第67話
父との関係の改善は僕としては驚くものだった。
「今日もやるか?」
「やる!」
父が連れて行ってくれるのは近くの公園だ。
広場があって朝なら人の数も少ない。
そこで父は僕のトレーニングに付き合ってくれる。
僕は父がどんな仕事をしているのかは知らない。
父が話そうとしないから、僕もわざわざ聞こうとしない。
でも、それでもいいと思っている。
「ここはこうだ!」
「こう!」
「違う! そうじゃない! こうだ!」
「こう!」
「違う!」
父は擬音が多く真似しているつもりでも父としては違うらしい。
そうじゃない。こうじゃない。ああじゃない。と違うところばかりだ。
しかし、トレーニングの相手をしてくれるようになってわかったこともある。
父は体を動かすことも鍛えることも得意らしいということだ。
「はい。1、2」
「1! 2!」
「3、4」
「3! 4!」
十分なトレーニングをしていると思っていたが、父が軽々とやってのけることがまるでできない。
特に、
「勇気! お前がそんなに体が硬かったなんて知らなかったぞ!」
というのが父の口癖になってきた気がするほどによく聞く言葉だ。
悔しくて、
「……!」
何も言えないが、事実だ。
父と僕の大きな違いの一つだと実感している。
それが柔軟が得意かそうでないかだ。
父は僕よりもガタイもよく筋力もあり、そして、柔軟が得意だ。
「ふん」
「ぬん~!」
腕相撲では未だに一度も勝てない。
「だめだ~」
変身さえできればという思考が頭をよぎるがその行動はもうできない。
このままではだめだとトレーニングの量を増やそうとした時は、
「むやみやたらに量だけ増やせばいいってもんじゃない。体が持たないぞ」
と怖い顔で注意された。
自分としては心当たりがあったため、そのとおりにした。
だからこそ、今の量を続けつつもどうにか少しずつの進歩を感じモチベーションにしている。
いくら若いとはいえ玄人には勝てないのは悔しい。
「まだまだ、若いもんには負けんよ」
時たまはにかみながら僕に言う父には腹立たしさと同時に悔しさばかりが湧いてくる。
だが、こんな日々も悪くない。
しかし、自分がやっているものが何なのかはさっぱり見当がつかない。
名前のわかるものを片端から調べてみたものの該当するものは存在しなかった。
ヨガのような空手のような太極拳のようなものなのにどれでもないようなもの。
「これは何?」
「俺流だ」
質問の返事はいつも同じ、一体何の俺流なのかはやはりさっぱりわからない。
もしかしたら、この謎の体操のトレーナーが父の仕事か? と考えたところで頭を振る。
ありえなくはないが推測でしかない。
自分はそこで答えの見つからない思考を辞めた。
父との関係が前以上に密になったことで気づいたこともある。
「よし行くぞ」
「え、うん」
「どうした? 元気ないな」
「いや、まだ朝だよ?」
「朝だからどうした?」
「朝だから眠いんだよ」
父は朝から元気だ。そして、日が沈むととたんに眠そうになるのだ。
それだけならいいのだが、
「まだまだ甘いな」
「そうかな?」
「そうだよ。ただし無理はいかん」
これで会話が終わったと思えば、
「俺も若い頃は無理してよく怪我したもんだ。怪我はよくないぞ」
「うん。気をつけるよ」
「そうだな。風邪も同時に気をつけないとな」
ここから、うんぬんかんぬんと言葉がとめどなく続いていくのだ。
自分からすればこんなにしつこい人間だったのによく今まではさっぱりしていられたなと言う印象だった。
しかし、だからといって別にふざけているわけではないようだ。
「父さんの収入は?」
と聞いた時は、僕がちょうど生身での活動からクマ人間の活動だけに移行していたときのように険しい顔になり、
「子供は家のことは気にしなくていいのだ」
と真剣に言っていた。
僕としては興味本位の質問だったためにそれ以上の追求はしなかったが、父のあり方が正しいのかはわからない。
そもそも、正しさは人それぞれの価値基準によるものだと思う。
だから、家はこれでもいいのかなというのが今の自分の結論だった。
僕は今日も父と朝日に照らされながら体操をしている。
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