第75話

 オレは呆然と立っていた。

 いきなり広い空間にマヤと2人でやってきたと気づいたときには目の前には両手に刃物を持った男もまた目の前に立っていた。

 銃の説明書に書いてあったことが本物ならオレは今目の前の男を殺さずに拘束しなくてはならず、そのための銃のはずだ。

 しかし、銃を持つオレの手は自然と震えた。

 例え絶命させられないものだとしても人を撃つことになる。

 そんなオレの思考を知らないだろうマヤは、

「変! 身!」

 と声高に叫んだ。

 みるみる内に体が漆黒に包まれ出てきたときには見たこともない黒いドレスを着ていた。

 手に持っていたステッキが可愛らしいデザインからドクロをもした禍々しい見た目に変わっていた。

 きっと、俺に求められているものもあれだろう。そう思った。

 ガールフレンドは覚悟を決めたのだ。オレもまた心の準備をしなければならない。

 男は、

「拒否権はない」

 そう言っていた。

 彼ならばオレたちを法で裁かれることなく好きなようにできる力があってもおかしくない。

「変身!」

 マヤはいくら長くなったとはいえステッキしか持っていない。

 しかも見た目はただのドレス。

 同じ内容が書いてあったとしても刃物が肉を割く感触を味わいたくはない。

 想像しただけで気分を害する。

 しかし、オレが手に持つのはある程度離れていても当たれば気絶させられるものらしい。

 大事なのは当たればということだが、問題ない。

 相手は相手でただの人間非現実的な出来事を目の前にしても全く動じずにいられるわけではない。

 何を言っているかは理解できないがそれでもマヤに夢中でこちらの変化に気づいた様子はない。

 一発でいい。

「当たれ!」

 弾はまっすぐ刃物の男へと進んでいった。

 距離をどんどん詰めていったがしかし、胴体の直前で弾は空中で静止した。

「何で?」

 理由がわからず声が出たが、同時に男の動きが止まった。

「これでいいのか?」

 オレの言葉が合図だったかのように弾は床に落ち音を立てずに塵と化し消えた。

「た、多分。いいんじゃない」

 体もスーツのような見た目から普段のパーカーに戻った。

 マヤも同じ様にドレスではなくなった。

 これもまた書いていたことが本当ならば戦闘終了の合図らしい。

 すると、再びの落下感覚があった。

 今度は前回と逆方向。頭から落ちる姿勢になりながら、目で初めて捉えた蠢く何かに再び突っ込んだ。

 そして、頭から足へと何かが絡みついてくる。

 自分をこの場所から引き剥がすように、包み込むようにして黒に取り込まれていった。

 なんの前触れもなく現実に意識が戻ってくると同じような状況だった。

 目の前には今度は刃渡りが包丁の3倍、さっきの男の1.5倍の体格がありそうな男が立っていた。

 場所は前回の廃工場とは変わり、一面草に覆われた草原のような場所だった。

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