第70話
私はこれまでの出来事を深く反省している。
「待たせたな。山村」
「いいんだ。急な呼び出しだからな」
特に目の前の少年に対しては自分でも信じられないほどに冷酷で残酷なことをしたと思っている。
私が彼に対してしたことは決して許されることではない。
だから、個人的な自分の許しのための行動でしかないが、与えられることは与えたい。
「で、今日の用事って何?」
「そもそも、何故、タメ口なんだ?」
「それは、怪しい人間、例えば優美ちゃんに近づく見知らぬ男に敬語で話すか?」
「いや、話さない」
「そういうことだよ」
「今も変わらないのか?」
「もう、怪しくはないけど戻すのは面倒で、これが呼び出した理由?」
「違うよ」
どうも、最初の印象のせいで言葉遣いが決まってしまったことはわかったが、わざわざなみさんを通して少年を呼び出したのはこれを確かめるためではない。
「来て欲しいところがある」
「怪しいところじゃないよな?」
「そんなわけ無いだろう?」
どうも、怪しくはないが信用はされていないらしい。
「あっそうだ」
「どうかしたか?」
「優美ちゃんのお父さんからもらったと思うんだけど、返しといてちょっと使っちゃったけど」
手渡そうと少年が差し出したのは札束だった。
「ああ、それは無理だな」
「何で?」
「私もいつの間にかポケットに入れられていたが何度言ってもしらを切られるだけだった」
「へー。山村でも気づかないんだな」
「そういう少年は気づいたのか?」
「いいや、帰ってから気づいた」
「だろうな、私も今知ったことだ」
「けど、ナビは気づいていたみたいだよ」
「すごいな……」
獅童なみという少女は少年以上に能力の高さを隠している雰囲気はある。
が、それ以上になみという名前からナビというあだ名をつけるのは私の感覚ではよくわからないが彼らの関係の話だから口を挟むことではないと考えている。
「じゃあ、行こうか」
「おう」
旦那さまのプレゼントや自分へのタメ口の話で思ったよりも時間を使ってしまったがそれほど問題ではない。
それは、今日は休日、日も高く登る前の一日が始まったばかりのときだ。
少年はそんな時間からも父とトレーニングをしていると聞く、そんな彼なら喜んでくれるのではないだろうか。
「じーわいえむ?」
「ジムだ」
「ジムが何なんだ?」
「入ればわかるさ」
少年は、さっきまでののんきな態度から警戒心をむき出しにしたのがわかった。
それも無理はないだろう。見知らぬ場所では何が起こるかわからないものだ。
警戒することは生きるためにも大事な力。それを好奇心に流されず表に出せるのが彼のいい部分だろう。
「こんにちは山村さん!」
「こんにちは、紹介しようトレーナーの佐々木さんだ」
「佐々木です。よろしくおねがいします」
「よ、よろしくおねがいします」
「少年。強くなりたくないか?」
「なりたい。父にまずは、腕相撲で勝てるぐらいには」
「ああ、勝てるさ、佐々木さんと一緒ならな」
「約束しましょう」
少年は目を輝かせた。
きっとわかったのだろう。私の肉体秘密を理解したのだろう。
私も佐々木さんと出会ってから大きく変わることができた。
1人では限界がある。少年には父が居るがそれでも力比べをするのなら教えに手を抜くこともありえなくはない。
「金は私が払うから、ガンガン教えてもらうといいさ」
「おおぉ、ありがとう。山村!」
少年は佐々木さんとトレーニングルームへ消えていった。
これで許されるとは思っていない。
いつの日か追い越されることが怖い気持ちもある。
だが、今はこれでいいのだ。
「がんばれよ」
今できるのはこういうことだ。
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