第十六話 縁側でスイカを食べたいちかさんは、昔の恋の話を始める。
おばあちゃんといちかさんが、切ったスイカをたくさん持ってきてくれたので、縁側に座布団を敷いて、座って、みんなで食べることになった。
座布団に座り、縁側から足を出しているのは、ソウタとツバキとユズ。
あたしと
姫乃は食欲がなさそうで、少しだけスイカを口にしたあと、自分の
いちかさんは、家ではあまり食べることができなかったと、おばあちゃんに話していたが、今は、ガツガツとスイカを食べて、おかわりまでしている。
ツバキとユズは、時々こっちを心配そうな顔で見ているが、スイカはちゃんと食べている。
おばあちゃんといちかさんが縁側にくる前に、ツバキとユズがソウタから聞き出した話では、今朝、いきなりいちかさんがあやかし山にきて、大声で自分の名前を呼んだから、ものすごくびっくりしたのだそうだ。
再会をしたあと、姫乃が帰ってこないと聞いて、この家に連れてきたらしい。
いちかさんが過去の話を始めたのは、三切れのスイカを食べたあとだった。彼女はおしぼりで手を拭いてから、遠い目をして語り出した。
「本当は、墓場まで持っていこうと思ってたの。誰にも言いたくなかった。でも、
あたしはこの人のことを素敵な大人の女性だと思ったことがないので、幻滅したりもしないけど、それを今言う必要はないので、静かにしていた。
「アタシ、幼い頃から、みんなと違う、おかしい、変だって、周りに言われてたの」
つらそうな声で語るいちかさんの過去は、このようなものだった。
テレビで赤い髪の人を見たら、髪を赤にしたいと騒ぎ、テレビでピンクの髪の人を見たら、ピンクの髪にしたいと騒ぎ、両親や祖父母に止められたのだそうだ。
制服で学校に行くのが嫌で、テレビで見た着ぐるみパジャマを着て行きたいからと、両親や祖父母に言って、
学校の友だちにもバカにされるし、先生たちにも叱られてばかりで、人間なんか大嫌いだと思いながら成長したのだそうだ。
それでも、周りの大人たちが高校までは行けと言うから、高校に入学をした。
最初、高校生になれば、そのままの自分を愛してくれる彼氏や友だちができるかもしれないと、夢を見ていたが、現実は、友だちも彼氏もできなかったのだそうだ。
いちかさんには、唯一の趣味があった。それは、裁縫や編み物だった。学校に持っていくといろいろ言われるから、家にいる時にしていたという。
その趣味も、変わった物ばかり作るからと、周りに嫌がられていたらしいが、手芸屋さんで働いている人たちは、いちかさんが小学生だった頃から、とても優しくしてくれていたのだそうだ。
いちかさんは高校生になってから、その手芸屋さんでアルバイトを始めたので、高校を卒業したら、手芸屋さんで働こうと思ったらしい。
だが、手芸屋なんて金にならないし、変人なんだから、もっときちんとした人だと思われるような仕事にしろとか、今までは高校まで行けと言っていたのに、急に大学に行けとか、両親と祖父母に言われたようだ。
その時、ものすごい怒りが込み上げてきて、ウガーと叫んでしまい、みんなにギョッとした目で見られたあと、ハッとしたいちかさんは、走って自分の部屋にもどり、ショルダーバッグに財布やハンカチやティッシュを突っ込み、家を飛び出したのだそうだ。
ちょうど、お盆だったらしい。
いちかさんは、何処か遠くに行きたいと思い、駅に行ったのだという。
そして、何処に行こうかと、いろいろな駅の名前を見ていたら、ある駅の名前がものすごく気になって、勢いで切符を買い、駅のお店で菓子パンとペットボトルのお茶を買ってから、電車に乗ったのだと話した。
その駅は、とても有名な駅だった。子どもたちの中で。
いちかさんが小学生の頃から、周りの子たちがウワサをしていたらしい。
あやかしに会うらしいけど、どんなあやかしが出てくるんだろう?
神隠しでいなくなった人は、今は何処にいるのだろう?
わからないことは、子どもにとって魅力的だ。知りたいと思い、空想をすることができるから。
だが、行ったことがある子はいなかった。危険な場所に行くことは、親が止める。近くならこっそりと行けるだろうが、あやかし山は遠かった。
それでも、あやかし山がミステリー番組に出たことで知ってる子は多かったらしい。あたしは、そんな情報を知らなかったけど、昔、テレビの人がきたのだろう。
まあ、それは置いておいて、いちかさんが子どもの頃、あやかし山が有名で、あやかし山が見える土地に親戚が住んでいる子たちからの情報などもあり、学校で、一人でいることが多かったいちかさんの耳にも届いていたのだそうだ。
「家を出たのは朝だったの。お盆で、暑くて、セミの声がうるさくて、こう、なんというか、夏って感じで、アタシはこんなに苦しくて、壊れてしまいそうなのに、楽しそうな子がいっぱいいて、ものすごく嫌だった。だから、闇を求めたのかもしれない」
語る姿はかっこいいけど、ただの家出の話である。
それでも、影響されたのか、「おおっ!」「おおっ!」と、ツバキとユズが声を上げた。パチパチと手を叩く音もしたので、あたしがそっちに視線を向けると、二人は満面の笑みで拍手をしていた。
「ありがとう、子どもたち」
いちかさんの声が聞こえたので、彼女に目を向ける。いちかさんは微笑んでいたが、再び遠い目になり、語り出した。
演劇でも見ているかのようだと、あたしは思った。
目的の駅――無人駅に到着したいちかさんは、誰もいないので、空になったペットボトルを捨てたあと、自動販売機で、新しいお茶のペットボトルを買って、しばらく外をウロウロしてみたらしい。
そうしたら、一人の小学生の男の子と出会い、その子にあやかし山への行き方を教えてもらったのだそうだ。
お地蔵様がある場所から山に入り、道を進み、山頂に着く。
いちかさんは、そこでしばらくの間、ぼんやりとしていたのだそうだ。
「何も出てこなかったの。アタシ、なんでここにいるんだろ? って、正直思った。目的の場所に着いたのはいいけど、これからどうしよう、みたいな、そんな気持ちだったわ。このままここにいれば夜になる。それはわかるのだけど、なんかね、動くことができなかったの」
そこまで話したいちかさんは、縁側に腰をかけて、こっちを見つめるソウタに視線を向けたあと、再び話し始めた。
空が暗くなり始めた頃に、小さな狐の姿のソウタと出会い、彼に心配されたので、いちかさんは、今までのことを話して聞かせたのだという。
家には帰りたくないけど、何処に行けばいいかわからないと言ういちかさん。そんな彼女に、ソウタが隠れ里のことを教えてくれたのだそうだ。
そして、狐耳と尻尾がついた浴衣姿の男の子に姿を変えたソウタと共に、隠れ里に行き、隠れ里の長――
そのあと、しばらくいちかさんは黙り込んだが、覚悟を決めたような顔で口を開いた。
「――アタシ、
惺嵐様のお屋敷で世話になることになったいちかさん。
惺嵐様のお屋敷では、たくさんのあやかしが働いていて、ふかふかの布団や、美味しい食事、美しい浴衣など、用意してくれたらしい。惺嵐様も、他のあやかしたちも、みんな優しくて、いちかさんは、とても幸せだと感じていたらしい。
最初の頃は。
「気づいてしまったの。アタシと二人きりでも、アタシを見ていないって。彼の心には、別の誰かがいるってね、本能なのか、女の勘なのか、わかってしまったの。彼、結婚してないし、恋人もいないって、お屋敷で働いてるあやかしたちが言ってたのに……」
つらそうに顔をゆがめるいちかさん。
ふいに、あたしは姫乃が気になった。ちらりと彼女に目を向ける。目を伏せた姫乃は、わなわなと身体を振るわせていたが、何も言わなかった。
そのあと、再びいちかさんが話し出した。
いちかさんのことを心配して、一緒に惺嵐様のお屋敷にきていたソウタに、こっそりと、惺嵐様の好きな相手について、聞いてみたようだ。
だが、ソウタは、悲し気な顔で、狐耳をへにょっとさせるだけだったという。
「それでね、当たって砕けろな気持ちになったの。カレンダーを見たら、隠れ里にきて二週間で、まだ夏休み。告白してダメなら、家に帰ろうと思ってね。直接、惺嵐様に言ったの。好きなのでお嫁さんにしてくださいって。でね、ダメだった」
静かに両目を閉じ、そっと開くと、いちかさんは再び話し出した。
「そのあと、さよならの気持ちを手紙にして、部屋に置いてから、ソウタと一緒にあやかし山の入り口までもどって、一人で家に帰ったの」
切なげに言い、ほうと息を吐く。その姿は色っぽい。
「かんどうしたー」
「かんどうしたー」
ツバキとユズの声がして、パチパチという音も聞こえた。
あたしがそっちに目を向けていると、「まだ話は続くの」という、いちかさんの声がした。
いちかさんに視線をもどすと、ちょうど、彼女はふわりと微笑んでいた。
女優ならきっと、演技派だ。
「家に帰ったらね、みんなが、ものすごく心配してくれてたの。お母さんがね、バイト先の手芸屋さんに話してくれてて、休んだことを一緒に謝りに行ってくれて、ものすごく嬉しかった」
うふふと笑ういちかさん。
「そのあとね、手芸屋さんの人に、服飾の専門学校のことを教えてもらって、興味を持って、高校を卒業後、そこに通うことになったの。隠れ里に行ってから三年ぐらい、あやかしが見えていたから、大変なこともあったけど、専門学校では友だちがたくさんできて、とっても楽しかったの。専門学生の時にね、合コンで孝之さんと出会って、付き合うことになって、数年後に結婚したのよ」
「うわーい、おめでとー」
「うわーい、おめでとー」
ツバキとユズが大喜びだなと思いながら、そっちを向けば、彼女たちは庭を駆け回り始めた。
犬のように。
「――じゃあ、なんでっ! なんでっ、わたしがあやかし山に行くのを反対したのよっ!」
姫乃が叫び、立ち上がった。トゲッシュハリーは、そんな彼女のズボンに、くっついている。
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