第63話

「はあ~帰ってきた~」

 息から全てを吐き出すイメージで自分は長く空気を肺から出した。

「お疲れ様です」

「うん。疲れた」

 笑いながら久しぶりの制服を脱いでクローゼットへと戻そうとした時に自分の制服の両のポケットの異変に気づいた。

 片方にはあったはずのものがなく、片方にはなかったはずのものがある。

「え、え? な、ナビ。あ、ああ、こ、これは? 一体」

「え? 逆に気づいてなかったんですか?」

「いや、なんか重いな~とは思っていたけどこんな物が入っていたとは……」

 僕のポケットに入っていたのは現金だった。

 誰が渡したのかと言えば悟さんに違いないだろう。

「でも、なんで?」

「それがお礼ってことじゃないんですか?」

「ああ~ってならないよ!」

 それにこんなにもらっても使いみちも思いつかないし、

「じゃあ、返せばいいんじゃないんですか?」

「そうだね。今度山村に会ったら返すよ。よし、そうしよう」

「本当ですか?」

「本当だって!」

 僕も驚きと、多少の興奮でさっきまでの感傷が吹き飛んでしまっていることも自覚せずに、再度、

「大丈夫。返すから」

 と言っていた。

 しかし、自体はそれだけではない。

「いや、違うんだよ。確かにお金は驚きだけど、違うんだよ」

「違うって何がですか? 欲しい物がですか?」

 言葉で言わなければ伝わらないにもかかわらず言っていいものかと言うことだけを頭でウンウン唸ってから、

「ステッキがない」

 自分としては真剣に真面目に笑うことなく言ったつもりが、ナビは大したことではないように、

「私は持ってますよ?」

 と自分のポケットからステッキを取り出した。

「いや、違くて、僕のやつがないの」

「ああ~それはきっと、また、ペナルティですよ」

「え? 僕なにかしたっけ?」

「そりゃあしましたよ。人前で返信しようとしたじゃないですか」

 確かに、自分はルールを堂々と破ろうとした。したが、

「でも、あれはギリギリセーフでしょ」

「本当ですか?」

「だって、変身はしてないから」

「それを言うならラ・マ様が来ていなかったらしていたのでは?」

 ぐうの音も出なかった。

 あの時はラ・マさんが来てくれたからこそ変身しなくてすんだのだ。

 ギリギリアウト、という判定をくだされても文句は言えないか。

「私に聞かないでラ・マ様に聞けばいいじゃないですか」

「それは、さっきから、やってるんだけど、というかいつもストーカーのように聞かれてるんだけどうんともすんとも言わないんだよ」

「何かあったんですかね?」

「さあ?」

 自分にはわからないがラ・マさんが答えてくれないからナビに聞いたのだ。

 しかし、このことはこれ以上考えても仕方がなさそうだ。

 時間的にも母が夕食ができたことを教えてくれる時間が近づいてきたことなので、待っていようと思ったが、

「それより何より、お金もステッキも今の今まで気づかなかったんですか?」

 急に母が子に説教するような物言いになったナビに、

「…………はい……」

 と僕は肩をすくめて答えていた。

「全く鈍感にもほどってものがありますよ」

「そのとおりです」

「だいたい――」

 それから僕は母が夕食の準備が終わったことを知らせに来るまでずっとナビに説教されていた。

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