第64話

 素敵なステッキなんてダジャレを僕が言う好きを与えなかったナビは、母の声が聞こえた瞬間、

「はーい」

 とさっきまで僕を叱っていたのが嘘のようにトーンの高い声で返事をした。

「いいですね」

「はい」

 再度、最後の釘刺しが終わったところで半分以上がナビの部屋になっている自室を出た。

 ナビが来て以来自分は自室で寝ていないため、部屋の雰囲気までどこか女の子チックに模様替えされている。特に部屋の色合いに顕著だった。

 家具は変わっていないはずだがそこに置かれている物々の色味が僕が使っていたときよりも明るめな印象を抱いた。

 別にいいのだけど、何かが気になる。別にいいのだけど。


 食卓につくとまず、父の顔が目に入った。一瞬頬を珍しくほころばせたように見えたが、それだけだった。ほんの一瞬の出来事で自分の見間違いを疑うほどだったが、帰ってきてからの母を思い出すと父もまた僕の親なんだなと思い起こす。

「いただきます」

 全員が席についてから食事を始めるのが家でのルールだ。

 おかずが個別に取られることは魚が四切れだけのときくらいで後は早いもの勝ちだ。

 しかし、今日は何やら遠慮しているのかどうも箸の進みが遅いのに気がついた。

「みんなどうしたの? 食欲ないの? 風邪とか?」

 そんな僕の心配を他所に皆首を横に振った。

「今日帰ってくるならもっと豪華にすればよかった」

 母は泣き笑いのようにそういった。

 つまり、ナビも両親も僕に遠慮しているのだ。

 僕がやっと帰ってきたからいっぱい食べられるように残そうとしているのだ。

 ナビが言うには僕は病院に入院にしている扱いだったはずだ。

 病院食はきっと質素なイメージなのだろう。だからこそ、今日は豪華なものを食べさせたいと母はそう思ったはずだ。

 そして、きっと、ナビは僕が本当はどこに居るのかを話していなかったはずだ。

 病院にいるとは聞いていてもどこ病院かも、会えるのかも、本当に生きているのかもわからない状態でナビの言葉を信じていたのだろう。

 両親に何かできないか、そこで僕は思い出した。しかし、気がとがめた。僕はナビと約束してしまったから。

 ふと、ナビを見るとその顔は笑顔だった。僕はいつもその顔に救われてきた。

「いいんじゃないんですか? もらったんですし、ちょっとくらい」

「そうだよね」

 僕はトイレと嘘を付き電話をとった。インターネットで電話番号とメニューを調べて注文をする。

 そのまま戻ると少し長かったからか声が聞こえたからか心配されたが、母の料理を平らげる。

 母の料理は今までは当たり前のように食べて気にしていなかったがとても美味しかった。

 僕としては、満足だった。

 温かさを発見することができたことが嬉しかったから。家族のあり方を見つけた気がしたから。

 ただ、それと同時に両親の気持ちも尊重したかった。

 ちょうど机の料理が片付いた時に家のチャイムが鳴った。

「僕が出るよ」

 と言って、出前を受け取る。

 誰が注文したかをごまかすためだが、直ぐにバレた。

「そんな金どこで……」

 両親はそう言いたそうだったがぐっと飲み込んだようだった。

 頼んだのが僕の好きな寿司だったからかもしれない。

 僕らはそこで楽しく話し合いながら、笑いながら久しぶりの家族揃っての夕食をとった。

 誰も遠慮せずにあるものを食べていく。

 普段のコミュニケーションの少なさが嘘のように話した気がする。

 僕の話、ナビの話、ステッキを没収された今はもういいだろうと話せることは話した。

 家族に打ち明けると僕は心が軽くなるのを感じた。

 いつも僕は一人で全てを解決するのがかっこいいと、そうあるべきだと思ってきた。

 でも違った。

 全てを自分でできる必要はない。誰かを頼れることもまた力だと知った。

 周りの人は温かく自分が思っているほど関係は希薄でない。

 表立って表現しなくとも繋がりは確実にそこに存在する。

 笑って話すことが少なくても、気にかけてくれているのだ。

 時には意見が合わずに喧嘩をすることもあるかもしれない。でも、それでもいいのだ。喧嘩をしたからといってそれで関係が終わるわけではない。

「ありがとう」

 ごちそうさまの後に僕は小さくそうつぶやいた。

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