10 雨上がり、教室にて

 週明け登校日の昼休み、前日まで雨が降っていたからか教室内は少し蒸し暑く、不快な空気が流れていた。


「おい圭太、いや圭太君」


 そんな中で聞きなれた声、聞きなれない口調で呼ばれた圭太は若干警戒しながらも声がした方へと顔を向ける。そこにはアオイさんではなく、不自然な笑顔を顔に張り付けた昴と冬馬がいた。


「二人ともどうしたの? いつもと様子が違うけど……」


 問いかけても返事がない二人に圭太が少しの気まずさを感じていると二人のうち昴の方が圭太の肩に手を回す。考えようによっては圭太を逃がさないためとも取れるその行動に圭太が気まずさを通り越して一種の恐怖を感じていると、ようやく冬馬が口を開いた。


「圭太、ちょっと話があるんだがいいか?」

「うん、いいけど……」


 少し躊躇ためらいがちに返事をする圭太に冬馬は一度昴と顔を見合わせ、それから圭太に質問する。


「圭太、お前昨日誰かと一緒にいなかったか?」


 誰かと一緒にという言葉に記憶を辿り始める圭太。それから少しして彼は一つの心当たりにたどり着いた。それはアオイさんとの買い物、昨日出掛けたといえばそれくらいしかなかった。


「えーと……」


 ここはどう返答するか、圭太が質問の返事に悩んでいると彼の肩に手を回した昴が痺れを切らしたらしく冬馬の質問に続いて圭太へと迫った。


「ネタは上がってるんだよ。クラスのやつが長身黒髪美女とお前が一緒の傘をさして歩いてるところを目撃してるんだ」


 『いい加減洗いざらい吐いて楽になっちゃえよ』とまるで自白を迫る刑事のような昴の言葉に圭太は苦笑いをすることしか出来ない。ここで正直に吐いても信じてもらえるとは思わないし、ここでしらを切っても昴の言葉が真実なら既に誰かに見られているため嘘をついているとすぐにバレる。そうなれば残る道は一つしかなかった。


「実はそれ、僕の親戚の姉さんなんだ」


 思いきった嘘だが中身はともかく見た目だけで言えばアオイさんは圭太より年上のお姉さん。それに実際家でもそんな感じなのであながち嘘ではない。人間ではないことを除けば本当にただの親戚のお姉さんだった。


「は!? お前親戚に姉ちゃんなんていたのか。それにしてもどうして一緒に買い物を」

「うん、それが色々家庭の事情で家に泊めることになって」

「ほう、家庭の事情か」


 いきなり昴から向けられた疑いの目に圭太は必死に無表情を貫く。ここで表情を崩してしまえば最後、嘘だとバレてしまう。嘘が得意ではない圭太にとっては無表情を貫くことこそが嘘がバレない唯一の方法だった。


「まぁそういうことなら仕方ねぇか」


 ようやく圭太を信じたのか昴はふぅと一つ息を吐くと今度は羨ましげな視線を圭太に向けた。


「それにしてもズルいよな、なぁ冬馬」

「まぁそうだな」


 珍しく息が合う二人に圭太の危険センサーは警報を鳴らしていた。席を離れようにも圭太はまだ昴に肩を捕まれたままで動けない。圭太にはこの先に訪れるであろう面倒な運命を受け入れることしか出来なかった。


「二人とも何のこと?」


 一応惚けてはみるものの効果はあまりない。圭太自身そのことには二人の反応で気づいたようで最後には諦めたように顔を俯かせた。


「圭太、俺達は昔からの親友で、困ったときはお互いに助け合ったよな?」

「まぁそうだけど……」

「ってことは、分かるよな?」


 昴の言いたいことはつまり俺達と長身黒髪美女のお姉さん──アオイさんを会わせろと、そういうことだった。圭太も普段だったら快くとはいかないまでも引き受けていただろう。しかし今回はそう簡単にはいかない。事情が事情なアオイさんのことについては圭太だけの判断でおいそれと話せるものではなかった。


「分かるけど……僕だけじゃちょっと決められないかな。ほら、相手の都合とかもあるし」

「そこをなんとか! お願いします、圭太。いや圭太様」


 圭太はあまりにも必死な態度の昴から離れるように体を仰け反らせ、助けを求めるように冬馬に視線を向けるもすぐに顔を逸らされる。どうやら助けてはくれないらしい。というより彼もあまり口には出さないがアオイさんに会いたいのだろう。


「別に私はいいよ、圭太君」


 突然聞こえてきた声に視線だけ移動させれば、そこにはいつの間にか教室に戻ってきていたアオイさんの姿があった。彼女は圭太に近づくと彼の耳元で更に続ける。


「さっきの話は全部聞いてたよ。仕方ないから圭太君に付き合ってあげるよ」


 昴と冬馬が近くにいて声が出せないため頷きだけで感謝を伝えると圭太は昴の顔を見る。


「分かった、聞いてみるよ」

「本当か!? 本当に良いのか!?」

「うん」

「うおぉお! ありがとう、圭太はやっぱり俺達の親友だ! なぁそう思うだろ、冬馬」

「ああ、そうだな」


 圭太を放って二人で抱き合う二人に圭太はため息を吐きながらアオイさんの方を見る。それから彼は小声でアオイさんに語りかけた。


「本当に良かったんですか?」

「うん、あのままだと圭太君が可哀想だったからね。大丈夫だよ、心配しなくても私は圭太君一筋だから」


 『そんな心配はしてませんよ』と返す圭太の顔はほんのりと朱色に染まっていて、それを見たアオイさんは一際嬉しそうにニマニマしていた。


「とにかく私は大丈夫だよ。正体を見破られなきゃ良いんだよね、楽勝楽勝!」


 ドンと自分の胸を叩くアオイさんに一抹の不安を抱きながらも圭太は再び視線を昴と冬馬に移す。


「それで圭太は持っていった方がいいと思うか?」

「えーと何の話?」

「何の話って花束だよ、花束。圭太、俺達の話聞いてなかっただろ」

「ごめん」

「まぁ良いか、それでどうだ? 持っていった方が良いと思うか?」

「別に持っていかなくてもいいんじゃないかな……」


 圭太はハハと軽く笑いながら、それでもはっきりと否定する。それもこれもアオイさんのことを出来るだけ大事おおごとにはしたくないため。それに加えて実はアオイさんが『花より団子主義』であることも理由の一つだったりした。

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