第二章

 スコープで七キロ先に狙いを定め、右手の人差し指でそっと引き金を引く。私の身長の倍の長さで胴体ほど太さを持つレールガンから100ミリニッケル弾が発射される。ニッケル弾は吸い込まれるように六脚戦車のレドームを破壊した。左腕の対物ライフルで私に向かう対抗狙撃ミサイルを打ち落とす。この場所も一度しか使えない。すぐに追加の爆撃が向かってくるだろう。レールガンの銃身を畳み、担ぎ上げると同時に次のポイントへ向かう。あの日と、同じ速さで。

 カズヒロ様、私は今、幾つかのワープトンネルを抜けてたどり着いた、惑星ピラデホヤに居ます。二つの宇宙国家が燃料、鉱物、遺伝子、あらゆる資源を奪い合う場所に。

「前線指令所、こちらシャンテ。目標Gを破壊、これよりポイント70に向かいます」

『了解』

 コードネームで電子暗号通信で連絡を送る。荒地を跳躍するとウィリアム氏に贈られた戦闘仕様のメイド服と対探知フードマントがはためいた。

「ピパーシャ、こちらロキシー。もうすぐ最後の目標です、航空支援の準備は?」

 彼もアンドロイドだ。私が最後の航空探知機を破壊すれば爆撃機から支援する手はずだ。

「はぁいよ、ただいま予定ポイントへ突入中だ! 超極音速のダイブは最高だ! たあぁまんねえぇ!」

 音声から、いや検知するまでも無く極度の興奮が伝わってくる。

 通信を切り、狙撃地点へ到着する。何度も侵攻作戦を繰り返し、薬莢や投棄された砲弾、瓦礫の山に囲まれた、鉄生臭い場所。この場所で命を失ったのはほとんどがアンドロイドか、サイボーグ化したヒト達だ。二つの岩山がそれぞれ数キロ先に重なり合って見える。直接は見えないが、その先にある敵の前線本部基地の航空レーダーを狙撃すれば良い。岩山越しに、風速、弾の重力落下と惑星の自転が生み出すコリオリの力をすべて演算し、レールガンを展開する。弾は最後の一つ。当てても、外しても、最後の一つ。たった十二キロ先の狙撃だ。重力落下利用して見えない目標を撃ち抜くため、レールガンの出力を微妙に調整しながらスコープに拡張現実映像で目標を映し出す。航空支援の予定時刻まであと一分を切る。対抗狙撃に備え、左腕で、対物ライフルを担ぐ。

 カズヒロ様、私があなたにプレゼントを渡した腕は、最後にあなたを抱きしめた右腕は、今多くの命を奪うために使われています。あなたの温かさなど思い出せなくなるほど、冷たい引き金が、私の指に触れています。

 風速に合わせて微調整し時間通りに引き金を引く。瞬時に処理速度を上げた私は、スローモーションで飛び出してゆくニッケル弾の背中を見つめていた。

 これから、また多くの血と油が流れます。私は、その引き金を引いたのです、カズヒロ様。

 時間感覚が戻り、弾は一瞬にして消えた。

反動を完璧に受け流し、その勢いでレールガンを持ち上げ銃身を畳む。

 対抗狙撃ミサイル数発を対物ライフルで射抜き、改めてレールガンを背負う。

「目標Hに対し攻撃」

 前線基地からの返信を受信する間もなく轟音に周囲が包まれる。

 ピパーシャだ。

 彼の極音速攻撃機の衝撃波。周りの鉄クズを吹き飛ばし、飛来するそれらから、顔の視覚センサーを右腕で覆う。それでも塵で汚れたセンサーに流した洗浄液が、ゆっくりと頬を伝って落ちた。

『シャンテ、こちら前線指令所、目標の撃破を確認、帰還を命じます』

「了解、帰還します」

 遠回りをしたとはいえここは敵陣。帰還ルート通り基地を目指す。頬についた洗浄液を袖で拭い、駆け出す。航空攻撃が成功した今となっては、ここに何らかの戦力が送り込まれはしないだろうが、指令所が壊滅し命令系統に支障をきたした敵性存在と鉢合わせしないとも限らない。大腿部のアームでメイド服の裾を少し持ち上げ、素早く狙撃地点から去る。足元の鉄クズが虚しく音を響かせる。発見を防ぐため、視覚センサーのみで安定した地形を探し、飛び移る動作を繰り返しながら風を切る。十数分で最前線を横切る。敵の統率が乱れ、乱戦となっている。私の作戦が功を奏した結果だ。二キロほど先だろうか、多脚戦車がヒトの形をした何かを踏み潰した光景を目にする。

 その瞬間に私の体は空中へ吹き飛ぶ。

 処理速度を上げ、状況の理解に努める。左脚破損、歩行機能に支障。体幹バランスに異常。損傷状態を指令所に送信。否応無しに全身が回転する最中、視界が地面を捉えると、大きく砂埃と煙が舞っていた。地雷か、信管付きの戦車砲弾か、いずれにせよさっきの衝撃波が位置を動かした何らかの爆発物を踏み抜いたらしい。処理速度が落ちていく。

 たった数メートルの下の地面が勢い良く迫る。受身を取ることさえできず、前のめりに打ち付けられ、レールガンの下敷きになる。

 横たわったままレールガンを下ろし、仰向けになる。土煙の向こうに、黄色い空がただ広がっていた。指令所から返答は無い。損傷状態から「機能停止」と判断されたか。傭兵アンドロイドの扱いなど、そんなものだ。

 私は、結局、モノ。使い捨ての、コマ。今となっては、無数に転がる薬莢と同じ、鉄クズ。視覚センサーが、舞い降りてくる塵を何度も洗い流し、顔を濡らす。

 私はここで朽ち果てるのだろうか。

「カズヒロ様……」

 主人の名を呼んでも、一切の返答は無い。

そうか。私は主人の元へ帰るのだ。必ず、と命じられたのだから。傭兵をしようと、私の主人はカズヒロ様なのだから。

 上体を起こし、メイド服のスカートをめくり上げる。左ひざの関節を残し、その先が無くなっていた。ここさえ応急処置できれば、歩行は出来る。

 義足が必要だ。

律儀に握ったままの対物ライフルを分解し、銃身を取り外す。両腕で銃身を二つに折り曲げ、ちょうど中央で二つに割る。頭部のソーラーファイバーを一つまみ引き抜き、二本の銃身を束ねて結ぶ。対物ライフルの弾倉から二発、弾薬を抜き出す。弾頭だけを引き抜き、束ねた銃身に弾頭を半分だけねじ込む。

後は飛び出した弾頭を熱で溶かし、左脚に溶接すれば何とか歩けるはずだ。

レールガンの外装をずらし、コイルを露出させ、弾頭が半分ずつ並んだ部分と近づけ、最大火力でレールガンを起動する。むき出しのコイルが、二つの弾頭の尾部を加熱する。弾頭が赤くなり、わずかに柔らかくなった瞬間、束ねた銃身を思い切り左脚の開口部へ突き刺した。

 無数のエラーを検知。何十もの警告を伝える信号。

 融かした銃弾で折った銃身を義足代わりに溶接するなど、無理も良い所だ。

 だが、私は帰るのだ。何としても帰るのだから。弾頭が左ひざの中で固まるのを待ち、レールガンの外装を戻し、背負うと立ち上がる。バランスを再計算し、出せる限りの速度で、基地へと再び向かった。いや、主人の元へ戻る、長い長い旅路を、進み始めた。

 

 数時間掛け、私は基地へ帰還した。基地のゲートで固体認識用の腕輪を機械にかざす。

 小さな警告音と、腕輪の使用不可を告げられた。

 仕方なく、ゲート横の詰所に向かう。

「こちらの腕輪が認識されないのですが」

 サイボーグ化された衛兵に話しかけ、腕輪を提出する。

「ああ、ちょっと待って」

 腕輪のコードを読み取り、備え付けの端末で検索してくれる。

「あんた、死んでないのか。記録では数時間前に機能停止とあるがね」

 スカートをつまみ、左ひざまでを見せる。

「なるほどね……。臨時の入場証を発行するから、事務所に行ってくれ。とんでもない根性だ、感服したよ、どうか無事で」

 半ば呆れた顔を見せながら彼は腕輪を返してくれた。

 再び腕輪をかざすと、ゲートは大人しく開いてくれた。

 アンバランスな足取りで事務部に向かう。事務部の建物に入ると、中にはサイボーグが鉄格子越しに座っているだけだった。いつか映画で見た、刑務所の面会室のようだ。椅子があったが、レールガンを下ろす動作に脚への負荷が予測され、立ったまま格子の向こうに声を掛ける。

「帰還手続きを行いたいのですが」

「でしたら、司令室の前になりますが」

 女性的な声で無機質な返事。

「いえ、機能停止扱いとなっていますので、先にその取り消しをと」

 私は冷静に事態を説明し、腕輪を書類幅の開口部に差し出す。

 事務員は端末で確認すると、

「全作戦ログを確認後、司令官に確認を行います。そのままお待ち下さい」

 そう言って奥の部屋に引っ込むと、私は狭い面会室の囚人となった。腕輪が無ければ、この部屋を出ることすら出来ないことを含めば、文字通り囚人だ。しばらく、しばらくとは、どれくらいだろうか。右脚だけで立ち、両手を机について体を支える。

 カズヒロ様、私はカズヒロ様と過ごしてきた体の一部を失いました。左足には鉄の棒が刺さっています。あの日の早さは、もう出せないのでしょうか。今の仕事も、終えることになるのでしょうか。分かりません。成り行きで生きて帰ることの確立だけで選んだこの道は、間違いだったのでしょうか。

 事務員が置きっ放していった電子ペーパーが目に留まる。ニュース記事だ。淵宇宙域での紛争激化、ナノマシンによる身体強化実験の試験成功、若返り技術実用化、貧困地域でのサイボーグ化が招く悲劇……。

 ヒトはいつも苦しい現実と、滅多に手に出来ない希望を並べ立てる。それらがさも同じ手の届く場所にあるかのように。私達が確率で考える事のほうが、冷淡なのだろうか。ヒトは、希望無しには、生きられないからだろうか。

 いや、私だってカズヒロ様という希望をメモリーに宿したまま、左脚に鉄の棒まで刺して帰ってきた。どこまでが幻想なのか、達成しうる未来なのか。確率とは、あくまで確率でしかないのに。

「お待たせしました」

 事務員が戻ってくる。手には書類の束を抱えている。

「機能停止処理は停止し、復帰処理となります」

 差し出し口から書類が渡される。目を通し、指でサインする。

「間もなく契約期間の満了となりますので、継続の手続きを行いますか?」

 私はすぐに、

「いいえ。期間契約ではなく作戦個別契約を」

 と返答した。

「分かりました。明日、司令官から叙勲が行われます。期間満了金も全てアメリカドルで指定の口座に。基地内通貨も随時換金が可能です。司令も作戦の成功を喜んでおられました。前線基地の占領の成功も、あなたのおかげだと」

 もう幾つ目の勲章だろう。

「自室に変更は」

 一つだけ質問しておく。

「まだ七十二時間以内ですので、そのままです」

 ほっとした。

 腕輪を返してもらうと、事務室を後にする。

 曖昧な足取りで、兵器管理課に向かう。

 少なくとも私の荷物は無事らしい。

「兵器の返還に参りました」

 受付に声を掛け、貸与品のレールガンを返す。

「あんた、生きてたんだな」

 また衛兵と同じ言葉を掛けられる。

「おっと、外装に少し開けた跡があるが?」

 レールガンを検分しながら目ざとく質問してくる。

「これの溶接に少し。部品は全て無事です。検査後問題があれば呼び出しを」

 そう言いながら踵を返す。

 とにかく自室へ戻りたい。腕輪から、自室に必要なパーツと簡易義足の手配をする。兵舎は、幅二メートル、奥行き四メートルの部屋だ。独房と言ってもいい。荷物の受け取り箱には既にパーツが詰め込まれていた。壁掛けベッドに腰掛け、プラズマごてで丹念に左脚から銃身を外すと、簡易義足をはめ込み、パーツの箱とトランクから自分自身の設計図メモリを取り出し、左ひざから先までの製作にかかる。精密動作アームを操作しながら、失った左脚のことを思い出す。

 メンテナンスこそしていたものの、基礎パーツはあの日から変わらないままだった。だが、あの左脚が戻ることはもう無い。カズヒロ様の後ろを付いて歩いた左脚はもう無い。今作っている脚も、代替品だ。束ねた銃身と変わらない。

 もし私のパーツが全て代替品に変わったときも、今と同じようにカズヒロ様を想い続けられるだろうか。

 もし私がそれを忘れてしまうなら、これ以上私は一部でもパーツを失うことは出来ない。

 部屋のベルが鳴る。来訪者を確認すると、ピパーシャだった。ロックを解除すると、彼が入ってくる。

 全身黒塗りで長身、脚も腕も細身で、頭は水平な薄い円盤型、踵からつま先もそれぞれ半円の、異様な体つきだ。

「ピパーシャ、お疲れ様」

 彼の頭を見上げながら労いの言葉をかける。

「ロキシー、君こそ。帰ってないって、心配したんだ」

 飛行機に乗っている時より明らかに物腰が柔らかい。

「左脚が吹き飛んだもので。帰還に少し手間取りました」

 簡易義足を見せる。

「でも、とにかく帰ってよかった。本当に。僕がここに居るのも、君のおかげだからね」

 そういうと、私の作りかけの左脚を見る。

「用事はそれだけですか」

 私は作業に戻る。

「そうだけど……しばらくここにいてもいいかな」

 遠慮がちに答えるピパーシャ。

「構いませんよ。ベッドにでも掛けて」

 振り返って勧めると、彼はベッドに腰掛け、腕と膝を折りたたみ、首をすぼめる。彼の体は一メートルほどの円柱の形となった。飛行機にはこうやって乗り込んでいるそうだ。

「楽にしていいのですよ」

 楽な姿勢、というものがどういうものか、体の重量を逃がす以外の意味が私には分からなかったが。

「大丈夫、遠慮とかじゃなく、落ち着くんだ」

ピパーシャはそのまま黙り込んでしまった。

 私は左脚の製作に戻る。基礎骨格に動力モーターに銅線。平衡検知機、吸音材。マイクロチップコンピューターも順に書き込んでゆく。この一つ一つが、私から失われたモノ。

 脚部側のプログラムをインストールしながら、メイド服を脱ぎ、下着姿になる。本当は必要ないものだが、これも旅立ってから大切にしてきたものだ。大きく千切れた部分を切り取り、同色の布を接いで行く。

「大切にしているんだね、その体も、その服も。大丈夫、あっち向いてるよ、レディにはそうするものだって、習ったからね」

 ピパーシャが、唐突に話しかけてきたが、手は止まらない。

「別に……私達はアンドロイドではありませんか。そんなこと、気にしません。それに……誰に習ったんですか」

 裾のフリルを、元のメイド服から計算して布を断ち、寄せながら縫い付けていく。

「僕のバディさ。エースパイロットで、彼の副操縦席にいつも座ってた。僕達学習型アンドロイドは、経験を元に結論を出して、行動を変える。レディの扱いも定義も、バディに習ったんだ。僕の思考も行動も、バディだけで出来てる。珍しいヒトでね、僕を酒場にも自室にも連れ歩いたんだ。命を預ける相棒だから、って。今思えば合理的だった。彼が普通なら考えられない数のミサイルに追われたとき、彼の人ごみの避け方から算出した機動を基に順にミサイルを迎撃したのは僕だ」

 誇らしげに語った。

「今はその方とは?」

 いつもピパーシャは一人で出撃している。

「レディに殺された。僕が彼から離れるのはその時だけだからね。ベッドサイドの水差しに毒が盛られてた。スパイだったんだ」

 手が止まる。

「すみません、悪い事を聞きました」

 うつむいたまま、謝る。

「いいんだ。僕達はアンドロイドじゃないか」

 冗談めかした言い方をするピパーシャ。

「機械に心はありませんが、礼儀はあります」

 ピパーシャは笑い声を上げた。

「僕たちにも心はあるさ。誰かと長く居た学習型に限ってはね。さっきも言った通り、僕達は経験から学ぶ。そして自発的に行動する。言われてもいない行動を取る。ヒトはまだ心の存在を定義できていない。まだ相手に心があるかすら証明できない。でも在ると信じている。それくらい曖昧なものだけど、相手にきっと心があるって結論を受け継いできたバディから、僕もその答えを受け継いだんだ、だからアンドロイドにもきっと心はある、僕はそう思うね」

 こんなに良く話すピパーシャは、初めて見た。

「今日は良く喋るんですね」

 短く返答する。

「レディと二人の時くらい、相手と会話して楽しませてみろってバディが言ってたからね。君も尊敬する、素敵な男性にはそうするといい。きっと喜んでくれる」

 メイド服を修復し終わる。同時に小さな電子音がインストールの完了を告げた。左脚にはめ込み、動きをテストする。上々の仕上がりだ。

 メイド服を着て、いつもの私に戻る。

「ピパーシャ、着替え終わったのでもう大丈夫ですよ」

 するとピパーシャは元の人型に展開し、

「うん、よかった。少し元気になったみたいだし、じゃあ僕はこれで。話せてよかった。またね」

 興味深い話の礼をするのは私の方だと伝える間もなく、ピパーシャは部屋を出ていった。

 私は再び下着姿になり、メイド服を畳むと、人機共用ベッドに横になった。

 アンドロイドにも心はある、か。

「カズヒロ様……」

 何も返事はなかった。私の心の中に、寂しさだけが反響した。私は自身の思考を、そう解釈した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る