第十七話 姫乃とトゲッシュハリー、初めての隠れ里。そして惺嵐様のお屋敷に。
立ち上がった
そんな彼女を見上げたいちかさんは、とてもつらそうな顔だった。
「だって、姫乃はあやかしが好きだから、あやかし山に行ったらもう、帰ってこなくなる気がしたの。それに、アタシの過去を知られたくなかったの。ごめんなさい!!」
頭を下げるいちかさんに冷たい視線を投げた姫乃が、「かざっち」と呼び、あたしに手を差し出した。そうして、ぎゅうっとものすごい力であたしの手を引く。
痛いのでしょうがなく、あたしが立つと、「行くよ」と姫乃が声をかけ、そのま走り出した。
「――姫乃!!」
いちかさんの声がするけど、姫乃は気にせず走り続ける。
「何処に行くの?」
姫乃に手を引かれ、長い廊下を走りながらあたしがそう訊ねると、彼女が「あやかし山。隠れ里があるなんて知らなかったよ! わたしも行きたい!」と答えたので、あたしは隠れ里に行ったことのあるあやかしが一緒じゃないと行けないと教えた。
「――えっ?」
ピタッと、姫乃が足を止める。その間に、彼女の肩まで移動をするトゲッシュハリー。
パタパタと足音が聞こえた。ふり返れば、ツバキとユズ、それからソウタが駆けてくるのが見えた。
「どこいくのー?」
「どこいくのー?」
訊ねるツバキとユズに、「隠れ里に行きたいんだけど……隠れ里に行ったことがあるあやかしがいないと行けないんだって……」と答えた姫乃が、浴衣姿のソウタをじっと見つめて、「ソウタ、一緒に行こっ!」と誘った。
「えっ? ボク、疲れたからもう寝たいんだけど」
「お願い! ツバキとユズはあやかし山に行ったことがないって言ってたから、頼れるの、ソウタだけなのっ!」
両手を合わせながら、ソウタにお願いをする姫乃。
「うっ、わかったよ……」
「ありがとうっ!」
大喜びの姫乃はパッとあたしの手を離し、ソウタをぎゅうっと抱きしめた。
しばらくぎゅうぎゅうと抱きしめて、満足した姫乃は、笑顔でソウタから身体を離し、「駅のコンビニでお菓子買ってきたから、あとであげるね」と伝えた。
「あとっていつかわからないけど、隠れ里に行って、あやかし山の入り口まで送ったら、ボクは日が暮れるまで寝るよ」
「じゃあ、夜でいいよ。って言いたいけど、ママ、いつまでいるんだろ? すぐ帰ってくれたらいいのに……」
「姫乃。今日も泊まるんだね?」
あたしが訊ねると、姫乃がニッコリ微笑んだ。
「うん、せっかくきたんだもん。パパにはあとでメールするよ」
「そう。あっ、キャップ忘れてるけどいいの?」
「あー、荷物と一緒だ。まあいっか。昨日、ハチなんかいなかったし、いても、一人じゃないから、大丈夫な気がする」
「あと、隠れ里、スマホはおかしくなるらしいから、置いてってね」
「大丈夫。今、持ってないから」
「そう」
「行こう!」
「うん」
笑顔で歩き出した姫乃。それを追う、あたしとソウタとツバキとユズ。
玄関に着き、あたしと姫乃がスニーカーを履いても、いちかさんは追いかけてこなかった。おばあちゃんが何か言って、止めているのかもしれないなと、ふいに思った。
裸足だったソウタが、いつの間にか
「そとだー!」
「そとだー!」
と言いながら、ツバキとユズも外に出た。裸足で。
そのあとソウタがゆっくりと玄関の戸を閉める。それでも大きな音が鳴るんだけど、気にしてもしょうがない。
みんなで敷地ギリギリのところまで行って、ツバキとユズと別れたあと、あたしと姫乃とソウタが進む。
「あやかし山へレッツゴー!」
晴れた空。白い雲。夏って感じで暑いのに、姫乃が元気だ。
セミも元気でうるさいけど。
まあ、山に入れば涼しくなるだろうからと、あたしは前を向いて歩く。
「もっと早く、ママのこと知ってれば、かざっちやソウタとも早く会えたのかなぁ?」
元気よく歩いていたと思ったら、歩く速度がゆっくりになり、姫乃がそんなことを言った。
「さあ? ソウタは山にいたかもしれないけど、あたしはわからないよ」
「そっか……うん、そうだね。あっ、家があるって思っても、家にまで入ったりしないもんね。奇跡的に山にいたら会えてたかもね」
「もしもなんてないんだよ。過去は変えられない」
「うん、そうだね。今、ここにかざっちがいる。かざっちと会えて、わたし、ものすごく幸せなんだよ」
「そう……」
「……それとね、ママが……パパと会って、結ばれてくれて、よかったなって思うんだ。二人が出会い、恋をしたおかげで、わたしは、今のわたしになれたんだもん」
「そっか」
「……うん。感謝してるんだ」
「本人に、直接言えばいいのに……」
「えっ? 嫌だよ。いつか、結婚する時に言うならいいけど、今は嫌」
「……結婚か」
「うん、いつか王子様と会えるといいな。かざっちとの熱い友情を邪魔しない王子様が」
「……夏は暑いね」
「かざっち、その暑いじゃないからね!」
なんて話しながら歩いていたら、あやかし山に着いて、あたしと姫乃はソウタと手をつなぎ、隠れ里に向かった。
もちろん、姫乃の肩に乗ったトゲッシュハリーも一緒に。
♢♢
世界が変わると、「すごいすごいすごーい! これって転移だよねっ!」って、姫乃が叫んだ。
「結界の中に移動しただけだけどね。でも、転移って別の場所に移動することだし、間違ってはいないかも」
あたしがふむふむしていると、「フッフッフッフッフッフッ」という音が耳に届いた。
視線を向ければ、何かを感じたのか、姫乃の肩の上にいたトゲッシュハリーが、
「大丈夫だよ。池に花のあやかしがいるけど、何もしないから。池には他にもあやかしがいるけど、この時間は寝てるんだ。だから警戒しなくてもいいんだよ」
トゲッシュハリーに向かって、優しく話しかけるソウタ。
おとなしくなったトゲッシュハリー。
青い空と白い雲。セミの声も暑いのも同じだけど、ここは木造の橋の上だ。
ワクワクした表情で、欄干から身を乗り出し、「うわー! すごい! すごい! 池にきれいな花が咲いてるよっ!」と子どものようにはしゃぐ姫乃。
そんな彼女の周りで、「危ないよ! 落ちちゃうからっ!」と焦るソウタ。
そんな二人を見ていたら、空気が変わった。
ヒシヒシと感じる。とても強い力。
「フッフッフッフッフッフッ」
威嚇を始めるトゲッシュハリー。
「大丈夫だよ。
トゲッシュハリーに優しく話しかけるソウタ。
おとなしくなるトゲッシュハリー。
「――えっ? 惺嵐様? どこどこ?」
キョロキョロした姫乃が、惺嵐様を見つけたようで、固まった。
ゆっくりとふり向けば、少しだけ離れた場所に、背の高い男が一人、立っていた。
頭には、銀色の角が二本。群青色の短い髪と、神秘的な紫色の瞳。鼻は高く、肌は白い。
濃い藍色の着物をまとった美しい鬼――惺嵐様だ。
切れ長の目でこっちを凝視したあと、惺嵐様が歩き出した。足には下駄。
ゆっくりと歩いてあたしたちに近づいた惺嵐様は、姫乃の前で止まり、口を開いた。
「名は?」
お腹の底に響くような低い声。
「――わっ、わたしはっ、昔家出をしてここにきたいちかって人の娘でっ、姫乃っていいますっ!」
早口で、自己紹介をする姫乃。
「そうか」
小さく頷く惺嵐様。
「あっ、あのあのあのっ、ママのことっ、覚えてますか!?」
「ああ、覚えている。あの女がいた時は、屋敷がにぎやかだったからな」
「そうなんですねっ! あのっ、ママがいたお屋敷ってどんなところなのか見たいんですけどっ、いいですかっ!?」
「いいだろう」
「うわーっ!! ありがとうございますっ!!」
惺嵐様にお屋敷に入る許可をもらった姫乃が、キャアキャア言いながら何故かあたしに抱きついてきて、ぎゅうぎゅうしめつけるのでイラっとして、「やめて」と怒った。
それを静かに見ていた惺嵐様が「行くぞ」と言い、次の瞬間には、あたしたちは別の場所にいた。
目の前に大きなお屋敷がある。
「うわぁぁぁぁぁぁ! すごーい!!」
姫乃がうるさい。
「ねえ、かざっち、これも転移だねっ! すごいねっ! ツバキやユズやトゲッシュハリーが転移してるの見たことないけど、もしかして、できるのかな?」
「いや……できないと思うよ。壁をすり抜けたりはするけど、いきなり消えたり、現れたりするのは見たことないし。それに、惺嵐様だって、結界の中を自由に移動したり、外に出たりしてるんだと思うけど……あっ」
あたしと姫乃が話している間に、惺嵐様はさっさと家に上がってしまった。
縁側から。
「あー!! 惺嵐様っ!!」
追いかけていく姫乃。
「俺は忙しい。お前は、ソウタに案内してもらえばいい」
そう言い残して、惺嵐様が消えた。
「あー!! いなくなったぁ!!」
叫ぶ姫乃にソウタが近寄り、そっと手をつないだ。
「ボク、知ってるよ。いちかがいた部屋」
姫乃を見上げ、ニコリと笑い、「行く?」と訊ねながら小首を傾げるソウタ。
「いやーん! いやーん! 可愛いっ! 可愛過ぎるっ! クールなイケボ美青年もいいけど、本当は大人でも、見た目がショタの狐も萌えるわ!」
デレデレ顔の姫乃がキモイので、あたしはさっさと、縁側からお屋敷に上がった。
「――あっ!! かざっち、待ってぇ!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます