第十四話 姫乃、家出中。きなこもふもふ、ほうじ茶、たい焼き。それから、プリシェイラさんと、ハリネズミのトゲッシュハリーと、ソウタのこと。

 姫乃ひめのの荷物があるので、一緒におばあちゃんの家にもどった。


 いつもの姫乃なら、駅まで一緒にいたいとか言いそうだけど、一人で歩きたいと言うので、おばあちゃんの家の玄関で別れた。


 迷うような場所ではないけど、この近くには家がない。おばあちゃんとお母さんは畑に出ているみたいで、家にいなくて、おばあちゃんの家には、ツバキとユズと、猫耳美少女ミケ、それから猫のきなこがいた。


 魚柄の浴衣をまとった猫耳美少女――ミケを見た瞬間、姫乃のテンションがものすごく高くなったが、一緒に遊ぶことは言わなかった。本気で、すぐに帰ると決めたらしい。


 ツバキとユズがさびしそうだったが、姫乃がまたくると言うと、すぐに笑顔になった。


 そうして、あたしは自分の家に帰り、部屋でゆっくりと夏休みの宿題をした。


 集中している時だった。

 部屋の空気が変わった。


 いや、部屋じゃない。外だ。


 強い、あやかしの気配。惺嵐せいらん様だろう。しばらくいたようだが、やがて、気配が消えた。


 宿題をしていると、畑からお母さんが帰ってきたので、少し話をした。


 そしてまた宿題をして、おばあちゃんの家で昼ご飯を食べていると、おばあちゃんがニコニコしながら、「ミケちゃんからたい焼きをいただいたの。おやつの時間にみんなで食べましょう」と言ってくれたので、嬉しかった。


 宿題をがんばろうと思い、自分の部屋で机に向かい、集中していると、廊下を誰かが走るような音がしたため、シャーペンを机に置いて、ふり向いた。


 ちょうどその時、二人の着物姿の幼女が、ドアを通り抜けた。

 二人は今日も裸足だ。


「かざねちゃん! かざねちゃん! ひめのちゃんがきたの! あのねっ、なんかねっ、とってもかなしそうでね、きずついてるってかおなのっ!」


 椿柄の着物姿の幼女――ツバキが叫ぶ。


「そうなのっ! かざねちゃんっ! ひめのちゃんをたすけてっ!」


 猫柄の着物姿の幼女――ユズも叫んだ。


 胸がドキドキする。何だろ。嫌な予感がする。


「何処にいるの?」


「ちよちゃんちー」

「ちよちゃんちー」


 くわしい話を聞くと、ハリネズミが一緒だったから、姫乃が敷地内に入った時に、すぐわかったらしい。そして二人が家を飛び出して、泣きそうな顔の姫乃を見つけたのだそうだ。


 二人は姫乃をこっちの家に連れて行こうとしたんだけど、姫乃がものすごく不安そうで、どうしようって思っていたら、おばあちゃんが家から出てきたらしい。 


 それで、おばあちゃんの家に連れて行ったのだそうだ。


 ツバキとユズと一緒におばあちゃんの家に行くと、玄関に、ピンク色のトランクキャリーが置いてあった。昨日汚れを拭いて、家に上げたんだけど、一度外に出したから、またここにあるのだろう。


 トランクキャリーの上には、ピンク色のキャップ。

 靴を脱ぐところには、ピンク色のスニーカー。


 パタパタと、廊下を走る二人。あたしは急いで黒いスニーカーを脱ぎ、彼女たちを追いかける。


 二人は、居間のふすまを開けずに、中に入った。


 あたしは少しだけ緊張をしながら、ふすまを静かに開けた。明るい。


 掘りごたつに座る姫乃と目が合う。彼女の肩にはハリネズミ。そしてそばには、ツバキとユズ。


 畳の部屋は広くて、テレビやエアコンがある。奥に障子があり、今は閉まっているが、その向こうには細長い廊下と、ガラス戸がある。

 静かだ。


「……おばあちゃんは?」


 姫乃に訊ねると、彼女はゆっくりと口を開いた。


「えっと、お茶の用意をするって言ってた……」


「そう、昼は?」


「駅のコンビニでおにぎりを買って、食べてきた……」


「そう。一度は、自分の駅に帰ったんだね」


「うん、家にも帰った……」


 うつむく姫乃。そんな彼女に近づくツバキとユズ。


 心配そうな表情のツバキとユズが、小さな手を伸ばして、姫乃の頭を優しく撫でる。

 それでも姫乃は、顔を上げようとしなかった。


 あたしは静かに移動をして、姫乃の向かいの座布団に座り、足を下ろした。


「――で、連絡もなしにここにきた理由は?」

「……ママとケンカして、家出してきちゃった」


 掘りごたつを凝視したまま、あたしの問いに答える姫乃。


「そう……」

「ごめん……」


 ゆっくりと顔を上げて、謝る姫乃。


 ツバキとユズは、そんな彼女の左右に座る。


「……いいけど、親、心配してるんじゃないの?」


「うん……電話やメールがいっぱいきたから、スマホ、電源切った」


「そう」


「……あのね、ママにね、あやかし山のソウタって知ってる? って聞いたんだ……」


「うん」


「そしたらね、ママ、固まって、わなわなと震えてね、なんでその名前を知ってるの? って、あやかし山に行ったの? って、すごい顔してわたしに訊いたの」


「うん」


「だからね、今朝、行ったって話したの。あやかし山に行って、狐のソウタと話したら、ママに似てるって言われたって……」


「うん、それで?」


「ママがね、今まで見たことがないような顔で泣き出して……子どもみたいに、わんわん泣くの。わたし、イライラしたの。だって、わたしにはずっとあやかし山に行くなって言ってたのに、自分が行ってたなんて、裏切りだと思った」


「…………」


「わたし、ママがあやかしを見て、話してたなんて知らなかったし、今まで騙されてたって、ショックだったのはわたしなのに、傷ついたのはわたしなのに、ママの方が、悲劇のヒロインみたいな顔で泣くんだもん。だからムカついて、自分の気持ちをぶつけたあと、部屋にもどって、着替えとか宿題持って、家を出てきちゃった。だって、イライライライラして、壊れそうで、顔も見たくなかったんだもんっ!」


「……そっか。気持ちはわかった」


 さて、どうしよう。

 そう思った時だった。


 小さな音がした。そっちを向くと、ふすまを開けたおばあちゃんが見えた。足音に気づかなかったから、話が終わるのを廊下で待っていたのかもしれない。


 ツバキとユズは気づいていただろうけど、それよりも、姫乃のことが心配だったのだろう。


 大きなお盆を持ち、静かに居間に入ってきたおばあちゃんが、畳にお盆を置いてから、掘りごたつの上に、湯飲みに入った四人分のお茶と、お皿に載せられた四人分のたい焼きを並べて、「どうぞ」と微笑んだ。


「……あっ、あのっ、わたし、今日もここに泊まりたいです!」

「いいわよ」


 おばあちゃんはおだやかな表情で、姫乃に言ったあと、畳の上に置いていたお盆を持って居間を出ようとした。


 その時。


「ニャア」

 と鳴きながら、一匹の茶トラ猫が居間に入り、近づいてきた。


「きなこだ。おいで」


 姫乃が呼ぶと、トコトコときなこが彼女に近づいた。


 嬉しそうな姫乃がきなこを抱き上げ、もふもふし始めた。きなこは目を細めて、ゴロゴロと喉を鳴らす。


 幸せそうな一人と一匹、それを見て、ニコニコ笑うツバキとユズ。


 あたしはそれをしばらく見守ったあと、サクッ、ふわっとした甘くて美味しいたい焼きを食べて、温かいほうじ茶を飲み、ほっこりした。


 そしてそのあと、きなこが居間から出て行ったので、姫乃が「おやつー」と言って、たい焼きをモグモグ食べた。ほうじ茶も飲んで、「ふう美味しい」と言ってから、姫乃がこっちを向いた。


「――そうだ! プリシェイラさんに会ったよー。トゲッシュハリーが最初威嚇いかくしてたから、近づいてきてくれなかったんだけど、トゲッシュハリーに大丈夫だよって言ってたら、落ち着いてくれたんだ」


「トゲッシュハリー?」


 あたしが首を傾げると、「トゲッシュハリー?」「トゲッシュハリー?」と、ツバキとユズも同じように小首を傾げた。


「あっ、まだ言ってなかったね。無人駅に向かう途中でね、そうだ、トゲッシュハリーにしようって思ったんだ。かっこいいでしょ! あとね、スマホで調べたんだけど、トゲッシュハリー、メスだった!」


「メス……」


 あたしは呟き、ツバキとユズは、「トゲッシュハリー!」「トゲッシュハリー!」と大声で名前を呼びながら、パタパタと走り回る。


「――でね! プリシェイラさんと仲よくなったんだー!」


「そう、よかったね」


「うん!」


 元気よく返事をした姫乃が、再び口を開いた。


「――そうだ! あのね、ソウタのことなんだけど、年齢と、本当の名前はダメなんだよね? それは本人が話してくれるのを待つけど、ママが子どものころから生きてるとしたら、なんで大人にならないのか、ものすごく気になってるんだ……。大人になれないあやかしなのかな?」


「それぐらいは話してもいいかな」

 と、あたしが呟いた時だった。


「ツバキ、しってるー!」


 ぴょんと、小さくジャンプをするツバキ。


「ユズも、しってるー!」


 ぴょんと、小さくジャンプをするユズ。


「ちいさいほうがね、みんなにかわいがられるんだってー!」

 と、大声で言ったのはツバキ。


「ちいさいとね、みんなやさしいっていってたー。おかしとか、くだものとかくれるんだってー!」

 と、ユズも大きな声で言う。


「賢いなぁ」

 姫乃が呟き、ほうじ茶を飲んだ。

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