8 アオイさんは褒められたい

 アオイさんが圭太に取り憑いてから初めての休日、圭太としてもアオイさんとの生活に慣れ始めた頃だが圭太は現在ある問題に直面していた。


「……っくしゅっ!」


 それは避けたくても避けられない問題、花粉症。

 中学生のときに発症して以来、この時期になるのが嫌になってしまうほど圭太にとっては地獄の症状だった。


「圭太君、大丈夫? さっきから辛そうだけど」


 アオイさんの言葉に圭太は鼻をかむ音で返事をする。

 圭太が大丈夫かどうかは近くのゴミ箱に入っているティッシュの塊を見れば一目瞭然だった。


「ちょっと駄目かもしれないです」


 いつもより弱気の圭太にアオイさんは座っていたソファを立ち上がると急いでリビングから二階に上がる。しばらくして戻ってきたアオイさんの手には新しいボックスティッシュが乗っていた。

 どうやら無くなりかけているボックスティッシュを見て補充してくれたらしい。


「ごめんね、私こうする以外に何も出来なくて」

「いえ、助かります。ありがとうございます」


 圭太のお礼の言葉にアオイさんは再び二階へと上がる。しばらくして持って来たのがこれまたボックスティッシュだった。何故持ってきたとアオイさんの顔を見ると彼女は褒めて欲しそうな顔でこちらを見る。


「あのアオイさん……」

「ん? なにかな?」


 期待するような目で見られている中、非常に心苦しいがこれはきっと言わなければならないと圭太は心を決める。


「それは戻して来てください」


 その言葉の直後にアオイさんは持っていたボックスティッシュを床に落とす。あらかたティッシュを持ってくれば持ってくるだけ褒められるとでも思っていたのだろう。だがしかし必要ないものは必要ない。


「この完璧な計画に一体どこで間違いが……」


 そんな意味不明なことを呟きながら渋々アオイさんはボックスティッシュを二階へと戻しにいく。しかし彼女はまだ諦めていなかったのか、再びリビングに戻ってきたときには先程と違う少し値段設定が高めのボックスティッシュが彼女の脇に抱えられていた。


「だったら今度はものすんごい柔らかいティッシュだよ。これだったら使うよね!」


 アオイさんは持ってきたティッシュがいかに柔らかいかを必死に力説するが、それでも圭太の対応は変わらない。いくら柔らかくても二つはいらない、考えなくても当たり前の理由である。


「戻して来て下さい」

「……分かったよ」


 アオイさんは暗い表情でガックリと肩を落としてリビングから去っていく。その姿がまるで昔読んだ本の中に出てきたマッチ売りの少女のように見えてしまった圭太はいつの間にか彼女を呼び止めていた。


「アオイさん、分かりました。そのティッシュは受け取りますからそんなに落ち込まないで下さい」


 圭太に呼び止められて『本当?』とアオイさんは彼に顔を向ける。その顔には先程までの暗い表情はなかった。

 それにしても最近はこういうやり取りがやけに多い気がする。今回のティッシュの件然り、昨日は断り切れず添い寝をされたりなんかもした。どうしてもアオイさんには甘くなってしまうというか、彼女の好意は直球で断りにくいのだ。きっと孫を持つおじいちゃん、おばあちゃんの気持ちというのはこういうものなのだろうと圭太は弱冠十六歳にしておじいちゃんの気分を味わっていた。


「アオイさんはどうしてそんなに僕のことを気にかけてくれるんですか?」


 ここまでされれば聞かずにはいられない。どうしてそこまで自分のことを気にかけてくれるのだろうかと疑問に思わずにはいられなかった。


「それは圭太君が怖がらないで私と接してくれるからかな。でも圭太君が私の好みで可愛いからっていうのもあるけどね」


 だからこそ疑問をぶつけたのだが、返ってきた答えに圭太は気恥ずかしさからまともな返事が出来なかった。あまりにも直球な言葉過ぎて、真正面から受け止められなかったのだ。

 アオイさんにはそういうところがある。

 普段もそうだが直球というか、天真爛漫というかとてもまっすぐに気持ちを伝えてくる。それは決して悪いことではないのだが直球な言葉に慣れていない圭太には少々眩しすぎた。


「その……ありがとうございます」


 かろうじて圭太が返せた言葉はそれだけ、でもアオイさんは嬉しそうに圭太の頭を撫でる。


「お礼を言うのはこっちの方だよ。圭太君こそあのとき、あの場所にいてくれてありがとうね」


 温かい気分だった。鼻は花粉症で酷いものだがそれが気にならないほどに温かかった。

 アオイさんの少し大人びたお姉さんという見た目の印象からは想像も出来ないような明るい性格。自由気ままな彼女に実際に姉がいたらこんな感じなのだろうかという考えが頭の中に浮かぶ。


「ところでアオイさん」


 圭太の唐突な呼びかけにアオイさんは『何かな?』と彼に視線を合わせる。対する圭太はアオイさんから少し目を逸らすと言葉を続けた。


「その僕は一応男なので可愛いっていうのはちょっと……」


 圭太はアオイさんに可愛いと言われたこと気にしていた。というのも圭太は昔から同年代の男子の中で比較的に背が低く、顔も中性的なことから、可愛いとからかわれることが多かった。それを気にしている圭太にとって『可愛い』というのはあまり聞きたくない言葉だった。


「そうだよね、ごねんね圭太君。でも私は可愛くても良いと思うよ。人にはそれぞれ特徴があるんだから」

「そうですか?」

「もちろんだよ、世の中には沢山の人がいてみんなそれぞれ違う特徴がある。みんながみんな同じ特徴だったらつまらないよ。それに可愛いっていうのは数ある特徴の中でも確実に欲しい特徴上位に食い込む良い特徴だよ」


 『それどこ調べですか』という圭太の質問に自らを指差すアオイさん。それから彼女は自分の胸をどんと叩くと続けて宣言する。


「だからもし圭太君のことを馬鹿にするような人がいたら私が許さないよ」


 『圭太君を馬鹿にした人は祟っちゃうよ』とうらめしやポーズを決めるアオイさんの姿がどこかおかしくて、圭太はクスッと笑った。

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