第六話 惺嵐様に会って、ひゃあひゃあうるさい河童は、金魚のあやかしにキスされそうになる。子狐ソウタにホットケーキを。
――明るい。
ピンク色の光。
「ひょええええ!!」
奇声を発する河童に驚いたのか、ポンッと音がして、ソウタの手が離れた。見下ろせば、子狐にもどってる。
「もどっちゃった」
「……うん」
ここには苦手なあやかしがいるから、わざとな気がするけど、それは言わないことにして、あたしは
狐耳をピクピクさせて、もっふりとした尻尾をふる姿が可愛らしい。
「あのぉ、どうして花が浮いているのでしょう?」
河童の声がして、クスリとソウタが笑う。
あたしは立ち上がり、周りを見た。
ここは木造の橋の上だ。
夜なのもあるけど、ピンク色の光がたくさんあるからだ。
ピンク色にライトアップされてるみたいだけど、電気があるわけじゃない。
人口の光は、あたしが持っている懐中電灯だけ。
ゆっくりと顔を上げれば、たくさんの花が見えた。花のあやかしと呼ばれているそれらは、言葉を話すことはしない。
花のあやかしは朝や昼間、池の上にいる。朝や昼は光らないので、寝ているのかもしれない。
夕方になると池を離れて、空にプカプカと浮かぶんだけど、何をしてるのかはわからない。
そんな不思議な存在だ。
この橋の下は大きな池で、水を好むあやかしがよくいる場所だ。
ここが、この隠れ里の出入り口になっている。
ふっと、空気が変わった気がした瞬間に、「よよよ!」という意味不明な河童の声と、「あっ!
ヒシヒシと感じる。感じるのは気だ。とても強い力。
ゆっくりとふり向けば、少しだけ離れた場所に、背の高い男が一人、立っていた。
頭には、銀色の角が二本。群青色の短い髪と、神秘的な紫色の瞳。鼻は高く、肌は白い。
濃い藍色の着物をまとった美しい鬼が、こっちを見ていた。
彼はこの里の長で、名前は惺嵐という。
切れ長の目で凝視されたら、
機嫌が悪いわけではないんだけど、怖がる者が多いらしい。
ちらっと、あたしは河童に目を向けた。
カタカタと震えてる。
うん、まあ、弱そうだもんね。怖いよね。
このままだと河童がかわいそうなので、あたしはスタスタと惺嵐様に近づいた。
ここは惺嵐様の結界の中なので、知らないあやかしがくればわかる。彼なら、マツリ様がいる場所もわかるだろう。
あたしが惺嵐様の前に立つと、「どうした?」と、お腹の底に響くような低い声で訊かれたので、河童のことを話すことにした。
そこの河童が、何処か知らないけど、たぶん遠くから、息子さんの命を助けるためにマツリ様に会いにきたらしくてだから会わせてあげたいと伝えた。
なんかよくわからない山の名前を聞いた気がするけど忘れたし、まあどうにかなるだろう。
「そうか」
ポツリと呟いたあと、惺嵐様が姿を消したので、「ひょえ!?」とまた、河童が奇声を発した。
うん、まあ、驚いたのはわかる。初めて見たんだからしょうがないとは思うけど、この時間に、ここでひゃあひゃあ言ってると……。
「あらぁ。可愛い子がいるわぁ」
ほらきた。
空中を泳いでいるのは、大きな金魚のあやかしだ。ひらひらと優雅に尾びれをゆらしながらこっちにくる。その姿は美しい。
「きっ、金魚です! キレイですねぇ」
のほほんとしてる場合じゃないんだよ。
その金魚、ビクビク、オドオドするような、弱そうな男が大好きなんだ。
河童に会いたいって、昔言ってたし、好みだと思う。
「うふふ。うふふふふ。可愛いわぁ。お姉さんとキスしましょうねぇ」
「えっ? キス!? キスってあのキスですか!? いやいやワタスは、妻も子どももいる身なので、キスなんて、キスなんて!!」
「大丈夫よぉ。魚とキスするのは浮気にならないのぉ」
両手でくちばしを守り、うつむいて、いやいやと首を横にふる河童。そんな河童の腕や手に、チュパチュパと吸いつく金魚のあやかし。
昔、このあやかしから、河童とキスしたいって聞いた時に、金魚と河童ってどうやってキスするんだろって思ったことがあったけど、くちばしに吸いつく感じなんだなって、今思った。
実際目の前で、こういうのを見てしまうと、嫌だなって思う。テレビなら、チャンネルを変えるところだけど、それは無理だから、あたしはソウタを
――いた。
離れた場所にいるのは、金魚のあやかしがきたからだろう。ソウタは彼女が苦手だ。
でも、怯えると喜ぶって知ってるから、そんなことはしないと昔言っていた。
金魚のあやかしがいる時は目立たないようにしたり、うなったりしている。
尖った牙が怖いのか、金魚のあやかしは、狐の姿のソウタには手出しをしない。
あたしは早足でソウタに近づくと、温かい毛並みをもふもふした。
空気が変わったのは、もふもふに癒されている時だった。
パッとそっちに視線を向ければ、大きな橋の上に惺嵐様と、十歳ぐらいの少女、それから、紅い目をした真っ白なうさぎのあやかし――シロウサがいた。
十歳ぐらいに見える少女が、マツリ様だ。十四歳で時を止めたと聞いてるけど、もっと小さい子に見える。時代が違うし、
漆黒の長い髪と、漆黒の瞳。肌は透き通るように白い。華奢な身体を包むのは、手毬柄の着物だ。十歳ぐらいに見える。
「河童さん! 河童さん! あの子がマツリ様だよ!」
ソウタの無邪気な声に、「マツリ様ー!!」と大きな声を上げた河童が走り出し、そのまま両手を広げてマツリ様に抱きつこうとしたので、シロウサが「近いッピ!」と叫んでキックした。
吹っ飛んだ河童は無傷のようで、マツリ様の元までダッシュする。とは言っても、シロウサがマツリ様を守るように前にいるから距離があるんだけど。
「マッマッマッマッ!」
気持ちはわかるような気がするけど、言葉としては意味不明だ。
そんな河童に対し、ふわりと笑うマツリ様。花のような笑顔で、「大丈夫ですよ」と話しかけた。
その笑顔で身体の力が抜けたようになった河童はそのまま土下座をすると、「ある日、息子が倒れまして、熱が出て、呼吸が荒く、食べても吐いたりしまして、寝ても怖い夢を見るのかうなされてばかりでして、いろいろな医者に診てもらったのですが治らなくて、もうどうしたらいいのかわからなくて……」と、今までのことを切々と語り出した。
マツリ様は女神のような眼差しで、うんうんと
その間、シロウサは興味がないのか、毛づくろいをしていた。
話が終わり、「行きましょうか」とマツリ様がシロウサに声をかける。
「嫌だけどしょうがないッピ。子どもが苦しんでるんだっピッ」
そうぼやいたシロウサが、見る見るうちに大きくなった。
「さあ、この子に乗って」
「――えっ? マツリ様だけでなく、ワタスもうさぎに乗って、ぴょんぴょん行くんですか? マツリ様、ワタスは歩けますよ?」
「この子に乗って空を移動するのよ」
マツリ様の言葉を聞いて驚いた河童は、水かきがついた自分の手をじっと見た。
「不安です。不安しかないです。この身体は丈夫ですし、力も強いです。ですが……ワタス、河童ですし、ちゃんとそのもふっとしたうさぎに
「自信がなくても乗るんだッピ。もし落ちてもちゃんと
何処をどう銜えて運ぶ気なのかはわからないが、もしもの時は銜えて運ぶ気らしい。
それを知った河童があわあわしてると、「息子さんのためにがんばってね! 河童さん」と、ソウタが明るい声で言った。
「ううううううううう、はい! がっ、がんばりますっ! 可愛い息子が待っていますからねっ! お父さんはがんばりますよっ! がんばりますからねっ! 見ていてくださいねっ!」
息子はがんばる姿を見てないと思うんだけど、がんばるらしい。
グッとこぶしを握りしめた河童が、えいやとシロウサによじ登る。そのあと、「では、行って参ります」と、あたしたち声をかけたマツリ様が、ひらりとシロウサに飛び乗った。
「大変お世話になりましたぁ!」
河童の声を最後に、シロウサが動き出す。ぴょんっと大きく跳ねたあと、空中をぴょんっぴょんっと移動する。そして消えた。結界の外に出たのだろう。
「――行っちゃったわねぇ。とっても弱そうで好みな河童だったのにぃ。さびしいわぁ。でも、なんか必死だったし、可愛い我が子のためにここまできたって言うのなら、しょうがないわね」
あっ、金魚、忘れてた。
ふり向くと、大きな金魚のあやかしが、ひらひらと優雅に尾びれをゆらしながら去るところだった。
「じゃあな」
低い声音の方を向けば、もう惺嵐様はいなかった。あやかしって自由だ。
「ソウタ。あたしたちも帰ろっか」
「うん、ホットケーキ早く食べたい!」
「そうだね」
お腹が空いたな。
あたしとソウタは手をつないで、山道や歩道を歩き、家に帰った。もう夜だし、道路を走る車も自転車もなく、人もいなかった。
敷地に入るとすぐにツバキとユズがきて、ホットケーキの材料がおばあちゃんの家にあるって言ったから、あたしとソウタはおばあちゃんの家に行った。
夜ご飯が用意してあったけど、ツバキとユズとソウタがワクワクしながら見つめてくるので、あたしはエプロンをしてからホットケーキを作った。
♢♢
翌日、学校から帰ると、マツリ様とシロウサがいた。
「風音。河童の子の病気は治したから、もう大丈夫よ」
嬉しそうに話すマツリ様の言葉を聞いて、よかったなとあたしは思った。
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