第74話
気がつくと真っ暗闇の中だった。
手をグーパーしたり、口をパクパクしたり、ジャンプしてみたりと一通り体を動かしてみたが問題なく動くことができる。
体の方には問題はないはずだが、しかし、何も見えない。
それどころかジャンプをした時も物音一つ立つことはなかった。
それなのに、バランス感覚が崩れてコケたり、暗闇の中の恐怖があったりするかと言うとそうではない。
もしかしたら、感覚器官がおかしくなってしまったのかと疑ったが、
「あ!」
という自分の叫び声は問題なく耳に届いた。
他にも足は地面を踏んでいる感覚はあるし、手を床につけることもできた。
「そこにいるの?」
その声で自分がここに来るまでに何があったかを薄ぼんやりと思い出した。
オレは地面に、それもコンクリートの道路に沈んでいった。
全て体が浸かってからは身動き一つ取れなくなり自分が生きているのかさえわからなくなった。
しかし、何故かそんな中でも呼吸は問題なくできたのか息苦しさを感じることはなかった。
そのまま地中に埋まったまま人生の終焉を迎えるのかと考えていると、突然の眠気に襲われた。
呼吸ができるとは言え、空気が薄いことは誰からしても明らかだった。
だから、理由は低酸素とかなんとか思うまもなく今に至る。
自分がどれだけ眠っていたのかも何によってこの明らかに地中とは別の暗闇へと連れてこられたのか理由はわからない。
だが、誰がこんなことをしたのかはオレでもわかる。
当然空中に姿を表した男。ラ・マ、そう呼ばれていた男のはずだ。
そして、その場に一緒に連れて言ってしまったがために、同じ様に連れ去られてしまったのが、さっき声をかけてきたオレのガールフレンドのはずだ。
「ああ、無事か? マヤ」
「ええ、そっちは?」
「何も見えないけど体に以上はなさそうだよ」
「そう。よかった」
人が居るというのがこんなに温かいことなのかと実感した。
ガールフレンドのマヤはオレの1人という心細さを一瞬で消し去ってくれた。
しかし、同時に申し訳なさと悔しさと自分の至らなさが自分の心を蝕んだ。
そんな、オレの自責の念に気づいたのか、それとも無言から察したのか、
「本当に大丈夫?」
とマヤは聞いてきた。
「ああ。大丈夫だよ」
「信じるよ?」
「うん。それより、ここからどうやって出るかだ」
「出られるの?」
「わからない」
もしかしたら、希望をもたせて絶望させてしまうだけかもしれない。
だが、可能性があるのに諦めてはもったいない。
今までは可能性すらほとんど取り上げられてきたのだ。
しかも、今は自分ひとりだけの問題ではない。
どうにかして解決する必要がある。
まずは合流しなくてはいけない。総判断したオレは、
「マヤ、動かないで、声を出していてくれないか?」
「何で?」
「まずは合流したい。出口を見つけても1人で出るんじゃん意味ないからな」
「わかった。あーー」
マヤは素直に言うことを聞いてくれた。
オレの判断が正しければ、声が聞こえる方向に歩いていけばまずは合流できるはずだ。
手を前に出して一歩一歩ゆっくり慎重に進んでいく。
マヤの声は近くから聞こえているはずなのに距離感がないからか時間は長く感じる。
すると、数十歩ほど歩いたところで何か柔らかいものに手が当たった。
それは、温かくきっと生き物だとわかった。
「マヤか? マヤなのか?」
「ああ」
「じゃあ外へ出るために」
「あ、いや、違うんだ。済まないね。私はロ・マというものだ」
「ロマ?」
「私は優しいからそれでも許してあげよう」
似たような名前をどこかで、という思考を最後まで続けることはできなかった。
なぜならそこで空間に明かりが灯ったからだ。
オレは反射的に腕で目を覆った。
光に目が慣れてくると目の前の存在が明らかにマヤでないことがわかった。
「あんたがロマか? マヤはどこだ?」
「こっち!」
声が聞こえたのは全くの逆方向、そして、マヤの前にはオレたちを沈めた男が立っていた。
そう。ラ・マだ。ついさっきまで思い出していたその名前で、目の前の女が似た名前をしている理由がわかった。
コイツラは同種の存在なのだ。
だから、声の聞こえる通りに動いていたはずなのに見当違いの方向に進んでいても気が付かなかったわけだ。
「一体オレたちに何をするつもりだ?」
「別にとって食べようってわけじゃないさ」
「なら」
「まあ、落ち着きなよ。2人同時に説明したほうが効率がいいし君もそっちのほうがいいだろう?」
それには俺も同感だった。
広々としたなにもない空間。まるで体育館のような場所の中央にオレとマヤは集められた。
目の前には若い男女の姿がある。
彼らの姿はどうにも形容しがたい。
わかることは美しいと誰もが思いそうだということくらいか。
やっていることがどんな手法を使ったのかはわからないが、拉致であることに変わりはない。
「オレたちに何するつもりだ?」
「そうよ! 別に美味しくないわ!」
「だから言っているだろう? 食べるわけじゃないと」
「なら、なら何をするんだ?」
「さっさと話しなさいよ」
オレたちは恐怖でおかしくなっているのか、さっきから同じことばかり言っている。
どれだけ父のそばにいても、いや、父のそばにいたからこそ、離れなかったからこそオレは今まで恐怖を父以外から感じたことはなかった。
しかし、体感的にはたった数時間ほどの間に新たな恐怖の対象を目の前にしてしまっている。
だから、どうにかごまかそうとしているのだと自分では判断した。
「何度言えば」
「姉さん。俺が話すよ」
「ああ、私は下がろう」
すると、ロマと言った女は忍者の様に煙を上げることもなくその場から消えた。
「またか」
それは、目の前に残ったラマと言った男を初めて見た時の現象の逆だった。
「話をしよう」
その言葉には今までの恐怖が嘘のように吹き飛ぶ何かがあった。
ラマと言った男はオレたちが経験してきたことの詳細を話し始めた。
人生のはじめから今まで、特に優美という少女を連れ去ろうとしたところから今までを重点的に話した。
その中には自分でも認識していなかった事もあったがほとんどは記憶にあることで事実だった。
次に、オレたちには拒否権がないことを丁寧に話した。
内容はわかりやすく、反論しようにも自分が心から納得してしまい口は開けど何も言えなかった。
そして、最後に、
「君たちの罪を償うチャンスを与えよう」
「チャンス?」
「そうだ」
そこで男が差し出してきたのは、オレには銃、マヤにはどこかでみたことのある気がするステッキが渡された。
「こ、こんなもんで一体何をしろっていうんだ?」
持ってみた感触としてはわからない。というのが自分の感想だった。
銃の本物なんて見たことがなかった。ましてや、これが本物かどうかの判断なんて知識のない自分にはできない。
そのうえ、マヤに渡されたのは武器になりそうなものではない。
確かに、人の頭を思いっきり叩けば痛いだろう。だが、確実に致命傷にはならない。何度も殴ればわからないがそんなすきを与えてくれるような人間が相手なのか、そもそもオレよりも背の低いマヤに渡すべきものではないだろう。
「使い方の説明は面倒だから紙に書いておいた。それを読めばわかる」
「紙なんて」
と言いかけたところで、自分から見えていなかった部分に紙が貼り付けてあった。
しかし、ここでも不思議なことでセロハンテープのようなものが使われている痕跡はなく、のりでくっついているわけではなかった。
指でつまむと簡単に取ることができたからだ。
同じ様にしてマヤも紙を取って広げている。
何やら機械の取扱説明書のようなもので事細かにこんな時は、あんな時はとQ&Aが書いてあった。
これではまるで玩具か何かのようだがしかし、ラマと言った男が現れたときにも確か、
「変身」
そんな声を聞いた気がした。
その時にちょうど男が現れ何も起きなかったが、あの時のことや二戸部勇気、クマ人間。
そこまで思い出して電撃が走った。
これはつまり、オレにも同じ様に返信しろということではないかと考えた。
紙に書かれたことを読む限り同じようなことができることが推測できる。
あらかた内容を読み終えたところで顔を上げた。横を見るとマヤはまだ読んでいるようだった。
「おい。使い方はわかったぞ、まだ何かあるのか?」
「いや、これで終わりだ。後は外に出たらわかるさ」
「え? 待って、私まだ読み終わってない」
マヤの言うことを無視して男は右腕を上げ手を前に突き出した。
すると、急に重力の向きが変わったように背中から落下の感覚が体を襲った。
男は変わらず床だった場所に立っているにも関わらず自分はどんどんと下へ下へと落ちていく。
そして、地面にぶつかることなく水のような粘ついた何かが体にまとわりついてきた。
視界を黒く染め上げるそれに抵抗できずに包まれていく。
背中からだんだんと体の腹側まで包み切ると瞬間世界の重力は戻った。
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