第77話
今僕は心が荒れている。
どうにも受け入れられない事が起きたからだ。
起きたことは仕方ないし、起きることを防ごうとしていたのだから受け入れて前に進むのが吉だろうが、今はまだ受け入れられない。
出来事が発覚したのはほんの数分前のことだ。
高ぶった気持ちを開放するのを我慢しながら優美ちゃんの居る公園へと向かったのだ。
しかし、居たのは山村だけ、
「お嬢様は風邪で寝込んでいる。ごめんなさい。と伝えてほしいとのことだった。まあ、風邪には気をつけろよ」
「…………おう……」
話はそれだけで終わってしまった。
風邪、確かに仕方がない。絶対にひかないようにすることはできるのはラ・マさんくらいだろう。
だが、僕はこの日のためにこの瞬間のために、急いで公園へ向かったのだ。
時は山村とあった更に数分前のことだ。
ラ・マさんの呼び出しに加えて、エネミーの出現をナビが知らせてきた。
まずは、エネミーを片付けてからと思ったが前日優美ちゃんと合う約束をしたことを思い出した。
3つの予定全てを満たすためにまず現場へと向かった。
向かった先では悔しいことに少し遅かった。
無駄な思考をしてしまっていた自分にムチを打って事態を解決させることに集中した。
結果、事態の解決は予定よりも早く終わり、ラ・マさんと会うまでに少しの余裕が生まれた。
そこで、変身が解除されるギリギリまで公園へと向かったのだ。
もし仮に会えたとしてもゆっくりと話すことはできなかっただろうがまた会う口約束ぐらいはできたはずだ。
しかし、それすらできなかった。
だから、今は商店街でナビと合流をしようと、商店街へ歩いている。
全速力で公園を目指していたからナビは現場に置いてきたのだ。
「あなたが二戸部勇気ですね?」
「え、はい」
ほとんど思考だけに集中して歩いて居た自分を現実に引き戻し、声をかけてきたのは見知らぬ女性だった。
「どなたですか?」
「そんなことはどうでもいいのです」
「どうでもいいってことはないでしょう」
自分としてはよっぽど今日の予定の方がどうにでもなれといった感覚なのだが、どうやら目の前の女性は名乗るつもりはないようだ。
そして、理由はわからないが僕の名前を知っていることは確かだ。
「ラ・マ様から聞きました。あなたが優秀だと」
「え、ラ・マさん?」
「ラ・マ様です」
自分の名前はどうでもいいと言うがラ・マさんの名前はどうでもよくないらしい。
どうにも不思議な女性だが、ラ・マさんが僕を優秀と言っていたというのは本当だろうか?
今までに一度もそんなことを言われた記憶はない。
それだけでなく、他の変身者についての話すら聞いたことがない。
一応ナビも変身しているが、ナビは僕と一緒に行動しているのだから話は別だろう。
「ラ・マ様が、あなたを、優秀と、言っていたのです」
「そうですか」
しかし、今からそのラ・マさんと会う約束をしているのだ。
ここで、例え始めて会った変身者であっても道草食っていたら何を言われるかわかったものではない。
「しかし、私はあなたよりも優秀で期待のできる素質があると言われました」
「そうですか」
別に能力の上下に今となっては興味はない。
できる限り多くの活動を無理なくすることが今の僕の課題だ。
それに、ラ・マさんと会った後は勉強をしないと今度はナビや両親まで怖くなってしまう。
返事だけしてその場を去ろうとしたが、女性の腕力は思ったよりも強く、今自分が女の子になっていることもあり、前に進めなかった。
「離して下さい。忙しいんです」
「あなたは学生でしょう? 忙しいことはないと思うのですが」
「学生も忙しいことはあります。自慢しに来たのなら満足でしょう?」
「いえ! 自慢しに来たのではありません!」
途端に女性は声を張り上げた。
「私は教えを請いたいのです」
「また今度で」
「今です。お願いします!」
僕は女性の必死さとしつこさで諦めて、
「わかりました」
と言ってしまった。
女性の様子から、ナビとは違い自らの意思でラ・マさんをラ・マ様と言っているのだとわかった。
この人は最初から女性だし、ラ・マさんに変身アイテムを授かっている。
その上、何故か僕と比較して優秀だとそそのかされたようだ。
そして、女性が求めているのは、
「説得?」
「はい」
僕は時間がないにも関わらず、パン屋へと連れ込まれてしまった。
買ってくれるのはありがたいが、
「そんな、時間のかかることは今日はできません」
「そこをなんとか、お金は払いますから」
「お金の問題では」
そう僕が言うと、女性は考えたようにして、残っていたパンを全部平らげた。
理由のわからない行動に自分は混乱したが、
「ふぃふぃふぁふぉふ」
を行きましょうととらえて席を立った。
「ふぉふぉふぉふぉふふぃふぃふぇ」
「すみません。食べてから話してもらえませんか?」
優秀だと言われたのだろうがどこかが足りていないような感じがする。
しかし、この憎めなさが優秀だと言ったのかもしれない。
確かに、僕は持っていない能力だ。
「そこのコンビニで今日万引きが起きます」
「わかっているならそこで止めればいいじゃないですか」
「どうか、見てて下さい」
「何でですか?」
「あなたは説得できたことも会ったのでしょう?」
それは事実だ。
ほとんど結果につながらなかったがそれでも両手では数えられないほどの量はやってきた。
「ええ」
「間違いを指摘してほしいんです」
「えぇ……」
「ありがとうございます」
「いや、今のは」
「来ました」
自分としては嫌だということを表現したつもりだったのだが、伝わらなかった。
その上に今日と言っていたからまだだと思っていたがもう来てしまった。
どうやら、高校生くらいのように見える。
「君!」
「……!」
そこからの女性は見事だった。
正直僕が指摘するような場所はないほどの話術だった。
そもそも、僕は口下手な方だからうまくいったことの評価を受けるほどではないのだが、しかし、比べ物にはならないだろう。
彼女は変身することなく、何故少年が万引きをしようとしたのか、その理由まで聞き出した。
最後には、
「私は君の友だ!」
「はい!」
泣きながら女性と少年が抱き合う姿を大衆が拍手して見守っていた。
最初は周りに人が居る中でどうやって変身するのかばかり気になっていた。
そもそもの能力が変身後に説得力が増すような僕やナビとは違うものの可能性も考えたが、そういうわけではなく単純に説得してのけたのだ。
一時は途中で抜け出すことも考えたが、その場に留まることを選んだ。
少年が盗みを行うことなく帰った行ったのを見届けた僕は、
「すごいねぇ!」
「どうしてわかったの?」
と野次馬に囲まれた女性と目があったことで、あなたは大丈夫だ。と伝わったと判断しその場を後にした。
商店街につくとむくれたナビが待っていた。
「ラ・マ様の相手するの大変だったんですからね!」
開口一番起こられてしまった。
「もしかして、もう終わった?」
「ええ、つい先程」
「じゃあ帰ろうか!」
「待ってくださいよ!」
僕はこれ以上あれこれ言われる前にそのまま真っすぐ家に向かって走り出した。
最近になってようやく生身の全速力のナビに全力でなら同じくらいの速さで走れるようになった。
後からナビに聞いた話だが女性は未だ一度も変身していないというのがラ・マさんが僕たちを呼び出した理由だった。
「こんにちは」
明くる日再び腕を掴んできたのは例の女性だった。
「今男なんですけどよくわかりましたね」
「私が知っているのは二戸部勇気ですから」
「そうですか、それでは」
「まだ話は終わってませんよ」
「い、痛い!」
昨日はされなかったが腕に力を込められた。
「なにするんですか?」
「今なら手加減する理由はないでしょう?」
「昨日びくともしなかったのはあれでも力を抜いていたと?」
「そうですよ」
一体どこにそんな力があるのかわからないが、もう僕に会う理由もまた女性にはないはずだ。
「今日は何ですか?」
「昨日のお礼をしたくて」
連れ込まれたのは昨日と同じパン屋だった。
昨日と同じく大量のパンを買っていた。
「お礼なんてされる覚えはないんですけど」
「そもそも、私の説得がどうだったかを聞いていないんですよ」
アイコンタクトで伝わったと思っていたが、それは僕だけだったようだ。
「どうだったかも何も僕が口を出せるところはありませんよ」
「本当ですか?」
「本当ですよ。僕だってあそこまで感情を振り動かせたことはないですよ」
そうだ。理性的に戻させることはできても、ほとんどうまくいかなかったのだ。むしろ、僕が参考にさせてもらいたいほどの大演説だったと思う。
「その言葉信じますよ」
「はい。大丈夫ですよ」
「……よかった……」
「何ですか?」
「何でもないです」
一瞬笑顔になった気がしたが気のせいだろうか?
「それで、お礼ですが」
「いいですって、いえ、正当な報酬を」
「報酬も何も僕は大丈夫って言っただけですし」
「それでは」
「わかりました。このパンでお願いします。このパンを報酬にして下さい」
「しかし……」
この状況から僕の説得の至らなさがわかると思うのだが、女性も必死なのかなかなか諦めてくれない。
「わかりました。パンと、あなたの名前を教えて下さい」
「名前?」
「はい。まだ聞いてません」
「そうでしたか。本当にいいんですか?」
「お願いします」
「…………わかりました」
困ったような、考えたようにしてから、やっと女性は納得してくれた。
「私はゆうです」
「え?」
「ゆうです」
てっきりフルネームを教えてもらえるのかと思ったが、そうではなかった。
「ゆうさん」
「ゆうです」
「ゆう」
「そう! ゆう。わかったかな? 勇気」
呼び捨てでないと気に入らないのか何度も言わせた挙げ句に僕の名前も呼び捨てにした。
その上、敬語でなくなった。
「このクロワッサン美味しいね」
突然全てが満たされたのかパンの話を始めた。
「そうですね」
たまたま、同じものを取っていたから会話ができたが、同意を求められ続ければ無理が出る。
「敬語やめていいよ」
「急にどうしたんですか?」
「け・い・ご」
「きゅうにどうしたの?」
「もう、欲しいものは手に入ったから。友達でしょ?」
言いたいことは理解に苦しむが僕もパンを買ってもらった仲だ。
友だちと言っても間違えではないだろう。
ゆうは不思議な女性だがそれでも能力は確かだ。
ゆうはこれからも昨日と同じく僕とは違うやり方で、僕にはできなかったやり方で問題と向き合い。解決を目指していくのだろう。
「何ぼーっとしてるの?」
「何でもないよ」
僕は笑って思考を悟られないようにした。
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