがあることからそれらが相当昔のものだと推測出来る。

 とりあえず中身を確認しようと圭太が複数散らばるアルバムのうちの一つに手を伸ばしたとき、突然の大きな声が彼の耳を襲った。


「圭太君止めてっ!」


 声の正体はアオイさん、彼女は自分で出した声に驚いたのか自らの手で自らの口を押さえていた。

 流石にこれ以上はアルバムを見る気になれず圭太は伸ばしていた手を引っ込めると『すみません』とただ一言だけ謝る。それから圭太のその言葉を聞いたアオイさんもどこか申し訳なさそうに謝罪の言葉を口にした。


「私こそいきなり大きな声出してごめんね。でもそれだけは駄目なの、分かって……」


 彼女の懇願するような言葉と声に圭太は何も言うことが出来ない。気まずい空気が流れ、これからどうするかいよいよ分からなくなってきた頃、突然教室の入口の方から賑やかな声が聞こえてきた。賑やかな声は段々と近くなり、はっきりと聞こえるようになっていく。


「……それで部室だけどよ。見てみた感じだと掃除しなきゃ駄目そうなんだわ」

「だったらここは部長の昴が責任を持って掃除したらどうだ?」

「冬馬、お前は手伝わない気かよ。薄情なやつめ」

「手伝わないとは言ってないだろ」


 そんな会話と共に現れたのは昴と冬馬だった。

 二人は教室の中にいる圭太を確認すると驚いた声をあげる。


「なんだよ。いるなら言ってくれよ、圭太」

「ああ、うん。ごめん」

「それで部室を見てもらえれば分かると思うが……」

「掃除だよね」

「そうだな、分かってるじゃないか。流石は圭太だ、冬馬と違ってな」

「なんだと? もう一回言ってみろ、昴!」


 突然始まった昴と冬馬の口喧嘩で先程の気まずさがどこかへ行ったのを感じた圭太はそれからアオイさんに小声で話しかける。


「アオイさん、さっきのことは本当にすみませんでした」

「ううん、私の方こそごめんね」


 アオイさんの再びの謝罪から少しの間があって……。


「……掃除やりましょうか」

「もちろん」


 圭太とアオイさんは顔を見合わせ、掃除用具を取りに教室を出る。圭太が呟いた言葉は昴と冬馬にも聞こえていたようで。


「……ん? もう掃除するのか?」

「昴には癪だが、圭太がやるなら俺がやらないわけにもいかないか」


 圭太とアオイさんに加えて昴と冬馬も掃除をするために隣の教室へと掃除用具を取りにいった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る