6 アオイさんは自由気まま
天気の良い朝、朝食にトーストを食べた圭太は玄関で外履き用の靴を履いていた。そして彼の後ろには当然彼に取り憑いているアオイさんもいる。
「やっぱり学校にもついてきますよね」
「今更どうしたの? 取り憑いてるんだから当たり前だよ」
それでもと圭太はとある心配を口にした。
「アオイさんは朝とか昼間は外に出て大丈夫なんですか?」
圭太が心配していたことはアオイさんが昼間に出歩いても大丈夫なのかどうか。大体アオイさんのような者は夕方や夜に活動して朝や昼間には姿を現さないというイメージが圭太の中にはあった。そのため昼間外に出ることによって何かしらのダメージがあるのではないかと考えていた。
「もしかして圭太君、私の体が灰になっちゃうんじゃないかって心配してくれてるの? 吸血鬼じゃないんだから流石にそれは大丈夫だよ」
だがどうやらその心配は必要なかったようだと圭太はホッと息を吐く。そんな彼の様子を見たアオイさんは『もう、圭太君は心配性だな』と呟きながら家の外へと一歩出た。
「ほら早く! 先行っちゃうよ!」
「あ、ちょっと待って下さい。まだ靴が……」
振り返ってこちらを見るアオイさんはイタズラっぽく笑っていてどこか楽しげな様子だった。それに彼女の言う通り、外に出ても彼女が灰になったりすることはなかった。寧ろ太陽に照らされたアオイさんの肌は今まで見てきた誰よりも白く、そして透き通っていて。だからだろうか、今のアオイさんはとても眩しく見えた。
「すみません、お待たせしました」
ようやく靴を履き終え、家の前まで移動するとアオイさんは自分の髪を弄って待っていた。どうやらちゃんと待っていてくれたらしい。
「えいっ!」
「うわぁあ!?」
そんな比較的高い声が聞こえた直後、少し強めの衝撃が体の右側に訪れる。そして後からほんのりと冷たく柔らかい感触が右手を覆った。
「どう? 私の手、冷たくて気持ちいいでしょ?」
突然右手に感じた感触の正体はアオイさんの手。彼女の言う通り、彼女の手は確かに冷たくて気持ち良い。しかし、いつまでも彼女の手に触れているのは問題だった。
「ちょっとアオイさん! 他の人に見られたらどうするんですか!?」
「大丈夫だよ、私の姿は圭太君以外には誰にも見えないんだから」
「それはそうですけど……」
「ただ圭太君が一人で慌ててるだけにしか見えないよ」
「それ問題ですよ!」
そう、今の新海圭太は傍から見れば一人ぶつぶつと何かを話しながら慌てる不審な男だ。誰が見てもそう思うだろう。
「ふぅ……まぁ遊ぶのはこれくらいにしてそろそろ学校に行こうか、圭太君」
「ちょ、ちょっと……」
それからアオイさんは充分楽しんだという様子で圭太の腕を離すと一人先に行ってしまう。その後に続けた『自由過ぎますよ』という嘆きはきっとアオイさんには届いていなかった。
それから二人は何事もなく学校までたどり着き、今は教室前。隣にいるアオイさんはどこかソワソワとした様子だった。
「そんなにソワソワしてどうしたんですか? アオイさん」
アオイさんがあまりにもソワソワしていて、それが気になって仕方なかった圭太は思わず聞いていた。
「うん、ちょっとみんながいる教室が久しぶりで」
ごくりと喉を鳴らすアオイさんはどうやら緊張しているらしかった。よくよく見れば彼女が着ている制服はこの学校の物、もしかしたらアオイさんは元々この学校の生徒で教室に入るのが久しぶりなのかもしれない。
「僕は行きますけど、アオイさんはどうしますか?」
「大丈夫、私のことは気にしないで行っておいで。もう時間でしょ?」
アオイさんの言葉と共に鳴るチャイム。彼女のことは気にはなるが、かといって朝から学校をサボるわけにもいかず、圭太はやや渋りながらも教室の中へと入っていった。
それから朝のホームルームが始まり、担任の先生が配布物を配り始めた頃、アオイさんは既に開いている教室のドアから入ってきた。
さっきのは何だったのかと思うほど今の彼女の表情は明るい。やはりただの緊張かと圭太が安堵していると突然彼の肩に重さが加わる。どういう状況だと圭太が横目で見るとそこではアオイさんが構って欲しそうな顔でこちらを覗き込んでいた。しかし圭太がそれに反応することはない。いや、正確に言えば反応しないではなく耐えていると言った方が正しいのかもしれない。
「おーい! 圭太君!」
目の前で手を振るアオイさんに圭太は小声で『今は無理です』とだけ呟く。それは当然周りの目を気にしてのことなのだがアオイさんはそれがお気に召さなかったようで『分かったよ』と一言だけ呟くと前方にある黒板まで向かい、その黒板に落書きを始めた。
「うわぁ!? ちょっと!」
圭太は咄嗟に声をあげるがアオイさんの手は止まらない。それに声をあげたせいかクラスメイトの視線が全て圭太に集まっていた。
「おいどうした? 新海。急に立ち上がったりなんかして」
そうなれば担任の先生も黙っているわけにはいかないのだろう。普段急に声をあげることがない圭太に先生は注意というか、寧ろ心配そうな視線で彼をじっと見ていた。その視線に耐えられなかった圭太は一先ずこの場を収束させることを考える。
「いや、そのちょっと今急に思い出したことがありまして……すみません」
まずは謝罪、それに加えてありがちな理由付け。これで場は大体収まるがそれでも一つ問題が残っている。それはそもそも原因をどうするか。
見ると未だにアオイさんは楽しそうに落書きをしている。他から見たらきっと黒板に落書きが勝手に浮き上がっているように見えるのだろう。流石にそれは圭太では誤魔化しきれない。見つかればきっと書かれている文字の内容から圭太に様々な質問が飛んでくるのは間違いなかった。
一番楽なのはアオイさん自身に落書きを止めてもらうことだが、そのためには一度圭太が声を出す必要があるし、そうすれば再び注目されることは免れない。それにその前に誰かが文字が浮き上がるところを見たら一貫の終わりである。どうすることも出来ないが見つかるリスクだけは高まっていくこの状況に圭太の頭はパンクしていた。
「あれ? 何か黒板に書かれてないか?」
そしてついにクラスメイトの一人が黒板に書かれている文字を見つけてしまった。
その一人の声で一気に黒板へと視線が集まり、誰かが書かれている文字を読み上げる。
「なんか圭太、アオイって書かれてるけど」
「もしかしてこれって新海と新海の彼女なんじゃね?」
「いや、俺はまだ付き合ってないとみた」
誰かが文字を読み上げた途端に様々な憶測がクラス中を飛び交う。騒がしくなるクラスを沈めようとしたのか先生は黒板を一度強く叩くと一言だけ言った。
「新海、朝のホームルームが始まる前に落書きは消していけ!」
いきなり先生に呼ばれた圭太は返事をするしかない。それに返事をすれば、それは落書きが自分のものであると肯定しているようなものだった。
「すみません」
なんとなしに謝った圭太にはクラス中から様々な視線が向けられていた。単純に興味の視線、からかいの視線、妬ましげな視線に圭太は耐えられず机に突っ伏す。
このホームルームの後のことを考えると、とても憂鬱な気分だった。
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