第三話 あやかし大好き少女、姫乃とハリネズミ。それから河童。
高校がある駅に着いて、改札を出ると、「かざっち!」という声がした。
声の方を向けば、ポニーテールをゆらしながら、こっちに駆けてくる制服姿の少女――
頭の上にハリネズミが乗っているんだけど、何故そこにいるのかは、未だにわからない。目がくりくりして可愛いけど、しゃべらないし。
姫乃はぎゅっとあたしに抱きついた。
「ちょっと、やめて。恥ずかしい」
あたしはグイッと姫乃の肩を押す。彼女は背が低いから、ちょうどいいところに肩がある。
本当はかざっち呼びも恥ずかしいけど、言ったところでやめてはくれないのであきらめた。
「えー? 感動の再会なのにぃ!」
「昨日ぶり。それに、学校が終わったあとも、メールくれたりしてたよね」
「そうだけどぉ、かざっち、あまり返信してくれないからぁ。電話はものすごい大事な用がある時しかしないでって言われるし、SNS楽しいのにしないから、かざっちのことわからなくて不安ー」
「不安って言われても……学校で会えるんだからそれでよくない?」
「むぅ。大好きな友だちだからもっといろいろ知りたいんだもん。かざっちって、クールでミステリアスだけど、わたしには心を開いてくれてる感じがするし、もっと仲よくなりたいんだもん!」
「呼び捨てにしてって言ったから、呼び捨てにしてるし、他の子に教えてないことも話してるし、十分特別扱いしてるけどな」
そう言って、あたしは駅の出入り口に向かって歩き出した。
「あっ! かざっち待ってよぉ!」
姫乃が大声を上げながら追いかけてくる。
気にせずに駅を出て、黒い傘を差して歩道を歩いていると、ピンク色の傘を差して隣に並んだ姫乃が話し出した。
「嫌だよねー、梅雨ー。早く夏休みにならないかなー」
「その前にテストと体育祭があるけどね」
「うげー! 嫌だー!」
「そうだね」
「かざっちは中間よかったからいいよ。頭よくていいなー」
「別によくない。姫乃は英語が得意だからいいじゃん」
「外国には何度も行ってるし、英語は好きだけど、英語だけだもん。かざっちはどんな授業でも、先生に当てられたらちゃんと答えられるし、テストだってわたしよりよかったもんっ!」
「当てられたくないけど、当てられたら答えるでしょ。テストは、一応授業受けてるんだし、教科書もあるし、まあ、なんとかなっただけ。赤点嫌だし。っていうか、あたしと比べなくてもよくない?」
「だってぇ、比べちゃうんだもん! かざっちは背が高くてかっこよくて、男子にも女子にも人気があるし、勉強もできて、運動もできるから、うらやましくて、近づきたいんだもん!」
「妄想がひどい」
「いやいや、妄想じゃないから! かざっちに
「嫌だよ。そんな変態。学校の子を睨んだ覚えないけど」
「おまけに毎日遠くからきてすごいし。わたしなんて、あやかし山の近くの高校に通いたいって言ったら、みんなに反対されたよ!」
「……近くに高校ないけどね」
ボソッとあたしは呟いた。
姫乃があやかしあやかしうるさいのはいつものことなので、この辺りの人は慣れてるかもしれないけど、あたしの地元にはこんな人はいない。
遠くからあやかし目的できたとしても、こんな大声で話さないだろう。
「あやかし好きだから見たいのに、誰も一緒に行ってくれないし、そんなとこ行くなって言うから、高校が近ければ、親や友だちに黙って、こっそり行けると思ったのに……」
「その考えが危ないから」
「危なくないもんっ! ハリネズミにすっごく守られてるって、小学生の時に、霊感ある子が言ってたし。誰も信じてくれないけど、わたしはいるって信じてるもんっ!」
そう言ったあと、姫乃がいきなり立ち止まった。何事かと思い、あたしも止まる。
うつむく姫乃。
姫乃の頭にいたハリネズミが、濃いピンクのリュックサックに移動した。このリュックサックは、姫乃の母親の手作りだ。
傘に当たる雨の音。時々、道路を通る車が見えた。向かい側の歩道の紫陽花が、悲しそうな色をしている。
「あのね、小さい頃、家の前の公園に、ハリネズミがいたんだ。弱ってて、このままじゃ死んじゃうって思って、急いでママを呼びに行ったんだけど、そのあとすぐ死んじゃったんだ……その子だと思う」
「そっか……悲しかったね」
「……うん。ハリネズミって、警戒心が強くて、あまり人に馴れないらしいから、飼っても、捨てる人がいるんだって。日本で捨てられても困るよね。野生のハリネズミなんていなかったんだから。最近は、野生化してるところもあるらしいけど」
「うん……」
姫乃の悲しい気持ちに同調してるのか、とても悲しい気持ちになった。
その時。
「あっ、このままじゃ遅刻だ!」
叫んだ姫乃が歩き出し、あたしも並んで歩いた。
「あやかし山に行けば見えるようになるかもしれないから行きたいなぁ。できればお腹、もふもふしたいなー」
姫乃をスルーしていると、「ねえ、今度、かざっちの家に行っていい?」と言い出した。
今まで何度か言われたので、すべてお断りをしているんだけど、しつこい。
姫乃は知らないけど、あやかし山まで行かなくても、うちにくればあやかしが見えるようになる。
でも、そんなことを言えば、喜んでくるだろうし、姫乃がくれば目立つ。
あたしは目立ちたくないんだ。みんなに嫌われてたあたしに友だちができたとかってウワサが広がるのも嫌だし、不安しかない。
「むぅ。無言ですか。そうですか。うちに遊びにきていいよーって言ってもさ、遅くなるからって言うし、早く終わった日に誘っても、忙しいって言うし、じゃあ休みの日は? って聞いたら、遠いから嫌だって言うし、このワガママさんめっ! 参観日の時にかざっちを見てからママがすごいファンで、すっごく会いたがってるのに……」
あたしのファンとかおかしいし、ワガママはそっちだよ?
なんて思いながら、あたしは校門をくぐった。
♢♢
放課後。
頭の上にハリネズミを乗せて、当然のようについてくる姫乃と共に、あたしは学校を出て、傘を差しながら駅に向かった。
肌にまとわりつく生ぬるい風。濡れた土と草の匂い。
姫乃のおしゃべりを聞きながら歩いていると、「フッフッフッフッフッフッ」と音がした。
えっ? と思い、音の方を見れば、姫乃の頭の上のハリネズミが、背中を丸めて、針を立てていた。
ハッとして立ち止まり、周りを見回すと、反対側の歩道に、緑色の何かが見えた。
目が、合う。
黒い、ぎょろりとした瞳が、こっちを見てる。頭にはお皿、黄色いくちばし。うん、河童だ。
ツバキとユズよりは背が高くて、ひょろりとしている。
「ねえ、かざっち、何見てるの?」
ちょいちょいと、制服を引っぱられてあたしは姫乃に目を向ける。
「……何でもない。行くよ」
思ったよりも冷たい声が出た。あたしが早足で進むと、「待って!」と叫んだ姫乃がついてきた。
駅に入ると、電車がくるまで時間があったので、姫乃と一緒に椅子に座った。
たまに、ハリネズミが威嚇してるし、強い視線を感じるから、何処かに河童がいるんだろうけど、
姫乃も静かに読書タイムだ。
しばらくして時間になったので、「じゃあね」と言って姫乃と別れた。
「バイバイ! またメールするねー!」
大きな声が聞こえるけど、あたしはふり返らずに、改札を通った。
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