12 アオイさんの料理事情

 圭太達がリビングに戻るとアオイさんはソファで寛いでいた。彼女の顔には先程までの緊張はなく、柔らかい笑顔で圭太達を迎える。


「待たせてしまってすみません、アオイさん」

「大丈夫だよ、全然待ってないから」


 圭太が謝罪の言葉を口にすると、いつもの調子で言葉を返してくるアオイさん。これでようやくまともに会話が出来ると思った矢先、左側からまともとは思えない呟きが聞こえてきた。声がした方に顔を向けると、そこには『やっぱり綺麗だな、アオイさん』と頷きながらアオイさんをじっと見る昴がいた。さっきまではもっとまともだったはずだが、彼がアオイさんに一目惚れしたことを圭太に打ち明けたからだろうか、彼の中の何かがおかしくなっていた。


「ちょっと、昴」


 流石にこのまま放置は出来ない、そう思った圭太はトリップした昴の肩を揺らす。そのおかげか昴はハッと我に返った。


「すまん、俺なんか言ってたか?」

「いや大丈夫、それよりも麦茶でも飲みなよ」

「おう、ありがとうな」


 圭太は持ってきた麦茶を昴に渡し、ソファに座らせる。今の圭太にとっては様子のおかしい昴を落ち着かせることが最優先事項だった。


 それにしても昴が一目惚れするとは珍しいこともあったものだと圭太が冬馬の方を見ると彼は『昴は少し年上がタイプなんだ』と一言だけ返す。そんな冬馬の言葉にまさにアオイさんは昴のタイプど真ん中だったのだろうと圭太は一人納得していた。


「それでもう夕方だけど二人はご飯食べていく?」


 ふと思ったことを口にすればもちろんと返す二人、その中で昴は一際大きく反応する。


「もしかしてそれってアオイさんが料理を作ってくれるのか!」

「えーとそれは……」


 圭太はアオイさんの表情を窺う。それは単純にアオイさんに料理が出来るのか分からなかったため。というのも彼女には料理をさせたことがなく、この家での料理は全て圭太が作っていた。だからこそ彼女の反応を見たわけだが、彼女は明らかに動揺していた。まるで無茶ぶりをされたときのような動揺っぷりに彼女の料理事情を察する圭太。彼はアオイさんに助け船を出そうとするが、判断が少し遅かった。


「ま、任せて、私がみんなに料理作ってあげる!」


 気づいたときにはアオイさんが高らかにそう宣言しており、後戻り出来ない状態だったのだ。思わず口を塞いだ彼女の様子を見る限り、無意識の内に口から出てしまったという感じなのだろうが、高らかに宣言した発言を撤回することは普通だったら躊躇われる。それはアオイさんも同じだったようで、彼女は圭太に助けを求めるような目を向けてきた。もちろんその視線に気づいた圭太はアオイさんを見捨てたりはしなかった。さっきまで助け船を出そうとしていたのだから当然と言えば当然である。


「僕も手伝いますよ、アオイさん」

「あ、ありがとう、圭太君」


 若干涙ぐんでいるようにも見えるアオイさんはソファから立ち上がり、それからキッチンへと向かう。圭太もそのあとに続いてキッチンへと向かった。


◆◆◆


 夕食作りを手伝うことになった圭太が冷蔵庫から食材を取り出していると、アオイさんから声がかけられる。その声はどこか沈んでいて、気になった圭太はアオイさんの方へと振り返った。


「どうかしましたか?」

「いやちょっと……ううん、ものすごく申し訳ないなと思って」


 振り返った先にいたアオイさんは自らの髪を弄りながら顔を俯けていて、どうやら夕食作りを手伝わせていることを気にしているらしかった。


「別に大丈夫ですよ。僕は気にしてませんから」

「でも私全然料理が出来なくて……」

「分かってます。だから僕がいるんですよ」

「分かってますって私そんなこと言った覚えないけど……」

「だってさっき助けを求めるような目で僕を見てきましたよね? あんな目で見られたら誰でも分かります」

「私そんな目で圭太君のこと見てないよ」

「本当ですか?」


 圭太の問いかけに少しうぐっと息を詰まらせた後、素直に『少しは期待してたかも……』と返すアオイさん。なんとなく圭太は小さい子どもの世話をしているような気分になっていた。


「圭太君、今なにか失礼なこと思ったでしょ?」


 妙に鋭いアオイさんに圭太は慌てて今思っていたことを放棄し、とりあえず『何のことですか?』とだけ返す。表情に出さないが圭太は内心かなりドキドキしていた。


「とにかく料理しましょうか。何作りますか? アオイさん」


 それから圭太は笑顔だけでなんとかこの状況を切り抜けようとする。そんな圭太のあからさま過ぎる笑顔を見たアオイさんはまだ何か言いたげではあったが、それほど気にしていなかったのか素直に矛を収めた。


「そうだね、私でも簡単に出来て、みんなが喜ぶ物を作りたいかな」

「また抽象的な」

「仕方ないよ、だって私料理出来ないんだもん」


 アオイさんのリクエストに圭太は『そうですね』と考え始め、それからすぐにポンと手を打った。


「それなら、肉じゃがなんてどうですか? ちょうど材料もありますし」

「肉じゃが? それって簡単に作れるものなの?」

「そうですね。とりあえず材料言うので用意してもらえますか?」

「分かったよ、私頑張るから!」


 せっせと食材を取りに行くアオイさんはとても必死で、本人に言ったら怒るだろうがやはり圭太には今の彼女がお手伝いを率先してやってくれる小さい子どもにしか見えなかった。


◆◆◆


 しばらくしてダイニングルームにあるテーブルに料理が並べられる。メインはもちろんアオイさんが作った肉じゃが、そして付け合わせに圭太が作った豆腐の味噌汁とコブサラダ、そして人数分よそったご飯があった。


「おー! これってもしかしてアオイさんが作ったのか?」


 昴はアオイさんが作った肉じゃがを見るやいなや、鼻息を荒くする。

 彼が鼻息を荒くしたのは彼の好物の一つが肉じゃがであるため。加えて肉じゃが自体がしっかりと食欲をそそる良い香りを放っているためだった。少し形が崩れているものの初めてにしては上々の結果を残せたと言えるだろう、とアオイさんが作った肉じゃがの出来に圭太も褒めるしかない。


「アオイさん、良かったですね」


 圭太がアオイさんにそう声をかけるも反応がない。気になって俯いている彼女の顔を覗き込んでみれば彼女は顔を真っ赤にさせていた。どうやら彼女は照れているようだった。


「それでは数多の食材と最高の料理人達に感謝して、いただきます!」


 大げさな食事の挨拶に圭太が思わず『大げさすぎるよ』と小さく呟くと、それに反応して俯いているアオイさんからはクスッという笑い声が聞こえる。


「ほら、アオイさんも一緒に食べましょう」


 アオイさんの笑い声にもう大丈夫かと声をかければ彼女はゆっくりと顔を上げて笑顔で言う。


「うん、そうだね」


 そんなアオイさんの笑顔に圭太はどうしてだか気恥ずかしさを覚えていた。

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