第五話 あやかし山の子狐ソウタと河童と共に、あやかしの隠れ里へ。

 無人駅で降りたのは、あたしと河童だけだった。

 人形のあやかしのプリシェイラさんに挨拶をして、早足で駅を出る。


 地面は濡れてるけど、雨は降ってないので、傘は差さない。


 あやかし山が見えた時、河童の足音が消えた。不思議に思い、ふり返ると、すぐそばで、河童が胸に手を当てながら、ガタガタと震えていた。


「どっ、どうしたの? 大丈夫?」


 聞いてから、キョロキョロと周りを見る。大丈夫、誰もいない。


「いやっ、あのっ、だっ、大丈夫です。あっ、あの迫力はくりょくある山が、あやかし山なんですね」


「迫力、あるかな? 小さい山だけど」


「はい! すごい圧を感じます。すごい、です。あそこまで行けるかな……」


「がんばろうよ。ここまできたんだから」


「はい! がんばります! がんばりますよ! 息子のために、父ちゃんがんばる!」


 おかしくなってる。大丈夫かな?


「行きます! 行きますよ! エイエイオー! 怖いので、マツリ様に会うまではそばにいてくださいね!」


「うん……知らないあやかしが急にきたら、警戒するだろうし……」


 それに、電車でお母さんにメールした。


 河童の事情を伝えて、一緒にマツリ様のところに行くと書いたし、重い物は家に置いてくことと、懐中電灯を持って行くから用意しておいてほしいこと、時間がもったいないから、河童はツバキとユズにバレないように敷地の外で待たせるということも伝えておいた。


 ホットケーキの材料があるってメールで教えてくれたから、それを隠れ里に連れて行ってもらうための対価にしようと思う。


 懐中電灯が必要だから一度家に帰るけど、あたしの家には座敷わらしがいて、敷地内に誰かが入ると騒ぐから、敷地の外で待つようにと河童には伝えて、急いで家に向かった。


 敷地の外で河童を待たせて、あたしはさっさと家に入る。


「かえってきたー! おかえりー!」

「かえってきたー! おかえりー!」


 黒いスニーカーを脱いだ時に、何処からか足音がして、朝と同じ着物を着たツバキとユズが現れた。裸足で。


「ただいま。でもすぐ出てくよ。マツリ様に大事な用があるから邪魔しないでね」


 あたしは早口で言って、リュックサックを下ろした。


「ええー!?」

「ええー!?」


 不満そうな声をスルーして、リュックサックから弁当箱と水筒を出す。


 あやかし山に行ったことがない二人には頼れないし、今はおとなしくしててほしい。

 そう思っていると、「スマホ」「スマホ」と声がした。


 リュックサックのファスナーを閉めてから顔を上げると、二人がずいっと片手を差し出した。小さな手だ。


「何?」


 あたしが首を傾げると、「スマホやりたい」「スマホやりたい」と彼女たちが欲求を伝えてきた。


 そうか、スマホか。お母さんに渡そうと思ってたけど、悪さをしなければこの子たちでもいいだろう。


 あたしもお姉ちゃんも、あやかしの隠れ里に行く時は、スマホを置いていくようにしている。


 携帯はおかしくなるからダメだって、おばあちゃんに言われたからだ。


 方位磁石もおかしくなるらしいけど、懐中電灯は大丈夫。


 あたしはポケットからスマホを取り出して、ツバキに渡した。


「ゲームしたり、動画を見たりはいいけど、メールと電話はダメだからね」


「はーい!」

「はーい!」


 二人は満面の笑みでよい子のお返事をして、何処かに行った。


 あたしが帰ったことに気づいたようで、お母さんが懐中電灯を持ってきてくれたので、水筒と弁当箱を渡した。


 懐中電灯を持って外に出る。傘はいらない。

 今は雨が降ってないし、傘があると邪魔になる。懐中電灯はまだ、つけないけど、山に入ればもっと暗いはずだ。


 うちの懐中電灯は防水性が高い。このスニーカーも。だからいきなり雨が降っても大丈夫。


 敷地から出ると、河童がおとなしく待っていた。


 あたしは「行くよ」と言って、歩き出す。


「はい!」

 ペタペタと、河童がついてくる。


「怖いなぁ。怖いなぁ」

 呟きながらついてくる河童が怖いんだけど、よけいなことは言わずに、あたしは進んだ。


 あやかし山を恐れているらしい河童と共に進むと、入り口が見えた。


 入り口には、お地蔵様。

 あそこから山頂まで、道がある。一本道だ。高い山なら大変だけど、低い山なので、歩いて三十分ほど。


 この山の中に、あやかしの隠れ里と呼ばれる場所がある。

 一度そこに行ったことがあるあやかしなら、この山に入った時に、里に行こうと思っただけで、行くことができるようなのだけど、あたしは人間だから無理だ。


 里に出入りできるあやかしに手伝ってもらう必要がある。


「ううっー、怖いですぅ」

 乙女になった河童をスルーして、あたしはさっさとお地蔵様の横を通り、山に入った。


 山に入ると空気が変わった。ひんやりとした空気。土の匂いが濃い。そして暗い。

 懐中電灯で、足元を照らした。


 隠れ里に住まないあやかしの多くは昼間、寝ている者が多い。

 誰か出てきますように、そう願いながら、やわらかい土を踏む。


「嫌な予感がしますぅ。怖いですぅ」

 すぐ後ろから、河童の声がする。


「うるさい。怖がると面白がっていたずらするあやかしもいるんだからね」

「それは嫌ですぅ」


 河童の乙女化が止まらない。

 その時、クスクスという笑い声が耳に届いた。

 あたしは立ち止まり、周りを見る。


 ポッ、ポッ、ポッと、青白い火の玉が浮かび、「ヒィッ!」と河童が悲鳴を上げた。

 クスクス、クスクス、誰かが笑う。

 こんなことをするのは、ソウタしかいない。


「ねえ、この河童がね、マツリ様に会いたいって言うから、連れてきたんだ」


「どうして? どうして。マツリ様に会いたいの?」


「息子さんがね、病気だから、助けてほしいんだって」


「ふうん、そうなんだ」


「だからね、あたしたちを隠れ里に連れて行ってほしいんだ。あとで、ホットケーキあげるから」


「ホットケーキ!? 食べる食べる!」


 元気な子どもの声がして、目の前に、一匹の小さな狐が現れた。山は暗く、光は懐中電灯と、狐の周りにプカプカ浮かぶ青白い火の玉が三つだけ。


 それでも、狐の毛並みがあんず色なのがわかった。瞳は、宝石のペリドットみたいな色だ。やわらかい緑色。


 ソウタだ。


 こういう時、あやかしって不思議だと思う。姿を現した時に、暗いとか関係なく、色がはっきり見えるんだ。


「ソウタだね?」

「うん、ボク、ソウタだよ!」


 ポンッと音を立てて、子狐が変化する。


 金色の短い髪と、ペリドットのような瞳の十歳ぐらいの男の子。頭にはピンッと立ったあんず色の狐耳。トンボ柄の浴衣姿で、足には草履ぞうり。もっふりとしたあんず色の尻尾がゆれる。


「ねえ、風音」

 名前を呼ばれて、顔を見れば、ソウタがニコッと微笑んだ。


「ボクね、風音が作ったホットケーキ、大好きなんだ! だからね、ホットケーキ作って!」

「うん、いいよ」

「わーい! ありがとう!」


 嬉しそうな顔で、ぴょんぴょんとジャンプをするソウタ。


「この河童も一緒に行くからね」

「わかった! じゃあ、手をつなごっ!」


 ソウタが小さな手を差し出すので、「あっ、ちょっと待って」と言ってから、あたしは懐中電灯を消したあと、手を出した。その手をぎゅっと、彼が握る。温かい。


 狐のあやかしも人間と同じく、水に濡れるのだけど、変化すると乾くので、面白いなと思う。


「河童さんも」

 そう言って、ソウタが河童に手を伸ばす。


「まだ子どもなのに、上手に化けられてえらいですねぇ。すごいですぅ」

 しげしげと小さな手を観察したあと、河童はソウタと手をつなぐ。


 三人で手をつないでいることが嬉しいのか、楽しそうに笑うソウタ。


「――行くよ!」

 可愛らしい声のあと、世界が変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る