7 新海圭太の憂鬱
「圭太、お前彼女いるのか?」
朝のホームルームが終わり、一時限目が始まる五分前の教室でのこと。圭太は昴と冬馬に詰め寄られていた。
理由はもちろん先程の黒板の件。昴と冬馬も圭太と同じクラスなので先程の圭太の失態を見ていてもおかしくはない。寧ろ見ない方が難しかった。
「いや……それは」
違う、そう言いたいのだが圭太は口を噤むことしか出来ない。というのも圭太の横では現在アオイさんが何かを期待するような目で彼を見ていた。この状態でもし彼女なんていないと否定したらアオイさんが何をしだすか分からない。かといって、いると言ってしまっても相手はあの『都市伝説のアオイさん』だ。今度はオカルト好きの昴が何をしだすか分からないし、何より信じてもらえるかも怪しい。だからといって信じてもらうために他の人の名前で嘘をついても本末転倒。つまりは八方塞がり、圭太に逃げ場など存在しなかった。
「あれは圭太の字じゃないよな」
そんな中で妙に鋭い考察をする冬馬に圭太は内心ドキドキする。昔からそうだ、冬馬は妙なところで鋭いというか目の付け所が良い。味方のときには心強いがこういう隠し事、というか人には少し言い辛いことがあるときにはただの脅威でしかなかった。
「確かに昨日の帰りは一緒だったし、朝も圭太はギリギリで入ってきたよな」
冬馬の言葉に確かと推理を始める昴。
「そうだね、あれは圭太君の字じゃないね」
面白そうだと、今回の黒板落書き犯であるアオイさんも何故か昴と一緒に推理し始める始末。
しかしそれでも、例え逃げ場がなくても圭太には何もしないことなど出来ない。せめて何か足掻きたかった。
「それよりも昨日はどうだった? 何か見つかった?」
だから圭太は無意識のうちに昨日の学校調査の話を口にしていた。特に理由があったわけではないが、直近の大きな出来事と言われて真っ先に思い浮かぶのが学校調査だった。
急に話を昨日の学校調査にすり替えたからか三人に、もとい二人に怪しまれるが圭太は気にしない。寧ろ強気な姿勢を崩さなかった。その甲斐あってか折れたのは二人の方、二人はそういえばと昨日の出来事を思い出し始める。
「まぁ何かあったって言ったらあれくらいだよな」
「ああ、そうだな」
それから二人は一度顔を見合わせてから圭太へと同時に顔を向けた。
「見つかった、先生に」
始めに呟いたのは昴の方だった。昴の顔は悔しさに満ちていて今にも叫び出しそうな勢いだった。
「ああ、見回りの先生がまだいてな、圭太が帰った後にすぐ見つかったんだよ。全く、昴が大きな声を出すからだろ」
続けた冬馬は少し苛立った様子で昴の言葉に捕捉説明を付け加える。確かにあんな大声で名前を呼べば見つかるだろう。ん? 名前?
とここで圭太はあることに気づいた。
確か呼ばれていたのは自分の名前、ということは先生にも自分の名前が聞こえていたということになる。
つまりそれは……。
突然開く教室の扉、そこから現れたのは先程朝のホームルームを終えた担任の先生。彼は教室内を見渡し、圭太達を見つけると厳しい顔つきで言った。
「高坂、新井、それと新海。昼休み職員室まで来い!」
その言葉で『ですよね』と納得する圭太。目の前の二人は呼び出されることを既に分かっていたようで圭太の肩を軽く叩いて彼を慰める。
そしてアオイさんも『大変だね』と圭太の頭を撫でて彼を慰めていた。
直後に鳴る一時限目の授業開始チャイム、圭太達はチャイムの音に従ってそれぞれの席についた。
◆◆◆
昼休み、職員室前には深く頭を下げる三人の男子生徒と三人の顔をしゃがんで下から見上げる一人の少女がいた。
「今回は厳重注意だけだが二度とこんなことはするんじゃないぞ。分かったな」
「「「すみませんでした」」」
「まぁ分かればいい。ところで何のために学校に侵入したんだ? 肝試しにしては少し早すぎじゃないか?」
先生の言葉に反応したのはもちろん昴、彼は下げた頭を勢いよく上げると目を輝かせながら先生に迫る。後の二人も昴に続いて顔を上げた。
「よくぞ聞いてくれました、先生。アオイさんですよ、アオイさん。先生もアオイさんの都市伝説は知ってますよね?」
対して先生は若干昴の勢いに圧倒されながらも彼の質問に答える。
「ああ、もちろん知っている。私も昔はここの生徒だったからな」
「昔から噂があったんですね」
「そうだな、先生が学生のときにも有名な話だった。でも気をつけろよ? この世には触れてはいけないものってのがあるんだ。むやみに触れようとすればどうなるか……それこそ鏡の中に引きずり込まれたりとかするかもな」
先生の脅しに『うぉおお、それいいですね』と元気よく返す昴、それを聞いた冬馬が呆れ顔で首を横に振り、先生はただ笑う。しかしその中で圭太は苦笑いすることしか出来なかった。それは圭太にアオイさんが取り憑いているため。実際に取り憑かれている圭太からしてみれば先生の脅しは笑い事では済まされない話だった。別にアオイさんに鏡の中に引きずり込まれることが怖いのではない、そういうオカルトチックなことよりかは寧ろアオイさんの当たり前からちょっと外れた行動によって引き起こされる問題の方が笑い事では済まされなかった。今回の黒板の件が良い例である。
「どうしたの圭太君?」
「いえ、何でもないです。それよりも顔が近いです、アオイさん」
圭太が小声で話すと『え? 聞こえないよ』と言って逆に顔を近づけてくるアオイさん。わざとやっていることは彼女の緩んだ口元を見ればすぐに分かった。
「おい、さっきから何一人でブツブツ言ってるんだ?」
圭太がアオイさんに構っていたからか昴はどこか不思議そうな顔で圭太に聞く。今の声が昴にも聞こえていたと気づいた圭太は慌てて弁解した。
「え? いやちょっと耳の調子がおかしくて音が聞こえるかどうかテストしてて」
「そうか、大丈夫か?」
なんとか誤魔化せたと安心したのも束の間、今度は冬馬が大きな声をあげる。
「……ってもうこんな時間かよ! 俺達まだ昼食べてないよな」
「急ぐか」
それから圭太を置いて走る二人。
「おい、廊下は走るな!」
続けられた先生の怒鳴り声に圭太は少しビクッとしながらも二人の後を歩いて追いかけた。
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