13 アオイさんと席替え

 梅雨、湿気が体に纏まりつくようになった季節に圭太達のクラスは席替えを行っていた。くじ引きで決まる席は特別視力の悪くない圭太だと完全に運だけで決まるもので例えどんな席になっても文句は言えない。


「えーとドンマイだよ、圭太君」

「そうですね、こればっかりは仕方ないですね」


 そう、例え窓際一番前の席になったとしても文句は言えなかった。欲を言えば出来るだけ後ろの席が良かったのだが今更何を言っても意味がない。


「でも前の席っていうのも新鮮でいいね」


 アオイさんはそう言うと圭太の席の机の上に座り、小手をかざして周りを見渡す。その姿はさながら童話などで出てくる船の航海士のようで、しかもその姿は何故だか様になっていた。しかしだからといって授業中も机の上に居座られても困る。圭太はアオイさんに一言注意をする。


「あのアオイさん、それやるの休み時間の間だけにしてくださいね。授業中だと黒板が見えないので」

「大丈夫、大丈夫。ただ新しい席の眺めを見てただけだから、机の上に座るのは今だけだよ」


 続けられた『普段は圭太君の膝の上に座るから安心して』というアオイさんの言葉に圭太は『それも黒板が見えないの一緒ですよ』と突っ込みを入れる。今のは流石にアオイさんの冗談だとは思うが彼女の場合いつか本当にやりそうで、圭太からしてみれば安心することなど全く出来なかった。


「なぁ圭太」


 アオイさんとやり取りをしていると圭太の耳に普段から聞き慣れた声が入ってくる。声のする方に顔を向けるとそこには昴がいた。どうやら珍しいことに今日は冬馬が一緒ではないようだ。


「あれ? 冬馬はどうしたの?」


 気になって聞いてみれば。


「ああ、アイツなら自分の机で今日提出分の課題やってるよ」


 昴は今思い出したというように淡々と冬馬の現状を話す。それからの『まぁもう間に合わないだろうがな』と笑う昴の顔は昔からの友人に対するものではとてもなくて圭太は苦笑いをするしかなかった。元々冬馬が課題をやってこなかったのが悪いのだが、昔からの友人に嘲笑われているところを見るとどうしても同情せざるを得ない。


「まぁ冬馬なんてどうでもいいんだ。圭太お前今誰かと話してただろ。もしかしてアオイさんと電話してたのか?」

「えーとそうかな……?」


 圭太は咄嗟にそう肯定するが、実際には電話などしていないため語尾が疑問系になってしまう。それでも昴は気にならなかったらしく続けて圭太に質問した。


「そういえばアオイさんってうちの学校の制服着てたよな?」

「そうだね……」

「だったらこの学校の生徒だよな。どこのクラスなんだ?」

「それは……」


 昴の質問に圭太の口は止まってしまう。アオイさんが圭太達の通う学校の制服を着ているのは初めて会った時から元々着ていただけでこの学校に通っているというわけではない。そもそも大前提としてアオイさんはあの『都市伝説のアオイさん』、学校に在籍しているはずがなかった。


 どう切り抜けようか圭太が考えていると、机の上に座っていたアオイさんがだったらと圭太の耳元で呟き始める。


「圭太君、私のことは不登校っていうことにすればいいんじゃない?」


 『良いんですか?』という圭太の確認に首を縦に振るアオイさん。他に良い案が思いつかなかった圭太はそのままアオイさんの案を採用した。


「実はアオイさん、あまり学校に行ってなくて……」


 どう話すか迷いながらの言葉にどうやら昴は圭太にとってあまり表に出したくないことなのかと勝手に勘違いしたようで何も話さず手だけで圭太の話を遮った。それから彼はバツが悪そうに頭を掻く。


「なんか変なこと聞いて悪かったな」

「いや気にしないで」


 無事、昴の追求から逃れた圭太はようやく終わったとホッと息を吐く。てっきりこれが本命の用事かと思ったのだが、本命はまた別にあったようで昴は表情を変えて、今度はそちらの話を始めた。


「それで本題なんだが圭太、これを見てくれ」

「これって……」


 昴が取り出したのは何の変哲もない一枚の紙。片面に文字が印字されているそれは圭太にとっては見覚えがあるものだった。


「まさか、まだ部活作るの諦めてなかったの?」


 圭太の言葉から分かる通り昴が机に置いたのは『新規部活動申請書』、いわゆる部活を新しく作るために必要な紙だった。

 どうして圭太がその紙に見覚えがあったのか、それはちょうど一年前、圭太達が高校一年生のときにも似たようなことがあったためだった。まぁそのときは部活動の設立に必要不可欠な顧問の先生が見つからずに断念したのだが。


「まぁ今度こそってことだ。狙い目は今年新しく赴任してきた先生だな。とりあえず圭太にはそこに名前を書いてもらいたい。書き終わったら声かけてくれよ」

「ああ、うん分かったよ」


 圭太の机から去っていく昴が残した言葉で素直に紙に自分の名前を書く圭太、そんな圭太の姿を近くで見ていたアオイさんは彼にとある質問をした。


「圭太君、それって何の部活なの?」


 圭太達が一体どういう部活を設立しようとしているか、それは何も知らない者からしたら一番気になることであった。


「そうですね、簡単に言えばオカルトを研究する部活です。できれば入りたくないですけどね」


 圭太は自分の名前を紙に書き終えたところでそう答える。というのもそもそも圭太はあまりオカルトの類いが得意ではない。それでも廃校や廃病院などあちこちに連れ回されたせいで少しは耐性がついたのだが、それでもまだ苦手なことなのには変わりなかった。


「へーオカルト研究ね。でも圭太君はそこに入りたくないんでしょ? そんなに入りたくないなら断りなよ」

「それが出来たら良いんですけど、二人のことを考えるとどうも断りにくくて」


 『難儀な性格だね』というアオイさんの言葉に圭太は『自分でもそう思います』と苦笑を返す。


「じゃあ僕は昴にこの紙を出してきますね」


 とりあえず昴が持ってきた紙に自分の名前を書き終えた圭太は自らの席を立つと昴のもとへと向かう。

 尤もあまり入りたくはない部活なので、昴のもとへと向かう圭太の足取りは重いものだった。


「いってらっしゃい、圭太君」


 後ろからは明るいアオイさんの声、彼女の言葉にまるで新婚夫婦のやり取りみたいだなと思った圭太は恥ずかしくなって咄嗟に顔を俯ける。重い足取りと顔を俯けたことによって周りからゾンビのように見えていたことなど、本人は知る由もなかった。

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