第30話

 僕は人生をなめていた。

 甘く見ていた。

 だから簡単に折れてしまった。

 人の言葉に、行動に簡単に流されてしまった。

 しかし、人の情動はそこまで簡単に完璧にコントロールできるものではない。

 その証拠に、

「おはよう」

「おはよう」

 と挨拶をすれば返ってくる。

 結局は自分なのだ。自分がどうあるかなのだ。

 他人にどう見られているか、他人が同自分を判断しているかなんて考えたってわからない。

「わかりますよ」

「ナビやラ・マさんは別だ」

 僕の心が全て聞こえている。

 筒抜け状態だ。

 だが、普通人対人の会話は相手が自分を馬鹿にしていても、尊敬していても見えないし、聞こえない空間での出来事のため気にしないことが多い。

 自分はそれを気にしていた。

 意識しすぎたことが現実になってしまった。

 そうでないといけないという勘違いを生んでいた。

「手伝ってほしい。ナビ」

「はい。私はサポーターですよ」

「ありがとう」

「当たり前じゃないですか」

 ナビはそうして優しくほほえみを返してくれた。

 僕にはなにもないわけではない。

 力を貸してくれるものがいる。

 時間はまだある。

 動くのだ。足を体を、口を、前のようにがむしゃらに無理をするんじゃない。

 動ける範囲で、無理のない範囲で、現実逃避とするわけではなく、行動する。

(目覚めたね。今なら大丈夫だろう)

 久しぶりの心への直接介入による不思議な感覚を味わった。

 僕は久方ぶりの優しい光りに包まれて、商店街でもない。自分の家で場所を移された。

 ついたのはやはりラ・マさんの謎の店だった。

「どうして?」

 早速僕の代名詞質問が口をついた。

「実はいつでもどこでもできたんだが、心構えが必要かと思ってね」

 そう、ラ・マさんの優しさだったのだ。

 僕はやはり多くの人の優しさの中で生きている。

 きっと、脳が備える必要があると考えてくれてのことだろう。

「ありがとうございます」

「いいのさ、これは俺の考えだ。今の君なら耐えられるだろうと思っただけだ」

 その言葉が嬉しかった。人の温かみは自分が意識するかどうかの問題なのだと思えた。

「さて、今日呼び出したのは他でもない。危険の増加だ」

「そうなんですか?」

 自分には実感がわかなかった。しかし、ここ数日の自分は狂っていたことは認めなければならない。

 自分の感覚ではそうでなくとも、ラ・マさんが言うからにはデータが有るのだろう。

「その通り、実際にどうも君の生活圏の近所で事件の発生が増えている」

「僕が頑張ればいいんですね」

「いや、そうじゃない」

 当たり前のことと思っていったことは外れていた。

 悔しいがこれは自分の実力不足を指摘されているわけではないことはわかった。

 今は自分が責められているときではない。

 ラ・マさんは間を置いてから再び話し始めた。

「実は、最近の連絡を取れていなかったことにも関係がある」

「調査をしてたんですか?」

「それもあるが、あるものを作っていた」

「あるもの?」

 気になる響き、心が強く惹かれるそんな響きがその言葉にはあった。

「それは…………これさ」

 目の前に現れたのは明らかに武器、それも剣のたぐいのものであることはゲームでしか剣を見たことのない僕でもわかった。

「これ、凶器ですよね」

「なに、人を殺せってんじゃない。試しに俺を切ってみるといい」

「え?」

「だめですよ。体は大事にしないと」

「落ち着くんだ。ナビ、大丈夫。これは俺の作ったものだ」

 僕は、不思議な力で宙に浮く剣を手にとった。

 トレーニングをサボっている自分にとってはひどく思い代物だった。

 しかし、ギリギリ両手を使えば持ち上げられないほどではなかった。

 そして、僕は重い剣を不格好に構え、ラ・マさんへと切り下ろした。

 結果は驚くものだった。

 明らかに鋭い刃であるはずの僕の両手に収まる剣はラ・マさんに傷をつけることができなかった。

 確かに切った実感はあった。いや、正しくは当たった実感かもしれない。

 しかし、それは、決して無傷でいられるほどのものではなかったはずだ。少なくとも血が流れてもおかしくはないものだ。

「どうだい。驚いているようだけど、仕組みはわかったかな」

 何事もなかったかのように話し出すラ・マさんを僕は幽霊に話しかけるつもりで問い返した。

「どうして無傷なんですか?」

「あー。伝わらなかったかー」

 と、残念そうにしているが、僕としては何をどうすればいまので理解できると思ったのかが理解できない。

「じゃあ、自分に突き立ててみるといい」

「だ、だめですって」

「落ち着きなよ。そんなに危険なものじゃない」

「でも」

「大丈夫だよきっと。だって、ラ・マさんの作ったものだ」

「そうですけど」

 僕が無理したことを引きずっているのかやけにナビが敏感になっているように思える。

 その不安を払拭するためにも強く、勢いよく、僕は足めがけて剣を突き立てた。

 やはり、今度も当たった感触があった。そして、目を見開き続けることができた。

 よく見てみると、ギリギリで剣と肌が触れていないように思える。

 これでは誰にも危害が加えられないが、それどころかただの重りではないか。

「こんなのなんの役に立つんですか?」

「まだ、わからないか」

「わかりません」

「じゃあ、仕方ない。説明しよう」

 最初からそうしてくれと僕は思ったが、バレていることを知っているため口には出さずに黙って話を聞いていた。

 どうやら、この剣は人の悪意を切るものらしい。

 今までは、軽いものなら話しかけるだけで諦め、重いものは実力行使で止めてきたが、この剣を使えば気持ちを切ることができるため本人の体へのダメージを与えずに解決することができるとのことだった。

 ちなみに、名前は「ヤミの剣」と言うらしい。どうも、おかしなネーミングな気もするが、左手首の石にも、変身した後の自分にも今まで特別名前がなかったのだから、あるだけマシだと考えることにした。

「これは、俺からのプレゼントだ」

「プレゼント?」

「そう、君は苦境を乗り越えたようだ。そのプレゼント」

「ラ・マさん……」

 ラ・マさんはただ、自分を信じて見守るという選択をしていただけだった。見捨てたわけじゃなかったのだ。僕はそう感じた。

「そして、君のブレーキでもある」

「ブレーキ?」

 僕にはその言葉の意味がわからなかった。

 武器は攻撃するもののイメージしか僕にはなかった。

 武器とブレーキではダジャレでもないだろう。

 そのため、ラ・マさんの言葉を待った。

「君は無理しすぎた。それを止めるためのものでもある」

「……?」

 やはり、よくわからない。確かに危険を犯してだめになればラ・マさんにとっても面倒なのだろう。とはいえ武器でブレーキって一体?

「まあ、いいさ、わからなくても。使ってくれれば」

「え、でも」

「まだ何かあるのか?」

「ええ、ヤミの剣持ち歩けないですよ」

「その辺は大丈夫。俺が何も考えてないと思うか?」

「いえ」

「じゃあ、今日はこの辺で、またな」

「はい、また」

 次、直接会うときはいい知らせができるといいなそう思った。

 戻ってくるなり、

「私は一緒に行く意味あったんですかね」

 とナビが聞いてきた。

 どうも、負担をかけすぎたようだ。責任を感じているのか萎縮してしまっているのを感じる。

「あったよ。僕は隣にナビがいてくれて助かってるよ」

 返事を待たず言葉を続けた。

「それに、ナビは気にすることないよ。もっと始めて会ったときみたいに色々言ってきていいから」

「そうですか」

 ナビはその後少し考えたようにしてから僕に罵倒の言葉をさんざん浴びせてきた。

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