第46話

 気づくと僕らは家までもう少しというところまで来ていた。

 ナビは未だ、興奮が冷めないでいる。

 顔の活力は今までに見たころもないほどだった。

「これでいつでも一緒ですね」

「うん」

「私は、見ているだけが辛かったんです」

「なるほど」

「だから、一緒にっていうのが、とても嬉しくて」

 その言葉は心を読めない僕にも真実だとわかった。

 人の心は究極にはわからないと僕は思っている。

 きっと、僕の心の声が聞こえているナビやラ・マさんだって、僕の真意や全てを聞いているか、見ているかといえばそうではないのだろう。

 あくまで、聞こえているのは心の声だけ。

 耳の良さが少し拡張されたようなものだ。

 そう考えればあまり怖いことでもないような気がする。

「これで、今まで以上にナビのことを頼れるね」

「はい、もう無理はさせません」

「ありがとう。心配かけたね」

「いいんです。過去のことは、もっとこれからを見て生きていきましょう」

「そうだよね」

「はい!」

 ナビは強い。

 変化に耐えて、これからにも希望を見出して生きている。

 泥棒だったことも記憶にはあって、苦しむこともあるだろうに。

 そして、僕は本当に色んな人に心配をかけた。

 自分の身を粉にする事くらいならなんてのは嘘だ。

 自分のことを他人が自分のことのように大事に気にかけてくれていることだってあるのだ。

 自分だけで生きている人はいない。

 自分の力で生きようという努力は必要でも人はいろいろな人と関わって生きている限り、1人だけでは生きられない。

 関わってきた人の中にも自分の存在があり、いなくなればその人を傷つけることとなる。

 自分さえ良ければいいというのは、自分を犠牲にすることでもあり、他人のことを考えないことでもある。

 そうなったら危険だ。どんどん周りが見えなくなっていって、人の話も聞けなくなって、それでも行動を続けてしまう。

「大丈夫ですか?」

「あーごめんごめん。考え事してた」

「わかってますからね。何考えてるか」

「うん。あんまり、自分だけで抱え込まないように気をつけるよ」

「信じますよ」

「信じて」

 僕はそうして、ナビと始めての指切りげんまんをした。

 下手したら、本当に針千本飲まされるかもしれないため気をつけようと自分の心にも刻み込んだ。

 ナビの手は温かく人の温かみのすばらしさを実感した。

「ああ」

 外の世界に目を向けてみれば、少しずつ葉は色づいている。

 これからの、寒さに備えているからだ。

 そして、まだ、大地を照らしている。太陽も今日はもう少しで役割を終える。

 上にある間も下にある間も、どこかに対して働いている暖かな存在は僕の心もまた温めてくれる。

 秋になり空気は冷たくなってきたが、それでもこの世は温かみにあふれている。

「た」

「ちょっと待って下さい」

 家に着いた途端にナビが静止した。

「何?」

「いや、今入ったら、誰? ってなりません?」

「あ」

 自分としても忘れていた。

 自分が今、本来の姿ではないことを。

 空想の中ならば自分は、獅童ゆう、だとナビが示してくれていたが、今の様子だと現実にはそんなものはないらしい。

「ど、どうしよう!」

「ちょっと静かにしましょう。気づかれちゃいます」

「そ、そっか」

 そこで、今度は、電子音が家の玄関の前で鳴り響いた。

 ラ・マさんなら、直接心に話しかけてくるだろう。

 そこまで考えて、

「誰?」

 と聞いたが、

「しっ」

 ナビは僕に対して、唇の前に人差し指を立てて静かにするように指示を出した。

 僕はそのことには素直に聞いたが心の中は自由だ。

(ナビ、スマホ持ってたのか)

(というか、連絡してきたの誰だ?)

(僕でもナビの連絡先知らないのに)

 心のなかでぶーたれるだけでなく、頬をふくらませることで不満であることをアピールした。

 しかし、ナビはそのどれにも動じず、応じず。

「もしもし、はい、あ、はい、今ですか? はい、大丈夫です。はい、あ、はい、わかりました。今から行きます。それでは」

 と電話に応対していた。

「誰?」

「そんな嫉妬しないでくださいよ」

「してない! 誰?」

「山村さんです」

「山村!?」

「はい」

 なぜ、なぜ、山村はナビの連絡先、それも電話番号を?

「というより、ナビスマホ持ってたのか!」

「持ってましたよ。ずっと」

「そんな、知らなかったよ~」

「ラ・マ様からもらったんです。あると便利だろうって」

(それなら、ラ・マさん教えておいてくれよ~)

 そんなことを考えつつも何も山村が考えなしに電話番号を交換したり、連絡してくることはないだろう。

「なんの要件?」

「勇気と一緒に来てくれ、って言ってましたよ」

「場所は?」

「いつもの公園でって」

「えーなんで、山村なんかのために行ってやらなきゃいけないんだよ~」

 気乗りしないことを隠そうともせずに僕はぶつくさぶつくさ、愚痴を止めなかった。

 しかし、

「優美ちゃんも居るようですよ?」

 その言葉だけで、

「よし行こう!」

 僕の気持ちは切り替わった。

「ナビの連絡先は全部終わったら教えてもらうからな!」

「わかりました」

 ナビはその時嬉しそうな悲しそうな顔をしていたが、それを特に追求することもなく僕は家に入ることなく、家を後にした。

 自分の体や存在をどう説得するかを先延ばしにして空想の朝と同じ様にナビを追いかける形で全力疾走した。

 しかし、現実はそう甘くはなく、体は軽いもののどうも前に進んでいる実感が薄かった。

「だ、大丈夫ですか?」

「だ、だめだ。全然ダメダメ」

「おぶりましょうか?」

「…………」

 僕は深く考え込んだ。

 正確には現実逃避の言葉を思いつこうと必死に頭を使った。

 自分の中にはそんなものは存在しなかった。

 気持ちがごちゃまぜになってはいるがここは考えても仕方がない。

「お願いします」

「わかりました」

 僕は女の子の姿で女の子におんぶされて移動している。

 男のときにも追い抜くことはできなかったのだから、ナビのほうが能力が高いのは当然なのだ。

「はあ、現実は甘くないな」

「ラ・マ様は回復力もイメージ次第って言ってましたよ?」

「じゃあ、僕の想像力不足か」

 羞恥と悔しさと、その他様々な感情が僕の肩に乗っかった瞬間だった。

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