第62話

 家に着いた瞬間に全てが終わった感覚があった。

 何もかも、もう解決して自分はまた普通の生活を始めるそんな予感が脳裏をよぎった。

 隣にナビが入ることには変わりないのにそう思ったことから、頭を振って思考を吹き飛ばし、僕はドアを開けた。

「ただいま!」

 久しぶりの家の空気は心地よかった。

 ナビとともに玄関で靴を脱いで家に上がると母がやってきた。

「ただウッ」

 母は何も言わずに抱きついてきた。

 声は聞こえないが肩が震えているのがわかった。

 その瞬間僕は自分の勘違いを悟った。決して僕たち家族はただの一緒に住んでいるだけの、いわば同居人ではなかったのだ。

 家族だった。

 他の構成員の一挙手一投足を気にして生きていた。

 にもかかわらず、僕は希薄なコミュニケーションだけで家族という存在に疑いをかけてしまっていた。

 間違っていたのは自分だったって気づいた。

「…………ありがとう……」

 僕は母を強く抱き返し、感謝の言葉を述べたがその言葉は自分の意と反して震えていた。

 これが、自分が母を勘違いしていたと知った瞬間だった。

 きっと、僕がいなかった間心配をかけたことだろう。

 だが、それも言葉にせず人の温かみだけで感じ取った。

 母が満足するまで僕は母を抱きしめていた。


 やがて、気が済んだように顔を上げて、

「おかえり」

 と言った母の顔はすでに笑顔に包まれていた。

「ただいま」

 今度は途中で詰まることなく出した言葉で帰ってきたことを確信できた。

 少し不安感が強かった。

 自分がふわふわとしている感覚に襲われていた。

 どこか自分は実在していないのではないか? そんな感情が渦巻いていた。

 玄関を開けた瞬間に君の人生は終わりだと隣で誰かが告げてきて、視界がブラックアウトするんじゃないかそんな予感に苛まれていた。

 だが、今はもう忘れよう。

 僕はこうして、家に帰ってくることができたのだ。

 靴も脱いでいて、足がしっかりと床を踏みしめている感覚がある。

 母がリビングへと戻っていく背中を見送ってから僕は自室へと歩いた。

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