第5話

 おもちゃ屋の店主が、皆知ってるガンダムのことをにわか程度にしか知らないなんて、店の売上に関わるかもしれない。

 せめてこの場だけでも耐えなければいけないと、ボロがでないように比呂は最後の正念場だとガンダムの知識を総動員させる。

 しかし、残念ながらZガンダムのことはほとんど分からない。

 子供の頃の再放送を見た記憶をたどり話すだけで、彼女のようにブルーレイディスクやDVDなどで補うこともなかった。大人になってお金が出来ても、服や食事代に消えていく。

 そう思うと、彼女の生き方はとても充実しているように思える。

 ただ、比呂の場合はガンダムが好き、模型が好き、カードゲームが好きと言うことに少なからず抵抗があった。おもちゃ屋の息子だから当然好きなんだろ? そう言われる度に反発していったものだった。

 にわかガンダムファンでも生きていけるし、父親が強引に店を続けることにならなければ、今頃は普通のサラリーマンだ。

 アッシマーが三体欲しいことに、なんの疑問も抱かない。

 でも同じにわかだからこそ、彼女のやりきれない気持ちはなんとなく分かってきたのだ。

「インスタの反応はどうなんですか?」

 比呂が訊くと、女性は苦笑する。

「わりといいですよ」

「へえ。じゃあ良かったですね。でも、なんで始めたんですか?」

「実は、兄の代わりに」

「ああ。お兄さんの代わりに……」

 一瞬、訊いてはいけないことではないかと思った。

 けれど、女性は箱を抱きかかえながら比呂に言う。

「お兄ちゃん、オタクを隠すために凄い美人の女性と結婚したんです。でも、その人アニメ見たことないっていう人で。少しづつガンダムの話でもして、ガンプラを家に持ち込もうとしようとしたらしいですね」

「うん」

(亡くなったわけじゃなかった)

「そうしたら、兄が再放送のルパン三世見てたら、子どもの見るものです! ってチャンネル切り替えられたそうで。ガンプラを卒業せざるを得ない状況になったんです。それで、可哀そうだなと思って、私が代わりに作ってるんです」

「もしかして、お兄さんの影響?」

「そうです。全部お兄ちゃんが教えてくれて。円盤がだいぶ揃ってるのも全部お兄ちゃんのおかげで。お兄ちゃんのこと、優しくて大好きだったから」

 比呂は苦笑いしつつ、女性の優しさに触れたような気がした。

 時計を見ると、来店してから三十分は経っている。

 大丈夫かと心配になって、声をかけようとしたときだ。

「アッシマーまた見つけた!」

「取りますよ」

 手を伸ばして、埃を払いながら箱を取ると女性に手渡す。嬉しそうに微笑まれているが、比呂に向けてではないのだと思うと、胸が切なく痛んだ。

 彼女にはガンプラしか見えていなんだろうし、兄の為に一生懸命だ。

「足りない分、注文しましょうか」

 手伝いが出来ればいいと思い言うと、女性は嬉しそうに頷いた。

「ありがとうございます。ここ、本当に品揃え最高だから。いつも来るんです!」

「へえ」

(そんなに品揃えいいのか)

 女性とともにレジに向かい、会計を済ませると金額が提示される。嬉しそうに財布からお金を出すので受け取ると、比呂まで幸せになるようだった。

 いつの間にか、その女性のことが気になっているような気がする。

 袋に入れて手渡そうとしたとき、比呂ははっとした。

「この後、まだ仕事なんですよね? 帰りまで預かりましょうか」

「でも」

「お会計済んでますし、ちゃんと預かりますよ」

「じゃあ、お願いします。じゃあ、電話番号と名前を」

 言われて、比呂ははっとする。当たり前のように言ったのだが、確かにそういう手順が必要だ。

 メモ帳を渡して書いてもらうと、ボールペンで『桜川凛』と書かれて、電話番号が更に追加で書かれる。女性のスマホの番号を書いてもらうのは久しぶりで、自然と緊張してしまった。

 凛の顔が上がると、くりっとした目が嬉しそうに笑っている。

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