第59話

「さて、お礼を」

「お父さん。待って」

 悟さんの言葉を遮ったのは今度は本人の娘の優美ちゃんだった。

「どうしたんだい?」

「お礼は私にしてほしいの」

「え?」

 途端空気が凍った。

 優美ちゃんの誰も思いがけなかった言葉に皆混乱したのだろう。

「それはどういう……?」

 今まで基本堂々とした素振りを見せていた悟さんも動揺したように声が震えていた。

「そのままの意味。いいでしょ? 勇気さんも」

「え……」

 自分に視線が集まった。なんと言えばいいのだろうか?

 そもそも、自分が決める問題ではないのでは?

「あの、悟さん?」

「優美がそう言うならいいだろう」

「悟さん!?」

「なあ、明美」

「ええ、私も構いません」

 両親は娘の気持ちを尊重していると言えば聞こえはいいが果たして本当に軽く決めてしまっていいことだろうか?

「娘の命を救ってくれた少年だから」

「そうだな」

「ありがとう。お母さん! お父さん!」

 何故かもう決まりきったことのようなやり取りをしている佐藤一家を見ながら僕は未だウジウジと考えていた。

 ナビまで、

「折角のチャンスですよ」

 と言っている。

 しかし、

「勇気さん。これから、よろしくおねがいします」

「いや、それはできない」

「……え……?」

 自分の決断は断ることだった。

 反射的に答えてしまったわけではない。

 責任を持てないとかいう逃げ腰なわけではない。いや、その気持ちももちろんあるが、本題はそこではない。

「確かに僕は優美ちゃんと一緒に居たいと思っている。ただ、優美ちゃんも本心でそう思ってくれるならだ」

「私は思ってるよ?」

「うん。今は思ってるかもしれない。僕もまだ若い。人が言えばまだ幼いうちに入る。そんな僕よりも若い優美ちゃんは決める時ではないと思う」

 自分でも驚くほどに冷静な言葉だった。

 こんな状況は自分でも願っていたことだろうに、興奮して判断を誤ることだっておかしくない。

 現に今の自分が興奮からおかしなことを言っているのかもしれない。でも、自分の意思もはっきり伝えなければならない。

「わ、私は……」

「大丈夫。気持ちはありがたいよ。でも、今の気持ちがずっと続くわけじゃないんだ。どれだけ、強く思っていても簡単に折れてしまうこともあるから」

「私は折れない」

「なら、いつか、また、優美ちゃんが大きくなって、僕も大きくなった時にまだ、気持ちが変わっていなかったらそう言って欲しい」

「それなら、今でも同じじゃ……」

「うーん。そうかもしれないけど、まあ、今は別のものにしておいてほしいんだ。会うことはいいんですよね。悟さん」

「もちろんだとも」

 僕はその言葉だけでも本当は十分だった。

 また、あのときのように、優美ちゃんと笑って話し合える日が来たらそれ以上に嬉しいことはない。

「大丈夫だよ。会えなくなるわけじゃない。だから、会うたびに言ってくれたら僕の気持ちも変わるかもしれないよ?」

「わかった。毎日言う。私が勇気さんを説得する」

「楽しみだ」

 しみじみ思った。温かい。

 人は誰かに求められることが、認められることが一つの到着点なのかもしれない。と、そう思った。

「さて、話は終わったかな?」

「はい」

「うん」

 別々の言葉で悟さんに返事をした僕と優美ちゃんは悟さんの次の言葉を待った。

「じゃあ、お礼はまた別ということで」

「ねぇ、優美にあげさせましょうよ」

「え? もうちょっと話したいんだけど」

「いいじゃない」

 三度目も悟さんの言葉は、今度は明美さんに遮られて満足に話すことができなかったようだ。

 何やら、明美さんが優美ちゃん話をしているのが見えた。

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