第三章

「ザフラ、そろそろ目標地点です」

 隣で寝ているサイボーグを起こす。

「ニ?」

 女性型の、スカーフを首に巻いたサイボーグが返事をする。基地に嗜好品商人として訪れたザフラに、私は目をつけられた。正確には、私の腰に差していたピースメーカーに彼女は目をつけた。どうしても譲って欲しいという彼女と一晩の交渉の末、私は彼女と共に基地を出た。もう今から三年も前のことだ。

 今私達の船は宇宙空間戦闘で散らばった残骸の群れの中にいる。彼女はその中の戦闘母艦に狙いを定め、中に残った品々を物色するそうだ。こういった大型船の私室には、紛争地帯の兵士に需要の高いデータや嗜好品がしばしば残されている。

 特に敗走に失敗し、辛うじて兵士達が脱出したような船は狙い目だ。

「ん……やっぱり眠らない子がいると助かるニ」

 ホログラム画面を操作し、彼女は宇宙空間用ヘルメットを被った。今では私もそのまま宇宙空間に出られるよう、一ミリに満たないコーティングで体を覆う改造を施した。以来、コーティングを補修することで、元の体に傷は付いていない。

「私だって、たまには眠りますよ」

 巨大で細長い楕円の戦闘母艦に、私達の小さな輸送船が接舷する。コンテナに羽とコックピット、推進器をくっつけたようなでたらめな造形の輸送船は、私達の基地であり商売道具にして、家だ。コックピット上部のハッチを開き、宇宙空間に出る。

「うーん、ここから入ってみるニ」

 ザフラは母艦の戦闘の痕跡から中に入る。私も続く。足の裏を吸着させ、中を探索する。

「ザフラ、この先、まだ気密が保たれているかもしれません」

 隔壁が閉じ、通路は封鎖されている。一つ手前の隔壁をハンドルを捻り封鎖する。最後に役に立つのは電気式ではなく機械式だ。

「開けますよ」

 ザフラが頷く。

「んっ」

 ハンドルを思い切り捻る。この重さは気圧の差のせいだろう、つまりこの先はまだ密閉されている。生存者や先客にも気をつけねばならない。侵入者は私達なのだから。

「気をつけるニ」

「もちろんです」

 真空火薬式のフルオートショットガンを構えながら進む。内部の居住区画へ進む。外側の戦闘装備の区画こそボロボロだが、居住区画はほとんど損害を受けていない。

「これは大当たりの匂いがするニ!」

 ザフラは興奮気味だ。既に散乱した物理媒体雑誌などを拾い集めていた。

「なかなか……たくさんの物が残っていますね」

 個室には引き出しに一定量の私物が眠っていた。嗜好保存食、オフライン再生可能な映像やゲームのメディア。ここまでの大物は初めてだ。

「おっと……」

 黒く変色した保存食。この部屋の主が自作したであろう謎の発酵食品。

「あちゃー、これはさすがにもってけないニ」

 ベッドサイドにはアナログ書きのノート。発酵食品についての研究資料とも言えるメモ書き。

「こちらだけ頂きましょう」

 他の部屋も探索する。

 大抵はメディアデータの残された媒体だが、変わったデザインの服などはザフラが選んで背中のバッグに詰める。目利きというものは、よく分からない。

「要は、売れそうかそうじゃないか、だけだニ」

 そういうものの、彼女の勘は一級品だ。

「これは……なんでしょう」

 丸い金属の板を詰めた透明な容器。

「物理資産、いわばアナログ通貨だニ。昔はこれでモノの売買をしてたんだニ。今じゃ記念に作られたり、他には電力の安定しない場所、記録を残したくない犯罪関係の世界で使われるくらいだニ」

 そういいながらザフラは中身を床に広げる。金銀、石を削って刻印したもの、鉱石の円盤まで、中身は様々だ。

「このコレクターはいろんなのをあつめてたんですね。これもどこかの?」

 そのうちの一枚に見覚えのある四桁の数字が刻まれていた。2142、私が火星を旅立った年。

「ああ、それはえーと、太陽系共通銀貨のドルってやつだニ。あのあたりはまだまだアナログ主義者が多いから、2142年製造で現行の、額面一ドル丁度以上の価値はない、ハズレだニ」

 珍品としての価値はないかもしれないが、私には意味のある数字だ。

「頂いても構いませんか?」

 カズヒロ様は電子マネーしか使ったことがない。きっと珍しがるはずだ。

「別にいいニ。でもそんなものもうこの辺じゃどこでも使い物にならないニ?」

 不思議そうにザフラは見つめる。

「私が丁度、旅に出た年の、その星のものだからです。アナログのものは初めて見ました」

 めぼしいものを選び終えたザフラはにやりと笑う。

「ここで見つけたのも何かの縁だニ。大事にして、でもなんでそれが大事かはヒミツにしておくニ」

 私には秘密にする理由が理解できなかった、

「ミステリアスなヒミツは、乙女の魅力を上げる、アクセサリーなのニ!」

 顔を近付けて教えてくれる。私は一ドルを右上腕の調整ツールキットの中に入れた。大切にしよう。

「あーっ、そんなところに入れちゃ駄目だニ! あとでその腰のピースメーカーのグリップにつけてあげるから、せめてこれで包んでバッグに入れとくニ!」

 予備のスカーフを渡される。言うとおりにして、私達は居住区の先へ進んだ。

 

 機関区域。船の心臓部だ。

「ここらは専門外だニ。座標のデータだけ売るくらいしかなさそうだニ」

 ザフラはうって変わって詰らなさそうに言う。

「ちょっと線量が高いですね、核融合炉から何か露出の危険があります」

 機関部にも何か損傷があるのだろうか。その場合、大抵は船ごと全て木っ端微塵に吹き飛ぶ

『止まるニ』

 ザフラが目の前からメッセージを送信してきた。

『どうしました?』

 動きをとめ、視界内を高精度にスキャンする。探索では使わない帯域までセンサーの感度も上げる。

『多分……核燃料を盗んでるやつがいるニ』

 急に穏やかでない事を言う。

『核燃料は……公空間条約で無断での回収は禁止、許可もそうそう下りない重大な条約違反では?』

 しかし生成後の核物質は、どの国家も高値で引き取る貴重品だ、ザフラはそういう黒い取引に手を染めない、自称『回収屋』だ。紛争地帯でも嗜好品、娯楽品の類しか売らない主義だ。私のピースメーカーも、コレクション品と見ている。銃そのものは鈍器にしかならず、元々の弾薬ではサイボーグへの自衛にすらならないと主張していた。

『だから盗むんだニ。廃品回収条約で認められてるうちらの回収とは違うニ』

 しかし機関部付近に人影はない。

 周囲をスキャンするために高周波ソナーを打った。

「動くな、ゆっくりと振り返って、一人ずつ銃を下ろせ」

 完全な消音、ステルス性能、背後に居たことさえ気がつかなかった。

 背の高いがっしりとしたサイボーグ。両脇には武装した人型アンドロイドを従え、それぞれに銃口をこちらに向けている。

「わかったニ、ロキシーも従うニ」

 ショットガンを二人とも地面に置く。

「腰に差してるそれはオモチャか? お譲ちゃん、武器は意味があるものを持つんだな。そんな小指みてぇな金属弾じゃせいぜい視覚センサーでも狙うんだな」

 嘲りを検知。自身に怒りを検知。

「アクセサリーだニ、別に気にすることないニ!」

 ザフラが説得を試みる。

「俺は念入りな主義でね。そのオモチャもゆっくりと出して床に置け!」

 サイボーグが凄む。

「分かったニ。さ、ピースメーカーを抜くニ」

 ザフラの指示で、私は右手でピースメーカーのグリップを握り、処理速度を一気に引き上げて『抜く』。私以外の世界が一気にスローモーションになる。

 腰の横で構え親指で撃鉄を上げたあと、引き金を引いたままにする。一発目の弾丸が宙に浮く。真空火薬の衝撃。まずは右のアンドロイド。反動で中央のサイボーグに照準。既に左手の親指が撃鉄を引き上げ、そのまま落とす。二発目が宙に浮かぶ。さらに左手をそのまま動かし、二度落ちた撃鉄を小指に引っ掛けて起こし、離す。三発目は左のアンドロイドに。

 超高速のトリプルバースト・ショット。

そして三つの弾丸はロケットのように点火し、スローモーションの世界で一気に加速する。

ザフラ謹製、対サイボーグジャイロジェット弾。

それらが悪役三人衆の体内に貫通する。

撃たれた反動で全ての銃身が上を向いた瞬間に、世界の速度は戻る。

三人は後ろに突き飛ばされるかのように倒れこんだ。

「動くんじゃないニ」

 ザフラがショットガンを構える。

 完全に勝負ありだった。ザフラは万が一を想定し、ピースメーカーの弾薬だけを現代仕様に設計し、3Dプリントした逸品。私はこれで幾度となく命を守った。カズヒロ様、あなたの想いはここに届いておりますよ。


「……って話があったんだニ! このウエスタンスーパーメイドアンドロイド、ロキシーちゃんこそ私の最高の相棒なんだニ!」

 またザフラの自慢話だ。随分酔っていて今日この話は四度目だ。

 久々の大物が順調に捌け、大盤振る舞いだ。

 酒場の電光掲示板は金属産業のニュースを表示して、酒のコマーシャルに切り替わった。

「もう昔の話です、そろそろこの辺にして……」

 二十年以上も前の話を繰り返すザフラはすっかり上機嫌だ。

「なに言ってるニ! ここからが面白いところニ!」

 ため息をつく私のホルスターに差さったピースメーカーには2142年製の通貨が光っていた。

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