成仏したい女と、幽霊と触れ合う男

「いやあー、お前が小さい頃は『こいつ幽霊とか見えてる?』と何回も思ったもんだったが……。まさか本当に見えるとはなあ、はっはっは!」


 俺――折原洋介おりはらようすけは、物心ついたときから『幽霊』の存在を認識していた。自身に記憶はないが、幼少期は何もないところをじっと見つめ、手を伸ばし、きゃっきゃと笑うことが多かったという。


「お前があまりにも一人で話すことが多いもんだから、病院に連れて行こうか本気で迷ったわ」

「聞きたくなかったよ」


 他人より色々と見えて聞こえてしまうこの体質だが、慣れてしまえばなんてことはない。俺が高校に入学すると同時に病で他界した父にもこうして再会できているのだから、何も言うまい。


「母さんには悪いことしたなあ。母さんの実家に結婚を何度も頼み込んで、ようやく婿入りって形で一緒になれたってのにさ」

「もうそれ百回は聞いたよ」


 父さんが死んでから、週に一回はこの墓地を訪れている。元々顔なじみの幽霊も多く、長期休暇の際などに遊びにきていた墓地なのだが、父さんが死んでからは足しげく通っているのだ。だが、よく来てはいるものの、やはり怖いものは怖い。夜は墓場で運動会、などというフレーズあった気がしないでもないが、正気の沙汰とは思えないね。


「なあ洋介、手ぇ握ってくれないか?」


 そして、幽霊が見えるだけでなく、俺にはもうひとつ特技がある。


「はいよ」

「うおー、久々の感触だあ」


 俺は、幽霊に触れることができる。


 ごく稀に、幽霊と会話ができる人間はいるそうだが、触れることのできる人間は見たことも聞いたこともないという。霊感、とやらが強いのだろうか。自分のことながら、よくわからない。


「でもこの歳になって父親の手を握るって恥ずかしいな」

「そう言うなよ。それにしても幽霊にさわれるってなあ、我が息子ながら――」


 父が俺の手を何度も握りしめている、その最中。


「えええええ!?」


 甲高い女の声が、墓地中に響き渡った。


「え、ちょ、なんだなんだ」

「き、ききき君!幽霊にさわれるの!?」


 突如として、何者かが数十メートル先の墓石からニュルっと現れ、急に俺に近づいてきた。幽霊、それも女子の幽霊だ。数いる幽霊の例に漏れず白装束だし、そもそも宙を浮いてこちらに近づいてきたのだから、幽霊に違いない。


「あ、ああ」

「おいおい、誰か知らんが今は俺が洋介の感触を楽しんでるんだから――」

「ちょっと!手!手握ってよ!」


 女子の幽霊は大層テンションが上がっているようで、ズイっと顔を俺に近づけてくる。俺を見つめるその大きな瞳は、期待と希望をかき混ぜたように、キラキラと輝いていた。年齢は俺と同じくらいだろうか。髪は比較的短く、澄き通った黒色をしている。美少女、と形容しても遜色ないだろう。


「い、いいけど……」


 ただでさえ女子に耐性のない俺だ。しかも迫ってきたのが美少女だっていうのだから、この初心感溢れる対応は仕方がない。

 色んなことが起こりすぎて脳の処理が追い付いていないが、俺はおっかなびっくりと彼女の手を握りしめた。


「お、おおおおお……」


 俺の手を何度も握り返し、感嘆の声を漏らす女幽霊。久しぶりの感触なのだろう、俺に触れられた幽霊は誰もが皆、彼女のような反応をする。一方で父はというと、「なんだよこのトンデモ女は……」と拗ねている。とりあえず今は気にしないことにしよう。


「ありがとう、騒いじゃってめんご」


 めんご、って死語だよなあ、というのも今は気にしないことにする。

 文字通り彼女は死んでいるのだし。


「私、千堂椿。君は?」

「……折原洋介」


 こっちは父、と紹介しようとしたのだが。いつの間にか他の幽霊仲間と遠くの方へ行ってしまっていたので、スルーした。

 それにしても異性の、それも同年代の幽霊と知り合うのは初めてかもしれない。幽霊は大抵高齢者だし、仲良くなるのはどうしても同性が多い。友人に人間も幽霊も関係ないのだ。


「洋介、あなたは私の運命の人に違いない……」


 すると、彼女――千堂椿は、俺の両手を握り、そんなロマンチックな言葉を呟く。その真剣な表情と声色に、思わずドキリとしてしまう。

 何を言っているのかこの子は。電波的なアレだろうか、それとも久しぶりの人肌に彼女も混乱しているのか。


 しかし、次に彼女が発した言葉は、そんな俺の予想を遥かに上回るものだった。



「私成仏したいの!ヘイ洋介!プリーズキッスミー!」



 これが千堂椿との――俺の初恋の相手との出会い。


 今思えば一目惚れだったのだろう。はちゃめちゃな言動を繰り返す彼女だが、そんな天真爛漫なところも含め、今は一挙一動すべてが愛おしい。

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