第十八話 ミケとロココさんがいる雑貨屋さん。あんず飴の屋台と、うどん屋さん。それと、早いけど十六歳のお祝い。
姫乃はソウタから、昔の話を聞きながら、とても楽しそうに、いちかさんがいた場所巡りをした。
そしてそのあと。
「お昼だから帰ろう」
って言ってみたのだけど、姫乃は「嫌だ!! 観光したいっ!!」と駄々をこねた。
「観光って言っても……お金がないから屋台で買い物とか無理だし、お店にも行けないし……」
「かざっち、お店ってどんなのがあるの?」
「えっと、食べ物だと、うどん屋とかそば屋とか、ラーメン屋とか、おにぎり屋もあるよ。茶屋とかも。茶屋以外は毎日開いてるわけじゃないけど……」
「そうなんだー。宿はあるの?」
「宿はないよ。知り合いがいる人しかこの里に入れないから、知り合いの家か、長の家に泊まるみたい」
「長の家ってここだねー。着物とか浴衣とかのお店もあるの?」
「うん、あと、文房具屋さんとか、本屋さんとか、あっ、雑貨屋さんがいくつかあるよ。おばあちゃんが作った人形とか、ぬいぐるみとか、小物なんかが置いてあるところもあるんだ。ミケがそこで働いてるよ」
「……ミケって、魚柄の浴衣着てた可愛い猫娘?」
「化け猫だけどね」
ポツリとあたしが呟いたけど、姫乃はスルーで、ハイテンション。
「行きたい! 行こう! そこ行こう! 見学に!!」
嬉しそうにニコニコ笑う姫乃。
「えー。ボク、眠たいー」
不満げな顔のソウタに、姫乃が「じゃあ、狐にもどって。抱っこしてあげるから」と言って、姫乃は肩にトゲッシュハリーを乗せ、腕で子狐を抱きしめ、歩き出した。
ソウタは、寝ると大人の姿にもどってしまう。彼は、よく知らない人間や、あやかしの前で、大人になることはしない。
あたしから見れば、狐の姿で大人になっても、大きさが変わるだけなんだけど、本人はとても気にするのだ。
だから、姫乃に抱かれた状態で、本気で寝ないと思うんだけど、抱っこの方が、楽ができていいのだろう。
その途中に、ポツポツと、古そうな家があり、畑や田んぼが広がっていたので、「普通の日本の田舎って感じだねー」と、のんびりと姫乃が呟いた。
セミはうるさいし、暑いけど、たまに吹く風が気持ちいい。隠された里だけど、小川もあるし、不思議な場所だ。
広いけど、誰もいない道を進むと、やがて、目的のお店が見えてきた。
「あれだよ」
あたしがそう言うと、「おおっ、あれが古民家な雑貨屋さん!」って姫乃が叫び、いきなり駆け出した。
肩にトゲッシュハリーを乗せ、腕には子狐を抱き、姫乃はお店まで走る。
そんな姫乃を眺めながら、あたしはゆっくり歩いた。
お店に到着した姫乃がハアハアと息を吐いてるけど、とても怪しい人みたいだ。
怪しいせいか、すぐにお店から顔が出てきた。くねくねとした長い首も。
「――うひゃぁぁぁぁ!」
驚いたのか、姫乃は叫びながらよろよろして、その場に座り込んだ。手の力が抜けたのか、子狐の姿のソウタが彼女から離れて、トコトコとお店に入った。
「フッフッフッフッフッフッ」
驚く姫乃に驚いたからか、突然顔と首だけこっちにきたせいか、姫乃の肩に乗ったトゲッシュハリーの
遅かったせいかか、もうソウタがいないので、トゲッシュハリーを止める人がいない。
「フッフッフッフッフッフッ」
「大丈夫ぅ?」
いつまでもしゃがみ込んだままの姫乃に話しかけるろくろ首のロココさん。彼女は、トゲッシュハリーの威嚇に動じない。
今は顔と首しか見えないけど、ロココさんは、着物の似合う大人の女性だ。
顔や髪型は、江戸時代の浮世絵の女の人みたいで、最初はびっくりしたけど、あたしは長い付き合いなので、もう慣れた。
「フッフッフッフッフッフッ」
トゲッシュハリーに、このあやかしは大丈夫だと、安心してもらわないと。
「こんにちは、ロココさん」
あたしが軽くおじぎをしている間に姫乃が復活をしたようで、「すごい! すごーい! ろくろ首のお姉さんだっ!」とはしゃいでいる。
お姉さんと呼ばれたロココさんは嬉しそうに笑うと、「
「あっ、はいっ! よろしくお願いします。わたしは
と言い、ペコリと頭を下げた。
それを見て、トゲッシュハリーが静かになった。
そのあと、ロココさんの顔と首に導かれ、あたしたちはお店に入った。
雑貨屋さんの中には、手作りの可愛らしい物がたくさんあった。それを一つ一つ見ながら、大声で姫乃が喜んでいると下駄の音がして、お店の奥から猫耳美少女ミケが現れた。
一度会ったせいか、トゲッシュハリーは威嚇しない。
ミケは今日も、魚柄の浴衣姿だ。彼女が長い尻尾をゆらりと動かしながらこっちにやってくると、「じゃあ、ごゆっくりー」と言って、ロココさんの顔がくねくねと何処かに行った。
「ソウタから聞いたよ。観光してるんだって? こんな何もないとこで観光するより、外の世界にはもっと楽しいとこがあるのにね」
「楽しいとこ?」
ミケの言葉を聞き、不思議そうな顔で首を傾げる姫乃。
「海とか。漁港に行ったら魚、食べ放題でしょ?」
小首を傾げ、茶色と黒の猫耳をピクピクさせるミケ。
「ああ、魚、好きなんだね」
ふわりと笑顔になる姫乃。
「うん! 大好き!」
キラキラとレモン色の瞳を輝かせるミケ。
「ここに魚屋ってあるんだっけ?」
姫乃が訊ねると、「魚屋はないけど、移動販売で週に一度新鮮な魚がくるんだ」と答えるミケ。
二人が楽しそうに話しているので、あたしはのんびりと歩きながら雑貨を眺めた。
少しして、「あれ?」という姫乃の声がした。あたしがいないことに気づいたようだ。
肩にトゲッシュハリーを乗せた姫乃と、ミケがきて、一緒に、あたしのおばあちゃんが作った人形や、ぬいぐるみや、小物を見たりした。
そのあと、お腹が空いたと姫乃が呟き、ミケが「じゃあ、ワタシがおごってあげる」と言ったため、あたしたちはうどん屋さんに行くことになった。
ミケが「ソウタはいつもなら熟睡してる時間なの。だから寝かしてあげよっ」と言ったら、姫乃は素直に頷いて、「女子会だねっ」と笑った。
ご機嫌な姫乃がミケと並んで、楽しそうに道を歩く。その後ろをあたしはのんびりと進んだ。
途中で、あんず飴の屋台があり、姫乃が子どもみたいにはしゃいだり、それを見たミケが彼女に買ってあげたりした。
姫乃は、あやかしがやっている屋台のあんず飴が、人間のあんず飴と同じ値段だと知って、びっくりしていた。あやかしのお金でも、人間のお金でも、どちらでも払えることにも驚いてたけど。
あたしはお祭りとか行かないから、人間のあんず飴の値段はよく知らない。テレビで見たことがあるなって思うくらいだ。
あんず飴だけではなく、他の物でも、そんなに値段は変わらないし、お金はあやかしのでも、人間のでも問題はない。
タヌキのあやかしがやっているうどん屋さんに着き、美味しいうどんをごちそうになったあたしたちは、ゆっくりと池まで歩いて、池と、花のあやかしを眺めてから、橋に行き、上からの景色を楽しんだ。
主に姫乃が楽しんでいたんだけれど。まあ、それはいいとして、そのあとミケがあたしたちをあやかし山の入り口まで送ってくれた。
おばあちゃんの家に帰ると、いちかさんはもういなかった。明日でいいから家に帰るようにと、姫乃に伝言を残して去ったらしい。
姫乃はあたしのおばあちゃんから伝言を聞いたあと、すぐに仏間に行って、父親にメールをしていた。
そのあと、あたしと姫乃は夏休みの宿題を再開した。
夜になり、みんなでご飯を食べたあと、あたしと姫乃はお風呂に入った。
そしてまた、仏間で宿題をしていると、ソウタがおばあちゃんの家にきた。
「はい、約束のお菓子だよ」
肩にトゲッシュハリーを乗せたパジャマ姿の姫乃がお菓子を差し出すと、「ありがとう!」と笑顔でお礼を言ってソウタが笑う。
「また遊ぼうね」
ニコニコ楽しそうに笑う姫乃に、「うーん、ボク、できるだけ夕方まで寝たいんだ。だから、夕方からならいいよ」と答えるソウタだった。
「夕方かぁ。それは難しい問題だ」
頭を抱え、本気で悩んでいる姫乃をスルーして、あたしは宿題をしたのだった。
♢♢
翌日、姫乃が自分の家に帰ったんだけど、その次の日から、毎日遊びにくるようになった。泊まることもある。
時々、いちかさんがおばあちゃんに会いにきて、いちかさんも泊まるようになってしまった。
まあ、いちかさんはおばあちゃんととても仲よくなったみたいだし、あたしの友だちではないから、相手をしなくてもいいんだけど、姫乃の相手は一応している。
姫乃のおかげで、夏休みの宿題がたくさん進んだから、お礼にお菓子を作ったりもしたし、夕方、一緒にソウタに会いに行ったりもした。
トゲッシュハリーが一度あやかし山に行ったので、姫乃がトゲッシュハリーに頼んだら、あたしたちを隠れ里に連れて行ってくれるようになった。だから、あやかし山には、ソウタが寝ている時間にも行ったりした。
そんな感じで日々が流れて、あっという間に七月二十八日、離島に行く前日になった。
その夜、おばあちゃんの家で、あたしの誕生日パーティーが開かれた。
八月一日はまだだけど、離島にいるので、今夜パーティーをすることになったのだ。
あたしの家族と、姫乃といちかさん。あっ、ほとんど静かなのでたまに忘れるけど、ハリネズミのトゲッシュハリーも一緒だ。今日も姫乃にくっついている。
もう、慣れてしまったこのメンバーと、ソウタとミケと、白いうさぎのあやかしのシロウサに乗って、マツリ様もきてくれた。
ろくろ首のロココさんはお仕事だけど、プレゼントをこの前もらった。家族と、この場にいるみんなからも、いろいろもらって、お祝いされてる感じがした。
みんなに見つめられて、おめでとうって言われると、何だか恥ずかしい気持ちになったけど、ごちそうやケーキを食べていたら、じわじわと幸せを感じた。
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