第28話

「名乗ってませんでしたね。私、佐藤家に仕えております。山村と申します」

 そう名乗ったあの日の男はこの世の人間のものとは思えない笑顔で僕に語るのを辞めなかった。

「先日は突然失礼しました。まあ、あなたが悪いんですけどね」

「ぼ、僕が何をしたって……言うんだ」

 自分でも今の自分に自身が持てなかった。言葉も前ほどしっかり出せない。

「あなたはお嬢様に嫌われている。近寄るなと言われていた。それが証拠です」

「それだけじゃ、わからないだろ」

「そうかもしれません。ですが、それは今日の本題ではありません。あなたはもうお嬢様に会えないのですし」

「……!」

 言葉が詰まった。何も考えたくない。何も聞きたくない。もう、嫌だ。

 はっきりと自分ののぞみがかなわないと言われてしまうことがこんなにも辛いことだとは思っていなかった。

「さあ、本題に入りましょう。1つ目に、私のプレゼントは気に入りました? 気に入っていただけたから、入院までしていたのですかね?」

「なぜそれを?」

「私の情報網をなめないでもらいたい! もちろん、秘密ですがね」

「……なら、プレゼントってなんのことだ?」

「気づいてませんか? あなたに向ける人の目! 言葉! それそのものですよ」

 僕が追い詰められていった原因はこの山村という男が作ったというのか? 少女を僕から引き離し、そのうえ、周囲の人間を僕に対して嫌悪感を抱くように煽動した?

「一体、どうして?」

「わかってませんねぇ、では、第二幕としましょう。この少年に見覚えはありますね?」

 突き出された写真に写っていたのは、最悪の日に山村と一緒に居た少年。僕を突き飛ばしたあの少年だった。

「見たことはある」

「そうでしょう。あの日、お嬢様にはっきりと嫌いだと伝えられた日に居た少年です」

「それがどうしたっていうんだ?」

 山村はチッチッと舌を鳴らした。まるでふざけているかのようだ。

「まあ、そう、焦らないでください。それにしても察しが悪いですね。あなたも」

「何ッ!」

「だから、そう、かっかしないでください。言いますから」

 山村はそうして、焦らすように、フー、と長い息を吐いてから声を発した。

「この少年はお嬢様の婚約相手です」

「そんな、今の時代に?」

「時代なんて関係ないんですよ。まあ、流石にいまのでわかりましたよね?」

「なんのことだ?」

 自分にはさっぱりわからなかった。

 しかし、山村はこらえきれないといった様子で吹き出すと、大きな声で笑い出した。

「アーハッハッハ」

 長く続いたその笑いが収まると、息を整えた後に、

「何がおかしい?」

 という僕の声を遮るように喋りだした。

「あなたは、察しが悪すぎる。これは傑作だ。お付き合いしている方が居るのに別の異性と一緒にいることがおかしいだろって言ってんだよ」

 突然態度を豹変させた山村は威圧感を隠そうともせず、高圧的な喋りを止めなかった。

「もう時間がない。これだけ言わせて帰らせてもらう。二度とお嬢様に会うな!」

 それが、山村の最後の言葉だった。

 情けないことに自分は何も言い返せなかった。

 動けなかった。

 恐怖で足がすくんでいた。

 僕は結局何もできない子供である。そこから動いていないのだということを改めて実感した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る