第6話
「じゃあ、お願いします」
「仕事頑張ってください」
「そこの角を曲がったケーキ屋なんです」
(……ケーキ屋……そういえば、あったな)
ほわあんとしながら見送ると、凛はすぐにいなくなった。
いつから近所で働いているか分からないが、店の上客には間違いない。
メモ帳を眺めながら、ぷるんとした唇やくりっとした目を思い出して胸をきゅーんとさせてしまう。
(可愛い子だったなあ)
「ほおら。蒔いた種が花咲いた」
奥から出てきた父親が意味不明なことを言う。
じろっと睨むと、父親は立っているのも辛そうなので、簡易椅子を出して座らせた。
店番をしなくなってから、すっかり痩せて老人になってしまい、外にも出ない日が多かった。心配して小言を言うものの、父親が積極的に散歩したり体操をしたりすることはなかった。
「蒔いた種ったなんだよ」
不機嫌そうに言うと、父親が頬を緩めた。
「あの子がZガンダムが好きなことも、お兄さんの為にガンプラ作りを頑張っていることも知っていたよ」
「だから?」
「まだわからないか? お前、結婚どころか恋人もいないだろう? だから、なけなしの金でガンプラを揃えて、うちに通ってもらうことにしたんだ」
「どうだか。店は他にもあるし、こんな埃被ったところ」
比呂は自虐的に言う。
女性にモテるか、という点で言えば、前のサラリーマンの方が圧倒的に有利だろう。
ちゃんとした会社、毎月決まった給料に、有給、福利厚生。
こちらは、定期的な収入が不安定な街のおもちゃ屋だ。彼女だってその点では冷静だろう。
「でも、あの子はここに来てくれるし、ガンプラならたんまりあるし。話だって合うだろ?」
「俺はにわかだ」
「にわか?」
「あんまり詳しくない、新参者って意味かな。ガンダムのアニメだってちゃんと見てないし。好きだけど、俺レベルの男子なんていっぱいいる」
「いけないのか?」
「まあ、あの子と話してると釣り合わないなって」
比呂は申し訳ない思いになって、俯いた。凛もにわかを恥じていたが、本人を前にたいして知らないと打ち明ける勇気はない。
そういうところが、にわかのにわかたるゆえんだ。
「ま、とにかく。仲良く出来るだろう? 通ってくれるくらいは注文しといたから。余計に注文することないからな。比呂はまださじ加減が分からないからな」
「うるさいな」
「じゃあ、店番よろしく」
ひょこっと立ち上がり椅子を片付けて壁に立てかけると、父親は階段を昇っていった。
淡い恋心というにはまだ早いが、夕方か夜になれば、また来るのだ。
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