第四章

「なんなのニ! この小惑星体、機体に張り付いてるニ!」

 機体全体に普段なら弾き飛ばせるはずの石ころがベタベタと張り付く。

「何かゲル状のものが混入しています、噴射口付近など高温部には問題ありません、高温には弱いのでしょうか」

 冷静に分析する。次の獲物の探索に漕ぎ出した矢先の出来事だった。ゲル状の物体は意思を持ったように引き伸び、周囲の小惑星を寄せ集める。

「前方の惑星に大気を確認、突入するときの断熱圧縮でゲルを焼き剥がしましょう、その後一気に離脱を……」

 無茶な提案だが有効と判断した。

「なかなかハードなこと言うニ……!」

 そう良いながらも推力を上げて惑星に向かう。

 黄色と灰の惑星。データはほとんどない。

徐々に近づき、重力に引かれ始める。数分で機体は熱に包まれ、ゲルは剥がれるはずだ。

「ゲル状物体、機体から剥がれます! まだ気体の温度は上がっていませんが……」

 一部を残してゲルが剥がれていく。コントロールが戻る。

「奴らも死にたくはないって事かニ……」

 機体の向きを変え、引力から逃れる機動計算をする。

 アラートが鳴る。

「小惑星郡接近! なんで……」

 このタイミングで最悪だ。

「さっきまで張り付いていた石ころの群れニ! あんな群れをぶつけられたら持たないニ!」

 ピンポイントで石の雨が降り注ぐ。狙い済ましたような質量兵器。明確にあの石を操るゲルは意志を持っている。

「推力装置、破損、このままでは不時着します!」

 引力に捉えられ、機体がコントロールを失う。

「ああ、船が……不時着に備えるニ!」

 ザフラが大きな赤いボタンを拳で叩く。

「ザフラ、今のは?」

 非常用の装置だろうが、説明されたことはない。

「ただの保険ニ! いいから不時着させるニ!」

 私達の船の前に、黄色い大地が迫った。


『メインシステム、再起動……視覚センサー、左目機動を確認、各マニピュレーター、軽微な破損を確認、両脚、障害物により動作不可、メインメモリに重大な損傷を確認、予備メモリに正常なデータを転送……聴覚システム機動を確認……』

 意識が回復し、周囲を見渡す。何か重量物が両膝から下を押しつけ、上半身しか動かない。何らかの事故に巻き込まれたのだろうか。テロか、発電機の事故か……。

「固有信号を受信したニ。これから言う事をよく聞いて、落ち着いて行動するニ。パターン7427‐Rを再生」

 誰かの声がする。落ち着くような、尊敬と友情を思わせる声だ。

「えー、私はザフラ、この船の船長だニ。今回は敵性存在なし、箱も無事……と。ロキシー、まずは生き残っているようで何よりだニ。この音声を聞いているということは、私はどこか遠くにいるか、既に死亡しているニ」

 反射的に右を見る。なぜ右を見たのか分からない。すぐ隣の座席で、女性型サイボーグが潰れていた。コックピット正面を貫いた岩に、青い人工体液をべったりとつけて。少しずれていれば私もろとも潰れていただろう。恐らく、彼女がザフラだ。

「私の座席の下にある箱を取り出すニ。完了次第、続きを再生するニ」

 私は両膝の接続を解除し、一本ずつ抜き取り、再接続する。

ザフラと思しきサイボーグの首から、スカーフを外す。青く染まったスカーフを肩に巻く。深呼吸し、思考回路の安定を図る。座席の後ろに回りこみ、取っ手らしきものを引き抜く。バックパック状に背負える箱が現れる。

「このバックパックにはこの船の修理キットと、その手順、そしてロキシーの生存に必要なもの全てを揃えてあるニ。コンテナの中で三ヶ月は生きられて、この船を修理するのに必要な期間としては十分なはずニ。今の状況までの記録を千二十四時間分もログとして残してあるニ。それを参照しながら、ロキシーは必ず火星まで生還するんだニ。帰還までは十九年と二百二十八時間だニ。あとは私の秘密のメッセージもあるから役立つはずニ。今まで多分内緒にしてたはずニ。……カズヒロ君によろしくニ」

 カズヒロ……。カズヒロ様。私の大切な人。間違いなく大切な人だ。なぜかは分からない。手順指示に従い、コンテナに左右のエンジン付き推進翼と、後部の推進ブースターを格納する。

 そして私は、千二十四時間分のログを再生し始めた。

 私はあと十九年で火星へ帰らなければならないこと。現在地はその星から幾つもワープトンネルを経由した先であること。ザフラとはもう三十年以上の仲であること。私達は宇宙に取り残されたコレクション品を集めては売っていたこと。彼女が売買と目利きを担当し、私が用心棒であったこと。謎の粘着物に襲われ、この星に不時着したこと。そして、


 私は百年の休暇の後、火星のカズヒロ様の元に帰ること。


 考え込んでも仕方ない。私は周囲の探索を開始した。

 コンテナを拠点にするにしろ、周囲の安全確保は第一だ。

 この黄色い大地の色は、薄い粘着物がきめ細かく張っているせいらしい。足跡が残り、べたつく感触が伝わってくる。

 周囲は暗いが、視覚センサーの感度を上げ一方向に歩く。星の動きから見て、ここはほぼ赤道直下のようだ。水平線の向こうにわずかに明かりが見える。徐々に粘着物の層が厚くなる。このままでは埒が明かない、私はあの日の速さまで速度を上げて一気に駆け抜ける。しかし進めば進むほど粘着物は厚くなる。進路をずらしてもすぐに層は厚くなり始める。進路をジグザグに変えると、しばらくは快適に進むことが出来た。しかし再び層が厚くなる。あくまで仮定だがこの粘着物は私の動きを予測しているのだろうか。

だとしたら。

 私は目的地に直線的な動きをせずフェイントを織り交ぜながらランダムな軌道で明るい方向へ距離を詰めてゆく。

 するとやはり快適に進むことが出来るようになる。この粘着物は間違いなく思考している。

 今度は所々に層の厚い塊が現れ始める。

「罠に切り替えてきましたか」

 飛び越え、迂回、そこで進路を変える動きを織り交ぜて私は明るい空を目指す。数時間、動きを変えながら移動する。進むごとに層は私に対応した動きを見せた。

 大きな瘤を飛び超える、しかしその先に隠れていた小さな瘤に足を着き、私は大きく転倒した。瞬く間に粘着物に覆われる。立ち上がることも出来ない。力を込めた点の粘着物は厚みを変え、私を地面に引きずる。

「ん……ぐ……」

 どこかから砂を撒くような音がする。視界も、聴覚も覆われ、私のシステムはそこでダウンした。


 目を覚ますと、私はベッドに横たわっていた。粘着物もない。灰色の部屋。ドアが開き、白いひげを生やした男性が入ってくる。

「目を覚まされましたか」

 かけられていた布の下でピースメーカーを握る。

「あなたは」

 警戒したままたずねる。

「私はヨハンと申します。皆からは牧師、と。こちらの教会を任されております」

 丁寧な態度で答えられ、あっけに取られる。

「あなたは聖域の中から現れました。大地が騒がしいので何事かと思うと彼方にあなたの姿がありました。時々あるのです、授かりものの中に誰かが居ることが。生きたままここまでたどり着くことは本当に稀ですが」

 ヨハンは丁寧に話した。

「さ、次はあなたの番です」

 そばにあった椅子にヨハンは腰掛け、促した。

「ロキシーです。付近の宙域を通り抜ける際にこの星に。友人を一人失いました。不時着地点にまだ私の船が」

 船、という言葉にヨハンは反応を見せた。

「ご友人についてはとても残念です。その船は高純度の金属で出来ていますか? 有機素材などは」

 意図のつかめない質問に

「金属のコンテナに全て格納されています」

 正直に話す。

「でしたら問題ないでしょう。数日でこちらに届きます」

 回答の意味も不明だ。

「それはどういう意味ですか?」

 ヨハンは少し微笑み、

「聖域の粘菌は金属をこちらに追いやってしまうのです。逆に不純物が多い無機物はあちらに持ち去られます」

 粘着物は粘菌の一種のようだ。

「しかし、粘菌にしてはあまりに巧妙に私の進路を塞ぎました、どんなに複雑な経路を取ろうとも、私を捉えるなど、あれは本当に粘菌ですか?」

 うなずきと共に、答えが得られる。

「彼らは巨大なコンピューターの一部、とでも言いましょうか。陰半球全体を覆い、この宇宙で最も賢い生命でしょう。陽半球には達しません。陽の当たる半球とそうでない半球が、我々と彼の境界線なのです」

 聞いたこともない話だ。

 粘菌がコンピューター? 金属をやり取りする? 宇宙空間からの船を捕らえる? 授かりもの? 多くの疑問が生まれる。

「あなたの気持ちも分かります。私も始めはそうでした。ここで過ごすうち、多くのことを知りました。ここから先は明日にしましょう。私もまだ仕事を残していますので。あなたのバックパックとトランクはベッドの下においてあります。この部屋は自由にお使い下さい」

 ヨハン牧師は部屋を去った。

 ベッドに横たわる。

 この星を出ることは出来るのだろうか。ザフラは、ザフラとは、私はどんな会話をしたのだろう。ログに残された以外の記憶を知らない。

 予備メモリにメインシステムをコピーし、再起動するために、私は意識を落とした。

「朝食の時間です、体調はいかがです?」

 ヨハン牧師が起こしに来た。私はただ天井を見つめていた。

「万全です」

 姿勢を変えずに答える。

「では、着替えが終わりましたら何かお手伝いを」

 そのままヨハン牧師は出て行った。

 メイド服がドアのそばに置いてあった。

 着替えながら、私は気がつく。この部屋には窓がない。ホルスターを巻き、上からスカーフで隠しておく。

 声のする方に向かう。ヨハン牧師のほかにも複数のヒトが居るようだ。階段を下りる。

「お姉ちゃん誰ー?」

 子供に話しかけられる。

「パーシー、顔洗っておいで!」

 後ろから老齢の女性の声が飛んでくる。

 子供は走って行ってしまった。

「ごめんなさいね、ヨハンから聞いてるわ、ロキシーちゃん、ね。私はアンジェラ。シスターアンジェラ。でも皆からはマザーと呼ばれているわ。あなたもそう呼んで頂戴」

 それだけ言い残し子供達を追いかけマザーアンジェラは行ってしまった。

「ロキシー、手伝ってもらえるかな。食器を八人分。君を入れて九人分か」

「いえ、私は食事は」

 ヨハン牧師は心配そうな顔をする。

「体調が悪いのかい?」

 そうか、この人は。

「私はヒトの一部を機械化したサイボーグではなくアンドロイド、完全な機械です。食事は電力か光があればそれで」

 ようやく合点が行ったようだ。

「それは失礼した。だが君も是非席には着いてくれ。皆に紹介したい」

 目線の先にあるテーブルと椅子の配置、食器類の籠を把握し、八人分の食器を一気に運ぶ。

「まぁ、ロキシーちゃん力持ちなのね」

 マザーが行ったり来たりしながら声を掛けてくれる。

「これが仕事でしたから」

 これが仕事だった? 私はメイド服を着て配膳をすることが仕事だった?

 頭から疑問を振り払う。

 全ての食器を寸分の狂いなく並べる。今は手伝いが優先だ。

「見事な配膳じゃないか、前にどこかで?」

 ヨハン牧師が大きなフライパンからスクランブルエッグを配ってゆく。

 中央にパン籠が置かれ、六人の子供達と、ヨハン牧師、マザーアンジェラが席に着く。

「母なる太陽と、その娘たる北の大地に」

 両手で三角形を作り、ヨハン牧師が言う。

 子供達もそれに続いた。

 年齢も性別も耳の形もばらばらだ。

「この子達は、皆ここで生活している、出身も親も違う子達だ」

 ヨハン牧師がそう教えてくれた。

 食事が終わると再び

「母なる太陽と、その娘たる北の大地に」

 と祈り、立ち上がった。

「今日は皆に紹介がある。しばらくここで一緒に暮らすロキシーだ、彼女は南から生きてたどり着いた奇跡だ。よろしくロキシー」

 皆からも口々に歓迎の挨拶を受ける。

「さあ、皆で朝の仕事の時間よ」

 それぞれに食器を運ぶと子供達は食堂から出て行った。まだ陽は浅く昇っているだけのようだ。

「マザーに付いて、仕事を手伝ってきて欲しい。午後にこれからの話をしよう」

 私も席を立ち、外へ出る。

 彼らの言う太陽は浅くしか昇っていないが、しっかりと光を届けている。青い空の下で影が長く伸びるのは新鮮だ。新鮮? なぜ私はそう思考したのか。青い空でも、陽が浅ければ影は長く伸びるのは当然だ。

「ロキシーちゃん、お手伝いをお願い」

 マザーに呼ばれ、私はすぐに向かった。

「井戸の調子が最近悪くて」

 超音波ソナーで構造を解析する。密閉できていない箇所を検知。

「ちょっとお借りしますね」

 右肩の修理キットからチップ型低融点合金数個と熱線コイルを取り出す。標準装備外の修理キット。だが私の大切な修理キットであることは間違いない。手押しポンプのボルトを緩め、チップを挟み、熱しながら締め込む。

「五分もすれば快適に動くはずです」

 可動部に油も差し、ネジや間接の具合を確かめる。

 レバーを押し下げると、いくらかは軽くなった。さっきよりも水の出も良い。

「他の機械はありますか? 全て点検してきます」

 隣で目を丸くしていたマザーを尻目に、私はそれらしい部分を修理して行った。ヒトの目では少々複雑な部分の修理もお手の物だ。ザフラとも、こうして船を修理したのかもしれない。

「さぁ皆、昼食だ」


 ヨハン牧師は重い顔で切り出した。

「どうしてこの辺境の星に?」

 私はログと残存する記録の限りを話す。

 この宙域での探索、そして粘菌の一部らしきものに宇宙空間で襲われたこと、私には帰らなければならない場所があること。

「それは……南の父に聞かねばなりません」

 父、という言葉に

「あの領域にご親族が?」

 と尋ねる。

 ヨハン牧師はそれを否定した。

「いえ、血縁上の父ではありません。あの領域に広がる粘菌の父、この星の影の領域全てを支配する父です」

 粘菌たちの、中枢であると。

「分かりました。でも、あの中にどうやって……その、向かうのですか? 私は捕まりかけました」

 不安に思う。

「塩を使います、早速向かいましょう」

 ヨハン牧師は立ち上がった。

「アンジェラ、少し私は聖域へ。ロキシーも一緒です」

 

 聖域の手前、すぐそこまで粘菌が伸びている。

「靴の裏にこれを塗ってください、薄くで構いません」

 小さな入れ物から塩を渡される。

「これでいですか」

 牧師を真似て両方の足に塩を塗る。

「それで構いません」

 そしてヨハン牧師は粘菌の這う地面に立った。

 すると、ヨハン牧師の前の粘菌が引いてゆき、細い道が現れる。

「さぁ、あなたも」

 私も粘菌の層を踏む。しばらく間があったが、私の前にも牧師の道に沿って道が現れる。

「彼らとのコミュニケーションです。塩を使い、この領域に踏み入る事を知らせるのです。この道は大いなる父の聖堂に導いてくれます」

 牧師は歩き始めた。私も自分の道を進む。

 一時間ほどだろうか。黄色い粘菌に覆われた山が見えてきた。

 中枢はこんなに近くにあったのか。

「今日は近いですね、あなたに興味がおありなのでしょう。聖堂は常に移動しています」

 聖堂は常に移動している、という言葉に驚く。道に沿ってそのまま粘菌の山に空いた穴から中に入る。

 内側から見ると、粘菌は無数の鉄クズを基礎に山を構築しているようだった。正面の壁に『よくぞここへ来た。奇跡の子よ。奥へ進むが良い』と粘菌が文字を描いた。

「これは……」

 牧師を伺う。

「父の言葉です。奥へ進みましょう」

 細い通路を進むと、奥に黄色い柱が現れる。

 柱には粘菌の避けた跡で『奇跡の子よ、名を述べよ』と現れていた。

「ロキシーと申します」

 すると柱一面が黄色い粘菌に覆われ

『なぜここへ来た』

 と再び文字が表れる。

「この星から出なくてはならないからです」

 また文字が変わる。

『ならぬ』

 私は声を張り上げた。

「なぜですか!」

私は帰らねばならない。

『この星を覆う私の息子達が、それを阻む。いかなる者もそこを通って出られはしない』

 私達の宇宙船を落とした石を纏う粘菌。彼の一部からの分離体。

『しかしだ』

 また文字が表れる。

『奇跡により聖域から逃れたことに免じ、他の願いならば聞き届けよう』

 その文字に私はしばし考えを巡らせる。

「これを……これを直すことはできますか」

 胸のハッチから破損したメインメモリを取り出す。

『足元に置くが良い』

 少しためらったが、私は勇気を出してそれを地面に置く。粘菌がそれを覆い、中を調べ始める。

『時間を要する。それに、材料もだ。だが可能だ』『非常に興味深い』『記憶の石版か』『私の知りえぬ世界の記憶たちだ』『そして……』『これは』

 周囲の粘菌が電子回路に似た模様を作り上げる。波打ち、形を変える。明らかに思考している。

『これを私に預けるというのか』

 戸惑いさえ滲み出た文字で私に問いかける。

「はい、直していただけるなら」

 しばらく文字が消え、ゆっくりと表れた。

『これは、奇跡の子ロキシー、お前の魂にして心』『いや』


『愛そのものだ』


 その文字に寂しさと、喜びが入り混じった感情が湧き上がる。

「はい。直していただけますか」

 ゆっくりと問う。

『お前がそう願うなら』

 そうして、私は深く頭を下げ、

「お願いします」

 ゆっくりと頭を上げる。

『聞き届けよう。クズ鉄の箱に少量の純金、鉛、銀を入れ、聖域に置いておけ』

「はい」

 そうして、私達は聖堂を後にした。私の何かが胸のうちから酷く軽くなったようだった。メインメモリの、重量以上に。


 その後、私は教会の手伝いをして数日を過ごした。コンテナはいつの間にかそのままの形で聖域の縁に移動していた。粘菌が運んだのだろう。

「ヨハン牧師」

 私は子供達を寝かしつけ、牧師に頼んだ。

「皆が眠った後、あのコンテナで過ごしても構いませんか」

 牧師は何も言わず、肯いた。

 ザフラの指示には無かったパーツから、指示された金属を取り出し、牧師から預かった錆びた箱に入れた。教会へ戻る時間の前に、私はその箱と、ザフラのメッセージが残された箱を持ち出し、錆びた箱を聖域に置いた。粘菌は滑らかに箱を滑らせて行った。

 皆が起き出す前に、ザフラからのメッセージを聞いておこう。


「ロキシー? 戻っているんだろう? 入りますよ」

 ヨハン牧師の声がする。

「ロキシー?」

 心配そうな顔をして顔を覗かせる牧師。

「私、帰れるかもしれません」


 ザフラの残したメッセージ。この宇宙に、ワームホールが出来た理由。それを可能にしたザフラの父親の話。なぜワームホールなどというでたらめなものが二千百年代から存在するのか。

「宇宙は広い空間に見えて、捉え方によってはくしゃくしゃに丸まったとても薄いスカーフの布にたとえられるニ。私達はそのスカーフの薄い薄い表と裏の間の空間に居るとするニ。スカーフの角から角はとてもとても遠いニ。でもその地点がたまたま隣り合って丸まっていたら。もしくは今居るスカーフのある点と行きたい場所の点が隣り合って丸まっていたら。細い注射針でその二つの点を繋いで針の中を移動すれば宇宙のとても広大な空間を行き来できるニ」

 そしてその実現には大きな犠牲を伴ったことも。

「そしてパパはそれを実現したニ。でも、二度と戻っては来なかったニ。時間の流れも波打っていて、同じ時間の宇宙に現れなかった、と出発した翌日に手紙が届いたんだニ。差し出した日は、百五十年前だったニ。はるか過去や未来に行ってしまう危険性がワームホールにはあるらしいニ。未来のある地点に向かう方法の設計図が同封されていたけど、行ってしまった先の過去では実現できなかったそうだニ。しかるべき仕掛けで、未来と過去の釣り合う点同士を繋いだものが、ワームホールなんだニ。これで私の昔話はおしまいニ。データファイルは自動収集された過去へ向かえる不安定なワームホールの位置ニ。箱の中の装置は、限りなく光の速さに近づき、狙った地点の狙った未来の時間に移動できる装置ニ。ロキシー、本当にどうにもならない状況で無い限り、この装置は使っちゃ駄目ニ。カズヒロ君の元に帰れる事を願ってるニ」

 運命だ。公転周期とそのズレは六年後にこの星の表面に重なるワームホールの点を示していた。その点がこの星を通過する一瞬に、私は過去へ戻り、その後未来へ光の速度を利用して戻る。もしそのワームホールが二百五十年以上過去へ戻るなら、私は約束の日に帰ることが出来ない。そのワームホールに侵入できるかどうか自体も僅かな可能性だ。でも今はその可能性に縋るしかなかった。この星を出るには、宇宙に穴を開けるしかない。かつてザフラの父親が開けたように。二度と戻れなかった事実を礎に築かれた復路の切符も、ここにある。

 私には、その可能性に賭けるしかない。それまでに、メインメモリの修復が終わらなければ、それも水の泡だ。私は百年の休暇を言い渡されたのだ。カズヒロ様も、私も、百年の時間しか過ごすつもりは無いのだ。


「ロキシー? 帰れる、と言いましたが……」

 牧師が怪訝な顔で聞き返す。

「いえ、少し、記憶が混乱していたようです。メインメモリを渡してしまったせいでしょうか。胸が空っぽな感じがして」

 冗談かもしれない、実にアンドロイドらしい冗談かも。

 私は立ち上がって牧師の手伝いの準備にかかる。

「朝の支度にかかります、お手数をおかけしました」


 そうだ、私は帰れるのかもしれない。ならば帰らなくてはならない。

 ……いや、帰りたい。カズヒロ様の元に帰りたい。父と名乗るアレは私のメインメモリを愛だと言った。古い古い記憶の奥底で、この星に来たときに落としてしまった記憶の中に、カズヒロ様の記憶があるのだろう。いや、メモリの中ではなく。この空っぽの胸の中にあるのだ。これではまるで幻肢痛だ。いや、幻部痛とでも言うのだろうか。

 陽の光が眩しい。

 もうすぐ眠る時間だ。子供達の手を引いて教会に戻る。今日は、教会の部屋で休もう。しばらくメンテナンスをしていない部位があるはずだ。メインメモリを抜き取っている今なら、内部の調整も、きっとしやすいはずだ。きっと。なにもないはずの胸の内部から、うずきを覚えた。


 あれから三ヶ月、メインメモリは、未だに戻っては来なかった。私は教会で子供達の教育係を務めるようになった。その間に読み書き、算術、この星の歴史も、牧師の本棚から貸し出された歴史書を用いて教えた。中に、器械工学に興味を示した子が居た。十四歳のジーンという男の子だった。彼の興味は金属、という言葉で括ることのできるあらゆるものだった。ネジ留め、蝶番、教会の金属の壁を削ろうと引っかいたり、時には台所の調理器具や食器を持ち出すこともあった。私は彼に井戸のポンプや風見車、そして修理道具の扱いを教え、牧師の助けになるよう教えていた。

「ねぇ、シスターロキシー」

 子供たちは私をシスターロキシーと呼んだ。

「どうしましたか?」

 洗濯物を干していた私にジーンが声を掛けた。

 私は彼が示した工学書のページを読み込む。

「この、鍵と錠っていう器械、見たこと無いんだ」

 この教会やその周りでは見かけない器械だ。

「これは……そうですね、大切なものや危険なものを閉じ込めたり、仕舞ったり、するためのものです」

 私は慎重に言葉を選び、ジーンの表情を伺った。

 しかし彼は、私のホルスターに差したピースメーカーのグリップに触れようとしていた。スカーフを洗った事を後悔した瞬間、世界の速度が急激に遅くなり、私は彼が伸ばす右手を握り、反対の手で彼の襟元を掴むと、体を沈め背中で彼の体重を受け流すように投げ飛ばしていた。

 宙にジーンが浮かんでいる。私はしまったと思った。彼が怪我をする。全速力で踏み込み、彼の体の下に滑り込む。腕で衝撃を受け止め、彼の体は私が下敷きになる形で受け止められた。

 私は時間の流れが元に戻るのをジーンの心臓の鼓動で感じた。

「怪我はありませんか」

 彼を下ろし、手を引く。

 彼は言葉を失い、自分の右手を見つめていた。

「ジーン! あなたまた何かしたの?」

 物音を聞きつけたマザーが駆け寄ってきた。

「いえ、私が彼を――」

 ジーンが遮った。

「僕がロキシーのものを勝手に触ろうとしたんだ。ロキシーは何も悪くない」

 彼は右手を見つめていた。

「ジーン、ロキシーに謝りなさい」

 マザーに促されるままに、彼は頭を下げた。

「私の不注意です。これは……とても大切で、危険で、そして鍵をかけて仕舞ってはおけないものなのです」

 私はピースメーカーから全ての弾薬を抜き、彼に見せた。

「これは人を殺す道具です。大切な人を守らなければならない時、そして命の危険がある時に使う最後の道具です」

 私は撃鉄を起こし、引き金を引いた。弾倉が回転し、撃鉄が落ちる。

「この器械に小さなこれらが入っているとき、それだけで人が死んでしまうのです。ですから、絶対に不用意に手にしてはいけません」

 彼は肯いた。だが彼の目は、この芸術的なまでの金属のリズムに感じ入っていた。

「次に触れたら、命を保障できません。分かっていて触る、そのことの意味が分かりますね?」

 小さく彼の肩が震えた。

「うん」

 彼は、優秀な技師になるだろう。そして、約束を守る立派な男性になるだろう。

「私も不用意でした、ごめんなさい。怪我は本当にありませんか?」

 彼の手に優しく触れる。

「大丈夫」

 彼の目に意識が戻る。

「マザー、彼に冷たいお水を。少し休ませてあげて下さい。今回のことは、全て私の落ち度です、ジーンを危険にさらした事を、お許し下さい」

 私は深く頭を下げた。

「いいえ、ロキシー。彼もいずれは学ぶことです。本来はこの教会を出た後に。目を背けてはならない、大切な教えです。よく身をもって彼に教えてくれました。頭を上げ、胸を張りなさい。あなたがしたことは、何も間違っては居ません。ジーン、相手がロキシーで命拾いしたわ。よく覚えておきなさい」

 そうしてマザーはジーンを教会に連れて行った。風にたなびくシーツが、私のすべき仕事が終わっていない事を告げた。


夜、私はコンテナの中でザフラの残した設計図を元に、エンジンを組み替え、パーツを補い、輸送船から小さな継ぎはぎの宇宙船を作っていた。時には牧師の許しを得て聖域の縁から金属部品を拾いに行った。六ヶ月、一年と、時間は過ぎていった。私は帰る、必ず。


「ロキシー、私は明日南の父の元へ向かいます。あなたも同行を」

 子供たちを寝かしつけた後、ヨハン牧師に呼び止められる。

「明日ですか」

 この星に来てから二年。再び、聖域に足を踏み入れることになる。


『久しいな』

 黄色の文字。

『願いを、聞き届けた』

 足元に錆びた箱が滑ってくる。

「ありがとうございます」

 この箱の中に、私の記憶が、思い出が、愛が、眠っている。

『最後に、私から願いがある』

 意外な文字に、私は身構える。

『私と、あの日の勝負を、もう一度願いたい。完全な状態でだ』

 私としても、望むところだった。

「もちろんです」

 私は帰るのだから。聖域から出られないようでは、私はカズヒロ様の元に帰ることなど出来はしない。

「本当にいいのですか」

 ヨハン牧師が心配そうに尋ねる。

「はい、構いません。私はここに残ります、先に教会へお戻り下さい。勝負は、聖域の最も遠くから始めましょう」

 私は覚悟を決める。

 錆びた箱を空け、メインメモリを取り出す。歪みひとつない、しかし確かにあの日聖域に残した私の最も大切な部分。

「それでは、教会で。今夜は先に眠っているように、皆にお伝え下さい」

 ヨハン牧師が聖堂を出ると、聖堂全体が滑らかに動き出した。私は、メインメモリを、胸のハッチに押し込んだ。


 私は、初めて仕事を任された。カズヒロ様を立派な社長に、立派な人にしてみせよと。

 彼は優秀だった。言葉を覚え、私の教育以上の成果を常に上げた。

 彼は両親を亡くした。私は彼のそばを離れなかった。

 彼は父親の跡を継いだ。そこからは毎日が戦いだった。

 彼はある日、私に暇を出した。百年という、余りにも長い期間だった。

 彼は、それから私の記録には居なかった、だが何度も記憶の中に姿を現した。

 だから、私は帰るのだ。それが彼の最後の言葉だったとしても。彼が私に何を残すことも無く居なくなっていても。その命が、魂が、心が枯れ果てていたとしても、彼の愛は私の中にある。

 私の主人は、カズヒロ様なのだから。


『目を覚ましたか』

 私はゆっくりと返事をする。

「はい」

 これが私の道だ、主人の元へ繋がる道だ。

 聖堂の外に足を踏み出した瞬間に、私は駆け出した。

 

 あの日と同じ速さで。


 まっすぐに走ると粘菌の層は厚くなる。私は経験則的にそれを避けて進路を変えていたが、少々足元の粘度が上がっても私の走る速さを落とすことは出来ない。ならば。

 まずはパワーで勝負だ。カードを切るのはもっともっと後でいい。一直線に駆ける。意図に気がついたのか、私の前方だけが黄色い道に変わって行く。足首まで層が厚くなろうと、その下は安定しているのだから。恐れない。

『大したものだ』

 視界の端に一文字ずつ言葉が現れる。膝の半分ほどまで粘菌が厚くなる。流石に私の速度も下がり始める。そこで初めて進路を変える。左に二メートルだけ進路をずらす。畝のように厚くなった粘菌の道に沿って走る。畝全体が私の前にずれ込み、進路を塞ぐ、それを足だけで側転し、今度は右に四メートル。薄い粘菌を踏むがゆえに私の位置、速度、進行方向は即座に彼に伝わるのだろう。また黄色い大地は模様を変えて行く。

 暫く私の前に大きな黄色は現れなくなった。

 それで諦める相手ではない。

 私の速さから計算し、必要な障害をこの先に用意していることは間違いない。その予想はすぐに当たる。

 私の前に腰ほどの高さの壁が迫る。迂回するより、飛び越えたほうが早い、それを分かっている高さの壁だ。相手の意図に逆らわずに飛び越える。そして次はへその高さ。侮られたものだ、そんな障害、私を止めるに足らない。私は身長の高さの二倍になるまでそれらの壁を飛び越え続けた。鉄クズを使い、壁を作る早さを上げている。もうここまで来てしまえば、飛び越える高さでもないか。

 私は身長の三倍の壁を視認した瞬間に身をかがめ、前傾し、全力で壁にタックルした。あっさりと壁は破れる。

 その後も壁の厚さや鉄クズの塊を埋め込んだ壁で妨害を仕掛けてきた。しかし私はそれを全てタックルで突破する。危険な塊は超音波ソナーで判別し薄い位置を選んで突破する。

 止められるものか。ペースを落とさない。私はカズヒロ様との約束を背負っている。私はこの意志の強さで前に進んでいるのだから。

 再び障害のない区間が始まる。準備がこの先で行われている。進路上に、

『素晴らしい、だがまだ楽しもう』

 と言葉が表れる。私は笑う。事実、私はこの勝負を楽しんでいた。

 厚い壁と、中央にわざとらしく空いた通路。両側にも壁がそそり立つ一本道。迷うことなく中央の通路に向かう。罠だとして、その手に乗ることが、最も近い道だ。

 ただの黄色い通路だ。両側に逃げ道は無いが、上へは跳べば抜けられる。

 ソナーで分かる限り、この道はそのままの一本道だ。ソナーを合図にしたように、仕掛けが始まる。両側の壁が徐々に迫り、通路は細くなり始めた。

 出口はまだ先だろう、ただ走れば抜けられる長さでもないのは明らかだ。そんなものなら初めから作りはしない。ソナーで壁に埋め込まれた鉄クズの位置を確認し、左右の壁の中でそれぞれ一際大きいものを狙ってピースメーカーを抜いた。二発の弾丸が左右の壁を震わせ、音が反響する。位置は感じ取られても、壁そのものが神経なら、情報の伝達は混乱するはずだ。

 その瞬間に私は跳んだ。左側の壁の上、鉄クズの埋め込まれた位置だけを踏んで走る。

 壁の外には膝ほどの高さに粘菌が網の目状に張られていた。やはりシンプルな選択肢が正解だった。あの網の中に突っ込んでいけば私は負けていただろう。一度目なら、確実にあの中に絡め取られていた。足元の壁から鉄クズが沈められ、足元の粘度が上がる。

 もう元の通路は私の体の半分の幅も無い。空の端が明るい。強引にでもここを抜ければ私の勝ち、か。

 通路の中でむき出しになった鉄クズが見える。私の足元を粘菌だけにするために吐き出されるのだろう、しかしその突起は、絶好の足場だ、外側にも同じものを確認してから体を横向きにして通路に飛び込む。半分ほどの高さにむき出しになった鉄クズを足がかりに、こんどは壁の外側に跳ぶ。体を捻り、外側でむき出しになった足場で再び跳ぶ。前に進む意志を決して落とさない。その足場を壁に再び取り込もうとするが、つま先で粘菌の壁を蹴り、中の鉄クズを踏みしめて前へ、前へと進む。聖域の縁が見える。踏める位置の鉄クズは、ほとんどが粘菌に厚く覆われていた。ただ跳ぶだけでは抜けられない。

 ならば。

 ピースメーカーを抜き、両手で構え、最後の跳躍で私は前傾し、前に回転を加えながら跳んだ。時間の進みが急激に遅くなる。私の体が倒立した瞬間に引き金を引き、その衝撃を逃さず両肩で受け止める。空中での逆回転、そして反動でさらに前に進む。無理やり飛距離を伸ばし、次の足場に足をかけた。私の勝ちだ。ピースメーカーを戻し、聖域の端に向かって跳ぶ。少しだけ距離が足りない。私はもう一度空中で回転し、両手で粘菌の層に逆立ちで着地、腕力だけで跳ぶと、右肩の接続を解除し、刺さったままの右腕を左手で掴む。両足はもう聖域の外に着地した、左腕で、右腕を地面から引き抜いた。

 

 勝った。


 右腕を再接続する。

 地面に、文字が表れる。

『私の負けだ、最高の時間だった、ありがとう』

 私は指で粘菌に

『ありがとう』

 と刻んだ。

 振り返り、浅い陽の光を眺めながら教会に向かって走る。歩いても良かったが、私には急ぐ理由が有った。

 間もなく就寝時刻だ。この場所では私は範を示す者なのだから。牧師にああは言ったが、子供たちや、マザーを安心させたかった。

 教会の前には皆が並んでいた。

 駆け寄ってくる子供たちに、

「もうすぐ寝る時間です。心配をかけましたね、私は大丈夫です、さ、もう寝ましょう」

 子供たちと一列に手を繋いで、陽の光の中、教会に入った。


「ジーン、お誕生日おめでとう」

 今日はジーンの十六歳の誕生日だ。この教会では、十六歳の誕生日に、教会からの紹介でその子供に合わせた職場を紹介され、そこに住み込みで働く決まりになっている。朝食の後すぐに、迎えの男性が教会を訪ねてきた。彼もこの教会で育った。ジーンは、金属加工の工房に引き取られる。数人の兄弟子と共に金属加工の技術を磨く。

「ロキシー、あの時はごめんなさい」

 ジーンは私に深く頭を下げた。

「もういいんです。あの時は私も乱暴な事をしてしまいました。……あなたに渡すものがあります」

 私は一冊のノートを渡した。

「この世界で一番強い武器と、二番目に強い武器の設計図が、最初のページに書いてあります。あなたは、一番強い武器を作る職人になってください」

 初めに、万年筆。次にピースメーカーの設計図。

 彼へのメッセージとして『ペンは剣よりも強し』と書き添えておいた。

「ありがとう、ロキシー」

 そして彼は男性に連れられ、陽の低く浮かぶ方へと歩いていった。

 私が最後の望みを賭けた飛行計画まで、あと一ヶ月。


 まだ皆が寝静まっている時刻。私はザフラの遺した設計書どおりに輸送船を解体し、小さな脱出艇に仕上げた。エンジン、噴射機、そして私が人の胎児のような姿勢でようやく乗り込めるコックピット。小さなドラム缶のようなそれにトランクを入れ、万が一の宇宙空間放出に備えたジェットパックを背負う。手足を折りたたんで小さな棺桶の中に納まる。丁度両肘に接続プラグが刺さる。このためにわざわざ私は肘関節をジャック付きに改造した。エンジンだけで空を飛ぶようなこの脱出艇を起動する。

『飛行システム起動、予定時刻を確認。不安定ワームホール突入待機位置までの予備飛行を開始』

 私と同じ声でナビゲーションが始まる。

「大丈夫、大丈夫……」

 飛行軌道は全て設定済みだ。後はワームホールの出口が予定と大きく違わないことを祈るだけ。一応、太陽系第二惑星付近に出現予定で、現在より百年以上過去であるはずだ。ザフラの計算が正しければの話だが。ヨハン牧師が起きれば、その時に私の置き書きを見つけるはずだ。どの道、私はもうこの星に居ないこと、成功しても、失敗しても。成功したならば、この星の大気圏内にワームホールが近い未来に出現すること。

『待機位置に到着。突入まであと十秒。衝撃に備えてください』

 脱出艇は一気に加速し、聖域上空を高速で飛行する。聖堂の上空かと感じた瞬間、私から重力の感覚を奪った。

『祈って!』

 私は帰る。カズヒロ様の元へ――

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