冬は、静かに雪が降る
第二十五話 庭で遊ぶ雪ん子たち。和室に引きこもるツバキとユズ。
期末テストが終わり、十二月になった。
どんどん寒くなっている。あとは、冬休みを待つだけだ。
とても寒い真夜中、あたしはふっと、目を覚ます。
力の強いあやかしの気配だから、
物心ついた頃には、彼がくるようになっていた。
夜にくることが多いけど、毎晩ではないし、台風がきたあとや、雪が多い時は、夜以外にきたりもする。
十二月になってもレンがいるので、ソウタは毎日楽しそうだ。本当の子どもみたいに、姉について回ってる。
そんなに好きなら、一緒に旅をすればいい。そう思って、昔言ったことがある。
だけどソウタは、それは嫌だと言ったんだ。
あたしが生まれるよりも前に、一度、レンと一緒に、京都に行ったことがあるらしいんだけど、姉が、男のあやかしたちにモテモテなのを見て、旅の間、ずっとイライラしていたらしい。
地元なら、みんなソウタを知ってるし、ソウタが姉を大切にしているのも知っている。
だから、彼の前では気をつけているのだろうと思うのだけど、別の場所では、誰も、ソウタがシスコンだとは知らない。
大好きな姉が帰ってきてから、シスコンソウタはとっても楽しそうなんだけど、うちのツバキとユズは暗い。
ドヨーンとしているので、時々家にくるいちかさんと
姫乃には、あの子たちが生まれた時のことを簡単に話したことがある。彼女が双子と言って、ツバキを怒らせた時に。
だから、学校から帰る途中で、ツバキとユズは冬に生まれたんだよと教えておいた。
あたしが前に、姫乃に教えたあの子たちの過去と、今回の話をいちかさんにも教えていいかと訊かれたので、いいよと答えておいた。
いちかさんがあの子たちを双子と言ったという話は聞いてないから、いつ言うかわからないし、冬にもし、その言葉を言ったりしたら、あの子たちがものすごく荒れるだろう。
特にツバキが。
ツバキは姉だからか、妹を守ろうとする気持ちが強いのだ。
あと、もしかすると、雪が降り出したぐらいから、いちかさんがダメになるかもしれないというのも、伝えてもらうことにした。
姫乃にその理由を聞かれたから、実の母親を思い出すかもしれないからと言っておいた。
終業式、そして、クリスマスが過ぎた。
クリスマスパーティーは、一応した。家族で。
ツバキたちはサンタさんがくる日だと思っているし、ケーキだって食べるから。
クリスマスの朝は、プレゼントのおもちゃを持って、嬉しそうにしてたし。
でも、その笑顔は続かなかった。
やがて雪が降り始め、庭に、雪ん子たちが現れるようになると、ツバキとユズは、庭に出なくなった。
雪ん子たちは無邪気にはしゃぎ、雪だるまを作ったりしてるので、姫乃も一緒になって遊んでるんだけど。
そんな彼女たちを見ることもなく、ツバキとユズは、おばちゃんの家にある和室に引きこもっている。おもちゃや絵本がたくさんある部屋に。
その部屋の障子をきっちりと閉めているし、もし開けたとしても、窓がすりガラスだから外は見えない。反対側はふすまだ。
こうなると、冬の間、他の部屋には行かなくなる。
部屋から出てこないうえに、いちかさんがその部屋に顔を出すと、泣きそうになるツバキとユズ。
悲しそうな顔のいちかさんは、ツバキとユズがいる和室には行かなくなった。
姫乃は大丈夫だった。
あたしのお母さんはお父さんから、ツバキとユズの過去を聞いていたので、雪の時期は特に、二人を避けている。
二人の心を守るために、そうした方がいいと判断をしたようだ。
おばあさんなら大丈夫なんだけど、お母さんや、いちかさんぐらいの年齢の、人間の大人の女性がダメになるらしい。
自分たちの母親を思い出して、泣きそうな顔になったり、いきなり号泣するのだ。
そう、耳にしてはいたけど、実は見たことがなかった。
だって、あたしのお母さんは、あたしが物心ついた頃には、引きこもりな二人を避けていたのだから。
今回、いちかさんを見て泣きそうになるツバキとユズを見たことで、とてもよくわかった。
ツバキとユズは、いきなり家に、大人の姿できたお嫁さんとかがダメというだけで、幼い頃から知っている相手なら、大人になっても問題ないようだ。
あたしとか、お姉ちゃんなら、大丈夫かもしれない。
あたしはまだ大人じゃないから、本当に大丈夫かはわからないけど。
お姉ちゃんは成人してるけど、島に行ったまま帰ってこないし。
これは、あたしがお母さんから聞いた話だ。
あの子たちに向かって双子と言ってはいけないのは、幼い頃から、二人が近くにいない時にこっそりと、周りの大人に言われていた。
だけど、くわしい事情なんか知らなかったし、子どもだったから、つい、ポロッと言ってしまったことはあったけど、ものすごく大変だった。
お母さんは、ツバキたちにバレないように、離島の
ツバキとユズは、生まれた日に、一緒に亡くなったのだそうだ。双子だった。
母親のお腹から二人目が出てきた時、産婆さんが『ヒッ』と、短い悲鳴を上げたという。
ツバキとユズは、母親のお腹の中に命とした現れた時から、その肉体から離れて、母親を眺めていたので、産婆さんのことは知っていたのだそうだ。
実は、この産婆さんが、双子だったら、女ならすぐに殺さないととか、母親の前で話していたのも知っていたらしい。
そして、母親は無言だった。無言で、とても苦しそうな顔をしていたのに、誰も、そのことに気づいて、優しい言葉をかけなかったらしい。
かける言葉は、健康な男を産め、ということだけだった。双子の上に、男が一人、女が二人いるらしく、もう女はいらないようだった。
母親の様子や、お腹が、今までの子とは違うので、産婆は、双子ではないかと懸念しているようだった。
ツバキとユズは女だった。そのことは、何故か理解していたのだそうだ。
自分たちは、双子という存在。どちらか一人でも男がいれば、きっとみんなが喜んでくれる。それなのに、自分たちは女。
二人は深く傷ついた。悲しいとか、そんなものではなく、心が壊れた。もう、すべてを壊してしまいたいくらいに。
そして、母親が一生懸命に、二人をこの世に産んだ時には、二人の赤子はとても弱っていた。小さな小さな産声のあと、二人は死んだ。
そのあと。
意識だけ、魂だけの存在となった双子は、その場を離れることができなかったらしい。
自分たちの母親が、女の双子を産んだことで、他の大人たちにひどく、責められていたからだ。
とてもとてもかわいそうで、とてもとても悲しくて、双子はわんわん泣いたという。
他の大人たちに責められても、何も言い返さない母親が、とてもかわいそうで、とてもつらくなった二人は、強く願ったという。
母親と話したいと。
すると、二人の姿がぐにゃりと変わったのだそうだ。
赤子から、真っ白な着物姿の幼女になった二人。
二人の目の前には、驚いた表情の母親だけ。
母親が、自分たちの存在に気づいてくれたと、二人は喜んだ。だけど、彼女たちの母親は、すごい形相で、ガタガタと震え出したのだそうだ。
二人は近づいた。母親のことが心配だったから、二人で、『だいじょうぶ?』と、声をかけたという。
だが、しばらくすごい顔で、歯をガチガチ鳴らしながら震えたあと、『ヒッ、ヒッ、ヒッ』と、不思議な声を出し、母親が倒れてしまったらしい。
意識を失った母親を二人がびっくりしながら見ていると、その家で働いている人がきて、大騒ぎになったのだそうだ。
二人のことは、母親にしか見えなかったのだけど、目を覚ました母親が周りに話したことで、家の者がすぐに、近くの寺に走ったらしい。
二人は、嫌な予感がしたのだそうだ。
逃げなきゃと、思ったと。
だけど、少しでいいから、母親と話したかった二人は、もう一度、母親に近づいたという。
ガタガタと震えながら、涙を流す母親。
『かかさま』
と、二人は呼んだ。
だって、母親のことを、その家の子どもたちがそう呼んでいたからだ。
その時の母親が幸せそうだったから、二人は、そのことを思い出して、最後に呼んでみたのだそうだ。
だけど、母親は目をカッと見開いたまま、『ワオオオオッ!』と、意味のわからない声を上げたあと、号泣した。『バケモノォォォォ!』と叫び、暴れる彼女を見た人たちが騒ぎ、二人はどうしたらいいのかわからなくて、動けなかった。
そうしていたら、近くの寺の僧がきてくださったみたいな声と共に、大きな足音がドカドカと聞こえたという。
二人はパッと顔を見合わせ、走り出した。泣きながら家を飛び出した。
満月の夜。
真っ白な雪の上を走る二人。
泣きながら走っていたら、夜が明けて、日が暮れて、また夜になり、何日も、何日も、走ったという。
そして、ある日、泣きやんだ二人は、とぼとぼと雪の上を歩いていたのだそうだ。
ここが何処か、わからない。何処に行けばいいのか、わからない。
そんな時、二人は、一人の女の子に出会う。
その子が、あたしの家のご先祖様だ。
そしてその子が、二人に名前をつけたと伝わっている。
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