第48話
「呼び出したのは他でもありません。少年と話がしたかったから」
「あ、大丈夫だよ。だいたいのことはラ・マさんから聞いたから」
「いえ、あなたを少年として認識しますが、まだきっと聞いていないことばかりのはず! ぜひ、聞いてください」
今の山村は今までのどこか異質な存在ではなかった。
1人の人間、1人の存在としてそこに居るように感じた。
「わかった。聞くよ」
「では」
山村が力を欲するようになったのはクマ人間の噂が大きくなってからのことらしい。
それ以前は、仕事になれることや、目の前の仕事。つまり、仕事のことだけを考えて生きていた。
その理由は優美ちゃんの両親が海外を転々としていることにあった。
娘をほっぽりだしたくてそうしているわけではない。そのことは山村の熱い言葉から伝わってきた。
だからこそ、山村を雇っているのだし、他にも、家にはお手伝いさんのような存在も居るのだと山村は言った。
しかし、だからこそ、優美ちゃんは孤独を拭えなかった。
周りと違って両親と一緒に過ごしていない。暮らしていないことは年齢的にも恥を感じ始める時期だった。
例え一月に一度会えるからといって、やはり、やすやすと解決できる問題ではなかった。
そのことに、気づき悩み始めたのがちょうどクマ人間の噂が広まり始めた頃であり、山村が自分の仕事になれてきた頃のことだった。
そのうえ、優美ちゃんの父に同行した時に見た。超常の力の存在。そんな物を見せられたならば、人は心を奪われると山村が言った。
そう、山村は解決策を力だと思った。力があれば優美ちゃんの悩みを解決できると踏んだ。
だから、力を欲した。そのために肉体を鍛えて人としてはかなりの運動能力を得ることができたと自負しているらしい。
自分磨きに専念してしまったために優美ちゃんを外に出してしまった。というのが、僕と優美ちゃんが出会えた理由だということだ。
優美ちゃんがあの時間に、自分とあっていた頃に公園に居た時間は、山村が目を話している時間と直結だった。
そして、そのことに気づいた山村は誰にも内緒で婚約者を立てた。
それが、僕を押し倒した例の少年。名を狩屋太郎と言うらしい。
その少年の存在、そして、山村自信の実行動によって二戸部勇気の評判はガタ落ち。これは、力を持つことを証明する。
この程度のことで折れるようなものならば私のほうが優れているということを示そうとした行動だったということだ。
「このときは本当に済まなかったと今では思っている」
「いや、大丈夫だよ。僕は乗り越えられたから」
「やはり、君は私よりもすごいらしい。だからこそ、選ばれたのだろう」
何度も聞いたようなその言葉が山村の口から出た。
僕は実際に感じたことを話の最中だが切り込むことにした。
「山村、比較はやめたほうがいいと思う」
「そうか」
「うん。僕もわかったんだ。上には上がいる。僕はこれでもナビにかなわないから」
「……!」
一瞬驚いた様子を見せた山村だったがしばらくすると納得したように、
「確かにそうらしい。比較はやめる。覚えておこう」
そう言って、話を再開した。
力を欲した理由は確かに優美ちゃんのためだった。そして、嫉妬から出た行動を悪かったと考えられるようになったのはつい最近生身の山村が黒服集団にやられたことからだった。
その時、狩屋太郎は逃げ出し、未だ連絡はつかないままだという。
黒服集団は少年には興味を全く示さなかったために、捕まったということはないだろうというのが山村の見解だった。
僕はここまでで、ほとんどのことを知った気になっていた自分を後悔した。
だいたいのことはラ・マさんから聞いた。しかし、それは、あくまでも、ラ・マさん視点の情報と自分の視点の情報を組み合えわせたものに過ぎなかった。
その程度のことで全てと言わずともほとんどを知った気になっていたのは調子に乗っていたとしか言えないだろう。
そして、今まで僕は山村をただの恨みの視点でしか見ていなかった。
倒れていた山村を心配していたのは嘘ではないが、しかし、心の底から同情していたかと言えばそうではない。
心のどこかで、ざまあみろ、と思っていたと指摘されれば否定はできない。
そんな存在だったが、彼もまた自分と同じ人間であり、悩み苦しんで今を生きているということを知ることはできた。
自分が受けた仕打ちを全て許すことはできなくとも優美ちゃんと関わる以上悪い関係でいたいとは思わない。
「こんな、自分の話をしたからと言って、許してもらえるとは思っていない……だが!」
「大丈夫だよ。僕はもう山村も受け入れるから」
「ありがとう。ありがとう」
そこで、初めて山村は涙を流して膝から崩れ落ちた。
僕は今まで見たことなかった人としての強者の弱い姿を見てやはり、人間だ。そう思った。
僕らは弱い存在で、だからこそ、人の助けが必要で、それを受け入れる心や頼む勇気も必要なのだ。
どんなに努力しても手の届く場所には限界がある。
協力してこそ自分の届く距離は広くなるのだ。
彼はラ・マさんやロ・マさんにとっての特別ではないかもしれないが、人のために行動できる人間だ。
「一応、今のままならいいんじゃないか、ラ・マさんに聞いてみるよ」
「そ、そんな、手間を」
「いいよ。時間があればだから」
泣き崩れたまま顔だけ上げた彼の遠慮を振り払い自分は言葉を続けた。
「山村は頑張ってる人だよ」
「……」
俯いてしまい。返事はなかったが、悪いことを言ったとは思いはない。
自分も精一杯の笑顔で天を仰いだ。
もう、日はだいぶ傾いているが、まだまだ、一日が終わるには早い時間だった。
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