第二十四話 色鮮やかな木々。高く澄んだ歌声。金色の王様みたいな銀杏の木。そして。

「すごーいっ! きれいっ! アニメみたいっ!」

「そう」


 キャッキャ、キャッキャと、色鮮やかな木々や、落ち葉の世界ではしゃぐ姫乃。


 朝のあやかし山は、木漏れ日のおかげで光があふれ、目の前の世界を美しく見せてくれる。

 綺麗だけど、あたしの心は落ち着かない。こういうのは、離れた場所から眺めるのが好みだ。


 姫乃は嬉しそうにスマホを出し、たくさん写真を写していた。満足した彼女と共に、あたしはあやかし山を出た。


「きれいだったねー。そういえば、ソウタって、冬は冬眠するの?」


「しないよ」


「そっかぁ。この子はどうなんだろ? あとで調べてみようかな」


「普通のハリネズミじゃないけどね」


「うん、でもなんか気になって……ソウタが元気がないのはわかりやすかったけど、この子はしゃべらないし、威嚇いかくの時以外はおとなしいし……」


「まあ、個性だから」


「うん……」


 立ち止まり、うつむく姫乃。

 そんな彼女を見て、あたしも足を止める。


「ソウタ、なんで一人で山に住んでるんだろ。どんなとこで寝てるのか、かざっちも知らないんでしょ?」


「うん、それは知らないよ。教えたくないんだなっていうのはわかるから……」


「一人で、さびしくないのかな?」


「さびしいかもね」


 呟き、冷たい風を感じながら、あたしはゆっくりと空をあおぐ。


 高く澄んだ空。薄い雲。

 秋の空だ。


 心が、静かになった。


 ――その時。


 風が吹いた。

 声が聴こえた。歌声が。


 大きな声じゃない。遠いのかもしれない。だけど、風によって耳に届いた。


 高く澄んだ歌声は、秋の空のように清らかで、心のよどみを洗い流す。

 ああ、いいな。好きだな。ひさしぶりだ。この歌声。


「……きれい。誰が歌ってるんだろう?」


 声が聞こえて、そっちを見れば、姫乃がふらふらと歩く姿が見えた。歌声がする方に向かっている。


「何してるの? 姫乃、帰って勉強するんだよね?」


「あの声、気になるからあとで」


 ワガママか。うん、この子、ワガママだった。

 ため息を吐くと、あたしも歌声がする方向に向かって、歩き出した。


 どんどんと歌声が大きくなる。近い。


 人間よりも耳がよさそうなソウタがこないということは、熟睡しているのか、風向きの影響なのかわからないけど、もし、この歌声を耳にしていたら、走ってここにくるはずだと、そう思った。


 あたしの家がある方とは違う、いつもは通らない道の先に、大きな銀杏いちょうの木があった。


 そのことは昔から知っていたし、幼い頃はよく、おばあちゃんと見にきていた。


 だけど。

 ひさしぶりにその木を見て、胸の辺りが、ジーンとした。


 金色の王様みたいと、幼い頃に思ったその木が、今も変わらず、輝いている。


「きれい……」


 立ち止まり、ポツリと呟く姫乃。彼女は木に対して言ったのか、それとも。


 姫乃の視線の先には、華やかな牡丹ぼたん柄の着物をまとった女性がいる。

 金色の長い髪は、さらさらと風にゆれる。


 目を閉じて気持ちよさそうに歌っている彼女の頭には、あんず色の狐耳があった。もっふりとした尻尾もある。


「すごい……二十歳ぐらいかな? なんかソウタに似てる?」


 姫乃のひとりごとがうるさい。

 その声が届いたのか、歌っていた女性が口を閉じ、目を開けた。


 ペリドットのような双眸そうぼうが、こっちを見る。


 彼女はパァッと、嬉しそうな顔をしたあと、「風音かざね」と叫んで、駆けてきた。その勢いのままに、ぎゅうっと、力いっぱい抱きしめられる。


「ちょっ、レンっ、痛いっ、痛いからっ」

「あっ、ゴメン、ゴメン。相変わらずいい匂いね。食欲はわかないけど」


 そう言いながら、レンが身体を離してくれたので、あたしはポツンと呟いた。


「わかなくていい」

「んもうっ。相変わらずなんだからっ」


 プリプリと怒るレンに、「あのぉ、かざっちの知り合いですか?」と話しかける姫乃。


 姫乃の肩に乗っているハリネズミのトゲッシュハリーが威嚇しないのは、レンがソウタに似ているからだろうか。

 あたしにはわからないけど、匂いが同じとか。


「ん? あたいはレン。風音とは、うん、長い付き合いなんだ。あんたは?」

「えっと、初めまして。姫乃といいます。かざっちとは高校が一緒で、とっても仲のいい友だちです」


 ニッコリ笑う姫乃を見て、「人間の友だちっ!?」と驚くレン。それから姫乃の手を握り、ブンブンと上下にふった。


「よろしくねぇ! あたいはレン。ソメタロウの姉さ」

「ソメタロウ?」


 不思議そうな顔をして、首を傾げる姫乃。


「――あっ」

 しまったという表情のレン。


「まあいいか。うん」


 一人で納得をして、ソウタのことを知っているかと問うレンは、頷く姫乃に、ソウタの姉だと説明した。


「えっ? あっ、そうか……ほんとうの名前がソメタロウで、ソウタはそれを言われたくないんだ。うん、わかった。誰にも言わない」


 ソウタの気持ちを理解したらしい姫乃は、ひとりごとのあと、大きく頷いた。


「賢い子だこと」

 そんな姫乃を眺めて、ポツリと言う、レン。


「レン、去年は帰ってこなかったけど、何処まで行ってたの?」


 話を変えた方がいいだろうと思い、あたしは訊ねた。


「ああ、ちょっとエジプトまで行ってたのさ」

 何でもないように言うレンに、「エジプトぉ?」と、目を丸くする姫乃。


「うん、急にピラミッドとスフィンクスが見たくなって」

 エヘヘと笑うレン。


 彼女はいつもそうだ。とても自由。


 ソウタが大人になるまでは、責任感があったようで、長くあやかし山を離れることはなかったようだけど、今は違う。


 元々好奇心旺盛で、歌うことと、旅が好きなレンは、ソウタが大人になると、長い旅に出るようになったという。


 あやかし山の紅葉が好きなので、紅葉を見ると故郷を思い出し、帰ってくる年もあるが、去年は帰らなかった。


 姫乃が聞きたがるので、レンはペラペラと、旅での出来事を話して聞かせた。

 それをしばらく眺めてから、あたしは空を見上げる。


 さっきの雲とは、違う雲。

 ひんやりとした風が吹く。


 やがて、旅の話を終えたレンは、ソウタに会いたいと言って、あやかし山に向かった。


 今、ソウタは寝てると思うけど、物心ついた頃からそばにいて、二人で暮らしていた姉が帰れば、彼は喜ぶだろう。


 レンが、いつまでいるのかはわからないけど。

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