秋は、木の葉が鮮やかに色を変える

第二十三話 ハロウィンと文化祭は、猫耳メイドとメガネ執事で。

 ふっと、あたしは目を覚ます。


 真っ暗な部屋。力の強いあやかしの気配。惺嵐せいらん様だろう。


 今夜は、中秋の名月――十五夜だったんだけど、秋と思えないぐらいに暑かった。今も暑い。


 今日は、学校から帰ったあと、おばあちゃんと一緒におだんごを作った。

 それから、毎年くるマツリ様と、シロウサと一緒に食べた。あっ、ツバキとユズも美味しそうにおだんごを食べていた。


 満月ではなかったけど、晴れていたおかげで、とても綺麗な月だった。


 今の月はどうだろう?

 惺嵐様も、見てるだろうか。


 ――月を。


 眠いな。寝よう。明日も学校だ。


♢♢


 中間テストが終わって、ハロウィンになった。


 いつもはハロウィンなんかしないんだけど、いちかさんがやると言い出して、姫乃ひめのとツバキとユズまで、やる気になってしまった。


 いちかさんが、ミケが働いている雑貨屋さんに作品を置いてるから、そのご縁で、ミケも誘ったらしいけど、キッパリと断られたようだ。


 そのことがショックだったいちかさんは、ソウタには言わないようにと、周りに口止めをしていた。


 当日――って今日だけど、直接あやかし山に誘いに行くと、この前、楽しそうに話してた。


 今日は、おばあちゃんの家に、いちかさんと姫乃が泊まる予定だ。明日も学校なんだけど、二人共気にしないらしい。


 文化祭の準備をして遅くなったあたしと姫乃は、プリシェイラさんと話したあと、無人駅を出た。そして、一緒におばあちゃんの家に向かった。


 昼は暑かったんだけど、今は涼しく、ちょうどいい感じだ。

 あたしの家の方は街灯が少ないので、今日は、懐中電灯を持ってきた。姫乃も持ってる。


 お母さんが、車で迎えに行こうかって言ってくれたんだけど、断った。

 朝ならいい。朝なら、暗い時間でも、夜に騒いだあやかしたちが、疲れてるから。

 車で送ってもらっても、危なかったことはない。


 だけど、あやかしは夜、元気だ。

 自分のことが見える人がいると、寄ってくることもある。車の運転中に、それをされると、人間は驚くし、危ないのだ。


 危ないと理解しているあやかしは、そんなことはしないけど、人間と同じで、あやかしにも、いろいろなタイプがいる。


 だから断った。何か起こってからじゃあ、遅いのだ。


 朝から興奮していた姫乃は、今はおとなしくしてる。無人駅を出てから、たまに足を止め、キョロキョロしているけれど、あやかしがいても、騒いだりはしない。


 慣れたのだろう。学校でずっとはしゃいでたから、疲れているのもあるかもしれないけど。

 彼女の肩に乗っているハリネズミのトゲッシュハリーも、静かだ。


 時々あやかしが、ふわふわと飛んでいたりするんだけど、近づいてこなければ、トゲッシュハリーが威嚇いかくすることもない。平和だ。


 まあ、トゲッシュハリーが怖いから、誰も近づいてこないんだろうけど。


 聞こえるのは、あたしたちの足音だけ。

 懐中電灯で照らされた世界を、じっと見ながら、足を進める。


 時々ふわりと、金木犀きんもくせいの香りがした。


「ソウタ、くるかなぁ?」


 姫乃の問いに、あたしはちょっと悩んでから、口を開いた。


「いちかさんが迎えに行ってると思うし、くるんじゃないかな?」


「でも、ソウタ……秋になってから、元気ないから心配……」


「……うん、元気はないね。元気はなくても、あの子、真面目なとこがあるから、いちかさんに呼ばれたら、無視せず、出てきそうだけど……」


「……ソウタ、優しいもん。でも、秋になってから、様子がおかしい気がするから、心配で……いろいろ聞くのに、悩んでることを教えてくれないし……かざっちも教えてくれないし」


「ソウタが話したくないんだから、勝手に話すなんてできないよ」


「……悲しい」


「そう」


「SNSでつながってる友だちもね、秋になると、落ち込む人が増えるんだ……冬もだけど」


「そう」


「会ったことがない人だと、メッセージで交流するしかできないんだけど、ソウタとはね、直接話せるから、いろいろ聞いて、元気にしてあげたかったのに……」


「無理だよ」


「えー? ひどい……」


 ソウタとは長い付き合いだ。それなりに知っている。だけど、ソウタが言いたくないことを、あたしが姫乃に話していいとは思わない。

 レンに会えば、知ることになるかもしれないけれど。


 うちの敷地に一歩入ると、すごい勢いで、ツバキとユズが駆けてきた。

 今日はいつもの着物姿じゃない。うさぎの着ぐるみパジャマと、猫の着ぐるみパジャマだ。


「おかえりー! おかしちょうだいっ!」

「おかえりー! おかしちょうだいっ!」


 小さな手を差し出す二人に、姫乃が「ただいまー」と微笑んで、制服のポケットから出したチョコレートを握らせた。


「わーい! おかしー!」

「わーい! おかしー!」


 大喜びでおばあちゃんの家に向かって走る二人。

 なんか間違ってる気がするけど、まあいいか。


 二人が見えなくなってから、「どっちがどっちなのか、わからなかった」と、姫乃が呟いた。


「いちかさんに聞かなかったの?」

「秘密って言われた」

「そう。ユズなら猫を選ぶと思うよ」

「あっ、そっか」


 おばあちゃんの家の玄関の戸をガラガラ開けると、魔女の姿になったいちかさんが待っていた。

 メイド服と、猫耳カチューシャと、執事服と、伊達メガネを持って。


 これらは、姫乃とあたしが十一月初めにある高校の文化祭で着る衣装なんだけど、タピオカ屋、服装自由と決まったあと、すごい速さでいちかさんが用意してしまったのだ。


 あたしは頼んでない。しかも、あたしは伊達メガネをするらしい。


 姫乃がクラスの子たちに見せてしまって、何故か女子にも男子にも『タピオカ王子っ!』と喜ばれて、絶対に、当日持ってくるようにと言われてしまった。


 もちろん、今度タピオカ王子呼びをしたら、二度と口を利かないと言ってにらんでおいたので、今のところみんな、そう呼んだりはしていない。

 王子じゃなくて、執事だし。


 だからといって、タピオカ執事と呼ばれても怒るけれど。

 まあ、学校のことはどうでもいい。今はハロウィンだ。


 あたしと姫乃はワクワクした表情のいちかさんから、それぞれ、衣装なんかを受け取ると、一番近い和室に入って、着替えをした。


 メイド服と、猫耳カチューシャ姿になった姫乃がスマホであたしを撮ったけど、文化祭でも着るんだから、今、そんなことをしなくてもいいと思う。


 執事服はメイドよりもマシだけど、伊達メガネは慣れてないので、変な感じだ。

 着替えたら仏間にきてと、いちかさんに言われていたので、あたしと姫乃は仏間に向かった。


 仏間では、いちかさんとおばあちゃん、それから、ツバキとユズとソウタが待っていた。


 ツバキとユズとおばあちゃんも嬉しそうだったけど、いちかさんがものすごく大興奮で、「イケメンよイケメンよイケメンだわぁ!!」って騒いだり、写真を撮ったりしててうざかった。


 いちかさんには、初めてあたしの写真を写した時に、ネットに載せないでくださいと伝えてある。それは姫乃も知ってるので、大丈夫だろうって思ってる。


 クラスの子たちにも言った。今のところ、あたしの写真を写してないとは思うけど、文化祭の日に、執事姿のあたしを撮りたいって何人かに言われたからだ。


 ネットにあたしの写真が載って、それが拡散されれば困ることになる。


 文化祭当日に、クラスメイト以外の人があたしの写真を勝手に撮ったら、ちゃんとみんながネットに載せるなと言ってくれることになったので、まあ、大丈夫だろうって思ってる。


 ツバキとユズは、「ドエスまおうだ!」「ドエスまおうだ!」って言っていたけど、あの子たちは勘違いをしている。

 これは黒いけど、魔王の服ではなくて、執事が着る服だ。


 そう思っていたら、姫乃が執事の説明をしていた。

 それでも、ツバキとユズは執事姿のあたしを見て、「ドエスまおう」「ドエスまおう」と呼んでいたけど。


 もういい。幼女なんて、そんなものだ。


 仏間には、吸血鬼の恰好をしたソウタもいたんだけど、カーテンが閉まった縁側の方をよく見てた。気になるのだろう。外が。

 あやかし山が。


 だけどまだ、レンが帰る時期じゃない。毎年帰るわけじゃないけど。


♢♢


 文化祭が終わり、どんどんと寒くなった。木の葉が鮮やかに色を変えて、電車からの眺めが、とても美しかった。


 もちろん、あやかし山も美しい。


 文化祭の次は、期末テストだ。十一月末が近づいた土曜日、姫乃が泊まりにくることになった。


「おはようございまーす!」


 おばあちゃんの家の玄関の戸をガラガラ開けて、姫乃が到着した。

 電車が着く時間を教えてもらっていたし、そろそろかなと思っていたので、あたしはすぐに玄関に行く。


「あっ! かざっちだっ! おはよう!」


 花が咲いたように笑う姫乃。


「うん、おはよう」

「よいしょ」


 と、姫乃はピンク色のトランクキャリーを持って中に入る。だが、玄関の戸はそのままだ。


「あれ? ツバキたちは?」


 不思議そうな顔で首を傾げる姫乃。


「ミケがきてるから、一緒にかるたしてる」

「あっ、そうなんだ。ねえ、今から紅葉狩もみじがりしない?」

「今日、テスト勉強する約束だったよね? だからツバキたちには邪魔しないようにって言ったんだけど、遊ぶ気?」


 紅葉狩りなんて、紅葉を見て楽しむだけだ。電車でも見ただろうし、ここにくるまで歩いたんだから、あやかし山だって見えたはずだ。


「隠れ里には行かないよ。スマホ持ってくし。なんかね、無人駅を出て、山を見た時、もっと近くで見たいなって思ったんだ」


 なんて言う姫乃は、濃いピンク色の服に、長袖の白い上着を羽織っている。ズボンは深緑だ。

 スニーカーはピンク色。

 髪型は今日も、ポニーテール。


 彼女の肩には、ハリネズミのトゲッシュハリーが乗っている。


 姫乃はお盆に、ハリネズミのトゲッシュハリーが虫を食べているのを見たらしくて、これなら、濃い色の服で山に行っても大丈夫って思ったらしい。


 自分が虫に刺されないのは昔から知ってたけど、それでも山には怖いハチがいるとか聞いていたので、不安だったようだ。


「ねえ、かざっち、ダメ? ダメなの? 行きたい行きたい行きたい行きた――」


「わかった。わかったから、静かにして。ツバキたちには今日、テスト勉強するから遊ばないよって言ってあるんだからね。ちょっと紅葉見たらすぐ帰るよ」


「うん!」

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