第55話

 気がついたときには体にかかる自重が先程までよりも重くなっていることがわかった。

 服もヒラヒラしていない。ズボンをはいていて、制服が女物から男物へと変わったことを認識した。

 左手首の石がもとに戻っていることはないが、しかし、他の体の部位は自分の元のものに戻っていた。

「おぉ……!」

 なんとも言えない感慨が自分を襲った。

 今までクマ人間になることは幾度となくあったものの失われた自分の体が戻るのは始めての体験だった。

「これで、どうだろう。悟」

 うんうん、とうなずきながらはにかんでいる悟さんは今の状況が訪れることをあくまで狙っていたようだと思われた。

「いいよ。君が二戸部勇気だ。そして、娘を救ってくれてありがとう!」

「私からも、ありがとう」

「い、いえ、そんな」

 優美ちゃんの両親どちらにも感謝されて自分は戸惑ってしまった。

 色々なミスを犯し、人からの信用がどん底まで落ちたような人間でそれでも必死に行動したけどやっぱり、アタリマエのことで……

 そこまで考えたところで、ナビが、今度はいたずらではなく知らせとして脇腹をつついた。

「いいんですよ。こういうときはパーッとやれば」

「そっか、どういたしまして!」

 笑顔でその言葉を発したときはとても嬉しかった。

 やっと何か人に認められることをできたような感覚だった。もちろん、人に認められることが全てではないしゴールでもないが、それでも、嬉しいことに変わりはなかった。

「ナビ、優美ちゃん! 戻れたよ!」

 僕は安心してそんなことを口にした。

 しかし、さっきまでの優しさが嘘のように、

「ちぇっ」

 というのが、2人の反応だった。

「ひ、ひどくない? 元に戻れたんだよ? え、ひどくない?」

「よかったですね~」

「そうですね。私も心配してたんですよ。これで安心です」

 優美ちゃんの言葉もナビの言葉も自分には明らかに心のこもっていない言葉だということがわかった。

 なんで? どうして? 一般大衆的には僕は男に戻らないほうが良かったということか?

 僕の思いはよそに、ラ・マさんは悟さんとの談笑を辞め、優美ちゃんとナビに何かを言っているようだった。

「大丈夫だよ。そのうち……」

 そこから先は聞こえなかったが自分の身に何かが起こることを言っている予感はあった。

 理由はラ・マさんの言葉が終わるや、優美ちゃんとナビのランランと輝かせている目が僕をとらえていたからだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る