9 アオイさんとの買い物

 家の窓に張り付く無数の水滴、外を見れば数えきれないほどの雨粒が地面を叩きつけるように空から降ってきていた。

 今日は生憎の雨、本来なら家で過ごすのが一般的なのだがタイミング良く食料が底を尽きてしまったため買い出しに行かなければならない日だった。


 行くなら早い方が良い、自宅の玄関で靴紐を結びながら圭太がそう思っていると彼の後ろからアオイさんが現れる。


「圭太君どこか行くの?」


 まるでどこかに行くなら私も連れていってと言いたげなアオイさんに圭太は『食料の買い出しですよ』と返事をする。今日は雨、雨の中彼女が買い出しについてくることは流石にないと思ったのだが彼女は『ちょっと待って』と一言だけ言い残し、大急ぎで二階へと上がっていった。彼女の部屋は二階にある、彼女が二階に上がったということは準備をするということで、つまり彼女も買い出しに来てくれるということであった。


 それから数分経ち、一階に降りてきたアオイさんの服装はいつも外出のときに着ている圭太が通う高校の制服だった。家にいるときにはもう少しラフな服装なのでどうやら着替えてきたようだ。


「そういえばアオイさんって雨とか大丈夫なんですか?」


 傘を取ろうと傘立てに手を伸ばした圭太はふと気になりアオイさんに問いかける。問いかけられた彼女はさも当たり前のことを言うように『大丈夫じゃないよ、普通に濡れるよ』と返事をする。


「それってつまり傘をささないと駄目ってことですよね?」


 当たり前のことを聞く圭太にアオイさんは少し怪訝そうな表情で彼の質問に頷く。彼女からしてみれば圭太の質問は意味が分からなかった。

 しかし圭太にとっては重要な質問だった。それはアオイさんが未だ圭太の理解が及ばない特異な存在のため。彼にアオイさんの全てを知りたいというおこがましい気持ちはない。だがせめて日常で必要になる情報程度は知りたかった。


 そういうわけでアオイさんに質問した圭太だが質問に対する彼女の答えはある意味で困った。というのもアオイさんに傘が必要ならば必然的に傘は二本必要になる。しかし、現在圭太の住む家には傘が一本しかなかった。


「どうしましょうか、アオイさん。傘一本しか無いんですよ」

「それなら私と圭太君で一本の傘を使えばいいよ」


 最初圭太も傘一本で二人というのは考えた。しかし、行きは良くても帰りは荷物がある分スペースが狭くなる。その中で傘をさしながら帰るというのは少し無理があった。だがまぁだからといってアオイさんを雨にさらすという真似は出来ない。


「そうですね。今回の買い物は必要最低限にして、残りはまた晴れた日に行きましょうか」


 圭太が家の玄関から外に出るとアオイさんもその後ろについてくる。


「じゃあ次も圭太君と買い物が出来るってことだよね、なんだか特した気分」


 アオイさんが呟いた言葉に『ただの二度手間ですよ』と律儀に反応する圭太はそれから傘を広げる。

 続けてアオイさんを傘の中へと招き入れた。


「よーし、重いものは任せて! 私こうみても結構力持ちなんだよね」


 右腕で力こぶを作る彼女に圭太は『そこまで言うんだったら期待してますね』と一言だけ返すと歩を進めた。


◆◆◆


 それから十分ほど歩いて近くのスーパーへとたどり着いた圭太達は無事買い物を済ませて帰宅しようとしていた。二人の手にはそれぞれ一つずつエコバッグが下げられているが買い物で買ったもの自体が少ないためそれほどエコバッグは膨らんでいない。宣言通り、圭太はとりあえず必要なものだけを買ったようだった。


「それにしても驚きました。まさかアオイさんが他の人にも見えてるなんて」


 圭太は心底驚いた様子でアオイさんの顔を見る。

 アオイさんを見る圭太の顔はまるで豆鉄砲を喰らった鳩のよう、とまではいかないにしてもそれに近いほど驚いていた。それほどまでに圭太が驚いていた理由は単純、買い物中にアオイさんの姿が他の人にも見えていたからだった。


「前にも言ったと思うけど私の姿って私の意思で見えたり、見えなくなったりするんだよ。いつもは疲れるから圭太君にしか見えないようにしてるけどやろうと思えば他の人に見えるようにすることだって出来るよ」


 『まぁ今回は私の意思じゃなくて無意識でそうなっちゃったんだけど』と続けるアオイさんに圭太は『そんなこともあるんですね』と更に驚く。

 それから圭太は辺りをキョロキョロと見渡し始めた。


「急にどうしたの?」

「いやちょっと……」


 圭太は周りの視線、というよりもしかしたらいるかもしれない知り合いの視線を気にしていた。それはアオイさんが隣にいるため。今更で当たり前のことだが、もしアオイさんが他の人にも見えているのなら傍から見ればアオイさんは圭太と一緒にいるように見える。それはつまり世間一般でいうところのデートに見えてもおかしくないということで、ついこの間彼女がなんだとかで昴と冬馬の二人に問い詰められた圭太が知り合い、もとい二人を警戒するのは当然のことだった。


 しばらくして周りの無事を確認し終えた圭太は苦笑しながらアオイさんを見る。


「やっぱりなんでもないです。それじゃあ家に帰りましょうか、アオイさん」


 アオイさんは先程から様子のおかしい圭太に何か言いたげではあったが、何も言わず彼が広げた傘の中へと入った。そして彼に肩を寄せると一言だけ呟く。


「こうしてるとなんか恋人同士みたいだね」


 今まで彼女と同じことを考えていただけに圭太は思わず、ぶはっと口の中の空気を全て吐き出してしまう。


「圭太君、大丈夫?」


 圭太は『大丈夫です』と返事をしながらも自分の顔が急激に熱くなっていくのを感じていた。やはり実際に言葉にされると、どうしても『今の状態が恋人同士に見えてしまう』という事実に意識がいってしまい、それが圭太には恥ずかしかった。


「でも顔が赤いよ、もしかして風邪引いちゃった?」

「いえ、本当に大丈夫です」

「あんまり遠慮しないで辛かったら言ってね?」


 だからだろうか、アオイさんに心配をかけてしまっていることを申し訳なく思いながらも圭太は返事どころか、家に帰るまで彼女の顔すら見ることが出来なかった。

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