夏の海は輝いて美しいけど、台風はくる
第十九話 狼を姫神様として祀る島。小人は幸せを運ぶ。親戚と姉と、紅い小鳥のあやかしルー。
七月二十九日は、ものすごく早起きをした。
おばあちゃんの家で、軽く朝ご飯を食べたあと、おばあちゃんとお父さん、ツバキとユズと、猫のきなこ、それから、泊まっていた
夏服やズボンや、泊まりに必要な物は、先に送っているので、荷物はそんなに多くない。
慣れてるのが楽なので、通学用の黒いリュックサックを持ってきた。その中には、ヒマつぶしの小説や、途中で買ったお菓子や菓子パン、ペットボトルのお茶や、財布やスマホなんかが入ってる。スマホは、ポケットの中だけど。
高速バスや新幹線から見る風景は、いつもの田んぼだったり、畑だったり、山や家って感じだったけど、飛行機から見える白い雲や海は、新鮮で、すごいなと感じた。
毎年見てるけど、それでも、すごいなと感じる自分がいた。
フェリーから見えた海も、すごいなと感じた。生きているなと、そう思った。
海の生命力のようなものが、あたしの身体の奥に届いたような、そんな気がした。
離島に着くと、伯母さんが迎えにきてくれていた。彼女は、お母さんの兄の奥さんだ。
いつものように、伯母さんの車に乗って、
伯父さんと伯母さんと、琴おばあちゃんは、あたしの家にきて、数日泊まったことがあるらしい。あたしが生まれる前のことだ。昔の話なので、今はあやかしが見えないようだけど、あたしたちを差別したりはしない。従兄妹たちもだ。
従兄妹は社会人と大学生で、二人共、島を出ている。伯母さんの話では、二人はお盆に少しだけ帰るようだ。
車の後部座席に座り、窓から島を眺める。暑いので、歩いている人が少ないし、猫もいない。あやかしも。
琴おばあちゃんの家に到着した。
車から降りると、太陽の熱を感じた。セミの声。夏草や、土の匂い。
身体の細胞や、血液が、島にきたんだと騒いでる。生きている。そう感じた。
なつかしさを感じながら、広い庭を歩く。
伯母さんが玄関を開けて先に入り、「お義母さんっ!」と呼ぶ。
お母さん、続いてあたしが玄関に入る。
琴おばあちゃんの家の匂いだ。
「おかえりなさい!」
嬉しそうな顔の琴おばあちゃんが出迎えてくれた。
琴おばあちゃんは見ているだけで、ホッとするような人だ。とても癒される雰囲気を持っている。
ひさしぶりに、琴おばあちゃんに会ったお母さんが嬉しそうで、あたしの心も満たされていく。
そんな時だった。
ふと、誰かに見られている気がして、あたしがパッとふり向けば、数人の小人と目が合った。小人たちは、一瞬固まったあと、蜘蛛の子を散らすように逃げ去った。
家に上がり、エアコンのおかげで涼しい台所に移動をして、四人でお茶を飲むことになった。
黒いリュックサックを床に置いて、煎茶と、カステラをいただきながら、あたしは自分から話すことなく、伯母さんや、琴おばあちゃんに訊かれたら答えるという感じで過ごしていた。
すると、「
疲れたと言うほど、疲れてはいないのだけど、一人になりたかったので、「はい」と言ってみた。
「ご飯は
「はい」
伯母さんの言葉に頷いて、あたしは黒いリュックサックを持ってから、いつもの部屋に向かった。
この家も、おばあちゃんの家と同じくらい、大きくて古い。リフォームしてるけど。
長い廊下を歩いている時に、視線を感じた。小人だろう。
あたしとお母さんは毎年きてるし、そのことは、小人たちも知ってるはずだ。
ヒマなのかなと思いながら進むと、ふすまが見えた。
ゆっくりとふすまを開ける。八畳の和室には、誰もいない。いや、何処かにいるかもしれない。小人だから小さいし。いるのはいい。いるのは。
この島では、小人は幸せを運んできてくれると言い伝えられている。彼らを見ることができる人も、できない人も、大切にしようという意識があるようだ。
小人以外のあやかしもいるし、この島では、狼を姫神様として祀っている。彼女を見ることができた人間は、その美しさに心奪われるらしい。
ということで、この島では、あやかしが愛され、大切にされている。
部屋のエアコンがついてるけど、電気はついてないのでつけてから、あたしはダンボール箱をちらっと見た。
ガムテープがちゃんとしてある。大丈夫だ。まあ、化粧はしないし、タオルは小さめ、服や下着はいつも、お母さんが一緒に洗ってくれるから少ないし、盗られて困る物は入ってない。
あっ、下着はちょっと嫌かな。小人に触られたくない。
なんてことを思いながら、ダンボール箱の近くに、黒いリュックサックを置いた。
ヒマだな。何しよう。何だか心がざわざわするし、静かに読書なんてできそうにない。テレビでもつけようかな……あっ。
そうだ。スマホは……っと。
あたしは黒いリュックサックのポケットからスマホを出すと、小さなちゃぶ台のそばにある座布団まで移動をした。そこに座って、スマホのメールをチェックする。
すべて、姫乃からだ。
いちかさんと一緒に自分の家に帰ったけど、ヒマなようだ。
夏休みの宿題はほとんど終わらせたし、家にいてもやりことがないから、自分も離島に行きたくなって、あたしのおばあちゃんに電話をして、離島のことをいろいろと聞いたあと、ネットで調べたらしい。
ネットには、穴場のパワースポットと書いてあったらしくて、今の自分なら、いろいろなあやかしが見られるだろうから、今すぐ飛んで行きたいと書いてあった。
嫌だ。絶対に、こないでほしい。
小人とか、狼の姫神様とか、姫乃が好きそうだから、あの子の前では離島と呼ぶようにして、島の名前を言わないようにしたり、島について、できるだけ話さないようにしてたんだけどな。
まあ、バレてしまったなら、しょうがないか。
バレたからと言って、ここは遠いし、そう簡単にはくることができないはずだ。
メールを読み終わり、『島のおばあちゃんの家に着いた。疲れたので寝ます』と返信をする。すると、すぐに返事がきた。
おやすみと。可愛らしい絵文字があるけど、短いメールだ。
スマホを畳に置いて、あたしはテレビをつけた。
どれくらい、テレビを見ていただろう。
「ピュイ」
と、高い声が聞こえた。すいっと、紅い小鳥が飛んできて、テレビの上に止まる。
「ルー」
名前を呼ぶと、小鳥は「ピュイ」と、返事をする。
ルビーのような色のこの子は、ルーという名前だ。つぶらな黒い瞳が、じっとこっちを見ている。
小首を傾げるルー。
とても可愛いけど、何を考えているのかわからない。
この子は昔から、この島にいた。お姉ちゃんが島にくるとすぐに寄ってきていた。とてもなついていたんだけど、この小鳥のあやかしが、島を出ることはなかった。
あやかしには、生まれ育った場所に執着する者もいれば、そうではない者もいるようだ。
お姉ちゃんが高卒後、島に住むようになってからは、ずっと一緒にいるらしい。お風呂やトイレも一緒。
この島の姫神様が言うには、この子はお姉ちゃんのことが好きだから、いつも一緒にいたいようだ。恋愛の意味ではなくて、一緒にいると、とても幸せな気持ちになるらしい。
お姉ちゃんも、この子をとても大事にしてる。
「お姉ちゃんは?」
「ピュイ」
ルーは鳴いて、飛び去った。
お姉ちゃんが仕事から帰ってきたんだろうと思い、あたしはテレビを消すと、立ち上がる。
トイレに行ってから台所に行くと、お母さんと楽しそうに話すお姉ちゃんがいた。お姉ちゃんの肩には、ルーが止まっている。
「あっ、風音、おかえり」
あたしに気づき、笑顔で近づいてきたお姉ちゃんに、「お姉ちゃんも、おかえり」と返した。
ジロジロと見られているなと思っていたら、「あんた、また胸が育って……顔はイケメンなのに……」と言われてしまった。
「今日、駅とか空港で、女の人たちにイケメンって騒がれたり、でも胸が大きい、女だ。ショックとか言われたんだよ。こっちがショックだよ」
「わたしに言われても困るよ。あんたが背が高くてイケメンなのが悪いんじゃない? 髪の毛も短いし。伸ばせば?」
「えー? めんどくさい」
「めんどくさいって……あんた、服も女の子っぽくないし、フリフリのワンピースでも着れば?」
「嫌だよ」
「なら、しょうがないよ。あきらめな。人は見た目で判断するかもしれないけど、それは自然なことだと思うし、通りすがりの他人にどう見られるなんて気にしてたら、何もできないんだから」
「うん……」
「今日はお寿司だって。食べよっ」
「うん……」
琴おばあちゃんと伯母さんと、お母さんとお姉ちゃんと一緒に、お寿司を食べて、お茶を飲んでいたら、伯父さんが帰ってきた。伯父さんと少しだけ話したあと、伯母さんにお風呂を勧められたので、あたしはお風呂に入ることにした。
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