15 アオイさんとの合宿①

 部屋の中にあった物が片付き、スッキリすると教室は物置というより部室と呼ぶ方が相応しいほどまでになっていた。まだ多少の物は残っているがそれもビニール紐でしっかりと纏められていて散らかっているという印象は受けない。

 元々十五畳くらいの広さはあっただけに部室内は物が片付くとそれなりに広く、物があまりない今の状態だと寂しさを感じるまでだった。


「まぁ結構時間はかかったが、こんなもんだろ。みんなお疲れ」


 昴がぐったりする冬馬と圭太に労いの言葉をかけると同時に部室の扉がガタガタと音を立てる。部室内にいた四人の視線が全て扉へと集まると、部室の扉はそれからゆっくりと開いていく。扉が半分くらい開いたところで一度扉の動きが止まり、そこから一人の女性が扉の隙間から顔だけを覗かせた。


「すみません、私がこの同好会の顧問をすることになりました。桜場です」


 扉から顔だけを覗かせた女性──桜場先生はそれからさらに扉を開き、全身が見えるようになるとペコリと頭を下げる。妙に腰の低い桜場先生の態度に圭太は『なるほど』と昴の頼みを断れなかったのはこういうことかと再度納得していた。


「あ、あのお掃除お疲れ様です。これ差し入れです」


 頭を下げたまま、手だけを勢い良く前に出す桜場先生。よく見るとその手にはビニール袋が下げられており、中にはペットボトルが多く入っていた。


「お、先生、それ俺達にくれるんですか?」

「は、はい私は仕事で掃除に参加出来なかったので、せめて冷たい飲み物でもと思って」

「ありがとうございます、先生」


 昴が桜場先生からペットボトルが入ったビニール袋を受けとると、それから彼は圭太と冬馬の方を見る。


「そういえば紹介してなかったな。桜場先生がこの部活の顧問をしてくれることになったんだ」


 昴の紹介に続いて、桜場先生も再び『桜場です。よろしくお願いします』と挨拶をする。それから彼女は『それと部活じゃなくて同好会ですよ』と付け加えるように訂正した。


「そうだった、同好会でしたね。それはそうと二人とも挨拶はどうした」


 昴に促されて圭太と冬馬の二人は挨拶をする。なんとなくここでさっきから妙に静かなアオイさんのことが気になった。


「どうかしたんですか?」


 気になって声を掛ければアオイさんは『ん?』と不思議そうな目で見てくるだけでいつもと変わらない様子。どうやらただボーッとしていただけのようだ。


「おいどうした、圭太。窓の方なんか見て。もしかして何かあるのか?」

「いやなんでもないよ。それより掃除も終わったし、今日はもう終わりだよね?」


 圭太は帰る気満々でそう質問するが、昴は舌を鳴らしながら首を横に振る。今の彼の顔は何か企てている時の顔であった。


「まぁ圭太、せっかく今日活動を始められた部活……じゃなくて同好会だ。ちょっとくらい付き合ってくれるよな?」

「ちょっとくらい?」

「そうだ」


 不敵な笑みを浮かべる昴はそれから部室内にいる全員が見渡せる窓際まで移動すると大きく手を広げる。そして大きな声で宣言した。


「今日合宿をする!」

「合宿!?」


 いきなりの合宿宣言に驚きでついていけなかった圭太は同じ言葉を繰り返す。もちろん冬馬も驚いていた。


「でも今日はまだ水曜日で、明日も普通に登校日だよね」


 そう、今日はまだ水曜日で週末というわけではない。今日合宿するとなると明日はそのまま学校に通う必要があった。


「そうだな、でもどうしても今日じゃなきゃ駄目なんだ。しっかり先生の許可も貰っている」


 昴は同時に桜場先生と視線を交わす。桜場先生のうんうんと勢い良く首を縦に振る様子を見る限り昴が言っていることは本当のようだった。確かに前回夜の学校に勝手に忍び込んだことを考えれば、今回の学校側の対応も頷けた。また勝手に侵入されるよりは予め許可を取ってくれた方がまだマシということなのだろう。


「それでどうして今日じゃなきゃ駄目なの?」


 圭太は率直な疑問を昴にぶつける。


「それは話せば長くなるんだが……」


 圭太の疑問に対して昴は一度言葉溜めた後、勿体ぶるように続きを話す。


「二人はこの学校に伝わる『水曜日の呪い』っていう噂は知ってるか?」

「「『水曜日の呪い』?」」


 圭太と冬馬はそんなの初めて聞いたとでも言いたげな顔で同時に聞き返していた。

 オカルト系が苦手だと自負している圭太はともかく比較的オカルト系の噂に強い冬馬までもが知らないことは珍しい。となるとよほど知る人ぞ知る噂か、最近出来た新しい噂かの二択だった。


 そんな圭太と冬馬のオウム返しに昴は噂の詳細を話し始める。


「まぁこれは俺も最近知ったんだが水曜日でしかも雨の日にな、この学校で水に関する怪奇現象が起こるんだとよ」

「怪奇現象ってポルターガイストとか?」

「それもあるがな。他には誰もいないはずの廊下から水っぽい足音が聞こえるとか、次の日校舎の至るところに水溜まり出来てるとか、全部引っくるめて『水曜日の呪い』って言われてるみたいだ」


 昴と圭太の会話で何かに納得がいったようで冬馬は『なるほど』と一人呟いた。


「そうか、それで今日が水曜日で雨だから合宿したいってことか。その噂の条件は揃ってるからな」

「珍しく冬馬にしては分かってるじゃないか。そうだ、だから今日じゃなきゃ駄目なんだ、分かるか? 圭太」

「でもだからって明日も学校あるし……」

「お願いだ、圭太。この通り!」


 昴のプライドはないのかと言いたくなるほどの土下座に一歩後ろに下がる圭太。ここまでされて圭太がお願いを断れるはずもなく。


「分かったよ、やればいいんでしょ、合宿。でも一回家に帰るよ。準備もあるし」

「おうよ、しっかり準備してきてくれ!」


 圭太は視線だけでアオイさんに謝ると、それから準備のため帰路につく。


「じゃ、じゃあ私はこれで失礼しますね。今日は頑張って下さい」

「何言ってるんですか。先生も合宿に参加するんですよ。顧問ですよね?」

「え? そんなの私聞いてないですよ」

「それじゃあよろしくお願いします」

「え、ちょっと……」


 それと同時に帰り際聞こえた会話に圭太は同情するのだった。

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