11 アオイさんは人見知り
週末、学校から家に帰ってきた圭太とアオイさんはリビングのソファに向かい合って座っていた。というのも今日は例の二人が家に来る日、ソファに座ったアオイさんは少しソワソワしていた。
「圭太君、今日は全部私に任せて。きっちり、しっかりこなしてみせるから!」
言葉だけ聞けば落ち着いているように聞こえるが、アオイさんのぎこちない表情を見ると別にそういうことでもないらしい。彼女もきっと緊張しているのだろう、そう思った圭太はアオイさんを安心させるように笑みを浮かべる。
「僕もフォローするのであまり緊張しないで大丈夫ですよ」
「圭太君、私は緊張なんてこれっぽっちもしてないよ!」
そう言ってアオイさんはソファから立ち上がり圭太へと迫る。そんな彼女の行動とほぼ同じタイミングでリビングにインターホンの音が鳴り響いた。
「あ、来たみたいです。じゃあ僕行ってきますね」
圭太の目の前で固まるアオイさんをよそに圭太はソファから立ち上がって玄関へと急ぐ。
玄関のドアを開けると圭太の予想した通り、そこには昴と冬馬、二人の姿があった。『えーと、お邪魔します』と普段よりも丁寧な挨拶をする彼らは先程のアオイさんと同じように緊張しているようだった。
「どうぞ、リビングへ」
そんないつもと違う二人の様子に若干の気味の悪さを感じながらも圭太は二人をリビングに案内する。アオイさんといい、昴と冬馬の二人といい、両者こんな状態で本当に大丈夫なのかと少しは心配だったが今更そんなことを考えても仕方ない。圭太は一度深呼吸をしてリビングのドアを開けた。
「あの……アオイさん?」
圭太がリビングのドアを開けて一番初めに目にした光景、それはアオイさんがソファの裏に隠れているという光景だった。一体何をしてるんだと圭太が思ったのも束の間、ソファの裏に隠れていたアオイさんがソファの背もたれ部分からひょっこり顔を出す。
「あの……私アオイです。よろしく……」
それから突然始まった自己紹介に圭太と一緒にリビングへと入った昴と冬馬もそれぞれ自己紹介を始める。
「あ、俺は圭太の親友やってる高坂昴です」
「右に同じく新井冬馬です」
両者ともに緊張していた。昴と冬馬はその場で足が凍りついてしまったかのように動きを止め、アオイさんに至っては先程までの自信と言葉が嘘だったのかと思うほどにぎこちない笑みを浮かべている。そんな光景に圭太は深くため息を吐くしか出来ない。
「とりあえず昴と冬馬はそこに座ってて。僕とアオイさんで飲み物取ってくるから」
一先ず、昴と冬馬を近くのソファに座らせた圭太はそれから『行きますよ、アオイさん』と二人の座るソファの向かい側に呼び掛けると冷蔵庫があるダイニングルームへと向かった。
「アオイさん、もしかして人見知りなんですか?」
ダイニングルームについてから圭太が発した第一声はその一言だった。彼が振り返った先には今にも泣きそうな顔をしたアオイさん、この様子を見る限り彼女をリビングに一人置いていかなくて正解だったようだ。
「うん、知らない人を前にすると上手く言葉が出てこないというか、そもそも口が動かないというか……」
アオイさんの言葉に圭太は『一番初めに僕と会った時みたいにすればいいんじゃないですか?』と返事をするが、アオイさんは『圭太君は別なんだよ』と頑なに首を横に振る。
一体どういう基準でアオイさんが人見知りをしないかは疑問だが、そんなことは今どうでも良い。今重要なのは如何にしてアオイさんを昴と冬馬に慣れさせるか。
圭太は冷蔵庫から麦茶を取り出すとアオイさんに一つ提案した。
「アオイさん、じゃあこうしましょう。あの二人は僕の親友です。つまり僕に近い間柄で、もはや僕と言っても過言ではないです。だから二人を僕だと思ってください。そうすれば緊張しなくて済むんじゃないですか?」
それは自己暗示、応急処置なうえに暗示がかかるかどうかは分からないが何もしないよりはマシだった。
「あの二人は圭太君……」
さっそく自分に暗示をかけ始めるアオイさん。三分ほど同じ言葉を繰り返したところで彼女はうんと何かに納得するように首を縦に振る。
「……うん、大丈夫かも」
今のアオイさんを見る限り暗示は成功したようで、それを確認した圭太は麦茶の入ったコップが乗ったトレイを持ち上げると彼女に声をかける。
「それじゃあアオイさん、リビングに戻りましょうか」
「それ持つよ、圭太君」
「大丈夫ですよ。僕が持っていきます」
「いやいや、ここは私が持っていくよ」
四つのコップが乗ったトレイをアオイさんと半ば取り合うようにしながらリビングに戻ると、ソファに座っていた昴と冬馬の二人──主に昴から妬ましげな視線を向けられていた。何事だと警戒しているとすぐにちょいちょいと昴に手招きをされる。呼んでいるのを無視するわけにもいかない、とそう思った圭太はトレイを近くのテーブル置くと急ぎ足で彼のもとに駆け寄った。
「一体なんの用……!?」
昴に近づいた瞬間ソファの方に引き寄せられる体、それに伴って加わる重み、気づいたときには昴と冬馬に肩を掴まれていた。
「ちょっと話がある」
そして昴の一言と共に圭太はリビングの外に連れ出される。そんなあまりにも強引な二人に抗議の声を上げようと口を開いたその瞬間、昴にいきなり抱きしめられる。
「圭太、俺お前の姉さんに一目惚れしたかもしれない」
いきなりの昴の告白に何故自分は抱きしめられているんだとか、そもそもアオイさんは圭太のお姉さんではなく親戚のお姉さんってことになっているはずだとか色々な疑問や指摘したい点が頭をよぎるがとりあえず頭の中だけに留める。そうしたのは今の圭太にはただ一つだけどうしても確認したいことがあったためだった。
「それってアオイさんのことが好きだってこと?」
圭太が昴に確認したかったこと、それは本気でアオイさんが好きなのかということ。圭太の質問を聞いた昴は少し顔を赤くしてこう言った。
「だから一目惚れだって言ってるだろ」
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