第3話
「見つけた! アッシマー! 三体あるといいんだけど。取り寄せ出来ますか?」
「え……。あ、あの。はあ、在庫があれば」
「ここなら確実にあると思ってたんです。嬉しい」
顔に似合わず、ガンプラへの入れ込みは相当なものだと判断した。けれど、ぷるんとした唇はまるで誘うかのように比呂の判断を鈍らせる。ちらりと見れば、女性は胸元の空いたブイネックのニットを着ていた。
どくんっと胸が鳴って、比呂は思わず言っていた。
「実は俺も、ちょっとガンダム好きなんですよね。ガンダムW」
「ええ! お兄さんも?」
「はは、そう。そうなんだ」
彼女いない歴十年。仕事一筋、お金を稼ぎ生きることがすべてだった人生に、こういう潤いはなかった。自ら積極的に女子と話そうとも思わなかったし、趣味なんてなくても生きていけると信じていたが、彼女と話したくて、『にわかガノタ』の血が騒いだ。
女性は目を輝かせて、アッシマーの箱を大事に抱える。
お陰で埃が服に付いたというのに、気にしていないようだ。
「どのガンダムが好きなんですか?」
「無難だけど、ウィングかな」
「ゼロ? 私はエピオンが好きかな」
「あ、ああ。ゼロですね」
(いや、ウィングはウィングだろう。ゼロってあったか? エピオン? エピオンって)
「ああ、エピオンはウィングとは言わないけど、ゼロシステム搭載機でしょ。カッコイイですよね」
「う、うん。ああ」
(俺の記憶にゼロは存在しない。なぜだ。子供の頃に見てた俺より、見てない若者の方が詳しい理由が知りたい!)
「でも、デスサイズヘルも捨てがたいかなあ」
「デスサイズヘル?」
比呂は首を傾げた。ちゃんと知っているはずのガンダムWの機体がひとつも出てこない。
いや、そもそも、知っていたのかと自分に問いただす。
ヒイロ・ユイが死にたがりで、ガンダム爆発させたくて仕方なくて、本当に爆破した。そしてその仲間たちも変わり者で、カトルだけが普通かと思ったら、途中でキレちゃってというお話だったはずだ。本筋は合っていると思うのだが、細かなことは時とともに忘れてしまい、ましてやモビルスーツのことなど記憶のかなただ。
これでは『にわか』と名乗るのもおこがましいかもしれない。
「店長さんは他に何が好きなんですか?」
「お、俺? 俺は……。リリーナ?」
若い頃の俺は性的に彼女を見ていたもので、頭の隅に強く印象づいていた。
平静を装い、腕組みしつつ、ボロが出るのも時間の問題だと話題を逸らそうと頭を巡らせた。ただ、一番知っていると思われたガンダムWですらこのありさまだ。
ガンダムネタは封印しないといけない。
「キャラかあ。そういえば、私も好きなキャラがいるですよ」
「誰だろう?」
「シャアなんです」
「ああシャア。知ってるよ。知ってる」
(思ったよりベタがキャラが好きなんだな)
「結局、シャアってララアのことどう思ってたのかなあ? って」
女性は腕を組みながら、首を捻る。
比呂は顔を強張らせながら、訊きたくないキャラ名を聞いて顔をひくつかせた。
(ララアのことは俺に聞くな)
「生まれる前ですよね、ファーストガンダムって。どうやって見たの?」
「そんなの、円盤買ってですよ」
「そうだよね。買うよね。当たり前だ」
(俺は再放送しか見ねえんだよおお!)
比呂は真剣な表情を作り直して、腕を組みなおした。
女性から涙が出そうな程のガンダム愛を感じる。こんなに若くて可愛らしく、そして未来だって無限に広がっているだろうに、どうしてガンダムに入れ込んでいるのか分からない。
世の中、インスタやらティックトックやら色々な『kawaii』が転がっているのに、どうしてガンダムというアニメに入れ込んだのだと知りたくなる。けれど、見たところ店の顧客のようだし、迂闊に訊いて嫌がられるのも困りものだ。
チラ見して見れば、くりっとした目が興味津々とばかりに比呂を見つめている。
胸を鳴らしながら、比呂は笑顔を作った。
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