第二十話 人魚の浜で、人魚たちと泳ぐ。虹色に光るクラゲのあやかしたち。そして一六歳の誕生日。
七月三十日。
スマホのアラームが鳴り、あたしは目を覚ました。
スマホを見ると、姫乃からの楽しそうなおはようメール。島にきたいとは書いてない。親に話してダメと言われて、あきらめたならいいけど……。
そう思いながら、おはようと返信をして、着替えるために立ち上がった。
ツバキとユズがいないし、姫乃もいない。自由だって感じがした。
ツバキとユズは昨夜九時頃、スマホに電話をしてきたし、あたしが離島にいる間、話さないわけじゃない。
毎年、あたしが離島にいる間は、毎晩電話をしてくるので、もう慣れた。あの子たちからの電話はしつこい。あたしが出るまであきらめないというか、あたしが出ないと他の人に迷惑がかかるから、無視はできないのだ。
もちろん長話はしない。毎晩のことだし、二人はあたしの声を聞いたら安心するようなので、あの子たちが言いたいことをバーとしゃべったあとは、早めに電話を終わらせるようにしている。
朝ご飯を食べたあと、お母さんに言われて、
そのあと手を洗ってから、お風呂の脱衣所に服を置く。棚に、新しいバスタオルがあるのを確認したあと、脱衣所を出て、勝手口に、足を拭くために持ってきたタオルを置いた。
毎年のことなので、みんなそのままにしておいてくれるはずだ。
みんなって、伯父さんも伯母さんもお姉ちゃんも、仕事でいないけど。
お母さんに、「海に行ってくる」と言って、スマホを渡してから、あたしはふらりと外に出た。
お姉ちゃんのサンダルを借りて。
いつものことだし、あの人はそんなことで怒ったりしない。
朝なのに暑い。地元にいた時よりも、太陽の熱を感じる気がする。
土の匂い。夏草の匂い。風がベタッとしている気がするけれど、嫌ではない。
夏の島って感じがする。
青い空、綿菓子みたいな白い雲。夏の草木、鮮やかな花。
ゆっくりと呼吸をしながら歩いていると、白い砂浜と、青い海が見えた。
太陽に照らされて、キラキラ輝く青い海。
潮の香りを嗅ぎながら、ゴミ一つない、砂浜を歩く。おだやかな海を見ながら裸足になり、ストレッチをしてから、足を水につける。
おだやかな波の音。白い泡みたいなやつが、あたしの足について離れない。
あたしはゆっくりと進み、身体を水に慣らした。冷た過ぎない、ちょうどいい温度。
海は好きだ。幼い頃から、この島の海が好き。プールや水着は好きじゃないけど、この海で、服で泳ぐのは好きだった。
ここは、人魚の浜と呼ばれる浜だ。
この島には、霊感がある人が多い。見ることができなくても、感じたり、声が聞こえる人もいるため、ここで泳ぐ人は少ない。
ここの人魚たちは、全く見えない人間には、触れることができない。
だから、害はないのだけど、島の人の多くは、他の浜で泳ぐらしい。
海と風と、太陽の熱を感じながら泳ぐ。自然と一つになったような気持ちで。
泳いでいると、楽しそうな笑い声が聞こえた。子どもの人魚が現れる。
三人いる。
スミレ色の髪と瞳の人魚と、バラ色の髪と瞳の人魚、それから、オレンジ色の髪と瞳の人魚だ。
魚のヒレのような耳。胸を、貝殻で隠してる。西洋的な人魚たち。
「ニンゲンダ!」
「ワーイ! ヒサシブリ!」
「オヨゴウ! オヨゴウ!」
きゃいきゃいと喜び、楽しそうにはしゃぐ幼い人魚たちと一緒に、あたしは泳いだ。
♢♢
琴おばあちゃんの家の勝手口で、軽く足を拭いて上がり、お風呂に入ったり、洗濯をしたあたしが台所に行くと、お母さんが、昼ご飯の準備をしていた。
「おかえり、海はどうだった?」
「楽しかった」
「そう、よかったわね」
嬉しそうな顔のお母さんは、エプロンのポケットからスマホを出すと、「はい」と言って、あたしに向けて差し出した。
「あっ、ありがとう」
「そうそう、
「――はい?」
「姫乃ちゃんのお母さんから電話がきてね、姫乃ちゃんが、この島にものすごく興味があるらしくて、それで、泊まることになったの。姫乃ちゃんはもっと泊まりたがってるみたいなんだけど、家族会議で決まったらしいわ」
「えっと……琴おばあちゃんには話したの?」
「もちろん話したわよ。あなたに友だちができたことを喜んでたわ」
「……そうですか」
もう、決まってしまったことはしょうがない。嫌だと言っても、友だちは大事にしなさいとか言われそうだし。
友だちなのは認めよう。友だちって何か、よくわからないけど。この関係は、一般的に友だちというのだろうから。
でも、友だちだからって、あたしの自由な時間を奪っていいとは思わない。
イライラする自分に気づきながら、あたしは麦茶を一気飲みした。
それから、部屋にもどった。
その夜、あたしに友だちができたと知って、お姉ちゃんが、「姫乃ちゃんってどんな子!?」って、うるさかった。
そんなのくればわかるのに。
姫乃は、あたしが怒ってると思ったのか、寝る時間になっても、メールも電話もしてこなかった。
♢♢
七月三十一日の朝、姫乃から、おはようメールが届いた。
島に行くこと怒ってる?
という言葉もあったので、あたしが怒ってると思っているのだろう。
うん、怒ってはいる。怒っても、あたしがいない間にこっちにくることが決まっていたのだから、嫌がってもしょうがないって思うけど、このままだと、毎年夏休みは姫乃も一緒に離島にくることになりそうだから、それは嫌だなと思う。
ここで、怒ってると返信をしても、ごめん、でも行きたいって返信がきたり、電話がくるだけだろうから、あたしは返信しなかった。
謝ってほしいわけじゃない。
謝られると、自分が悪者になった気がして、嫌な気分になる。
あたしは、あたしの自由を邪魔してほしくないだけだ。
朝ご飯のあと、海で癒されようと思い、琴おばあちゃんの家を出たら、海が荒れていた。予想天気図では台風と離れてたから、大丈夫かなと思ったけど、ダメだったようだ。海はつながっている。
人魚の子どもたちがきゃいきゃいと楽しそうに泳いでいるのを、浜辺で一人眺めていると、海から大きなクラゲたちが現れた。
――あやかしだ!
色は、水族館で虹色にライトアップされたクラゲのように幻想的。
ぷわっと浮かび、海から離れたクラゲたちが、ゆらゆらただよう。空中で、踊っているみたいだった。
しばらくしたら、クラゲのあやかしたちは、海にもどった。
♢♢
八月一日は、あたしの一六歳の誕生日。
台風の影響で、昨夜から風が強く、小雨が降るので、あたしは琴おばあちゃんの家でのんびりと過ごした。
夜になり、伯父さんと伯母さんと、お母さんとお姉ちゃん、それから琴おばあちゃんが、あたしの誕生日を祝ってくれた。
二回目の誕生日ケーキだけど、琴おばあちゃんがあたしに買ってあげたいといつも言ってくれるので、毎年地元でも島でも祝ってもらっている。
祝ってもらうのは嬉しい。大きくなってからは恥ずかしさも感じるけど、それでもやっぱり、みんなで写真を撮ったりすると思い出になるし、時々思い出すだけでも、幸せな気持ちになるから。
♢♢
八月三日は、ものすごい風と雨だった。
八月四日は、風も雨も落ち着いたけど、海はものすごく荒れていた。
そして、八月五日になった。
電車と高速バスと新幹線と飛行機は大丈夫だったらしいんだけど、フェリーは無理だったようだ。
一泊ホテルに泊まったあと、朝のフェリーで、姫乃が島にくることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます