32話

「はぁ……着きましたよ……」

「あ、ありがとうございます! じゃあちょっと見てきますね! すぐに終わらせますから!」

「ごゆっくりどうぞ……」

 志摩さんはちょっぴりはしゃいだ様子で、お目当てのブースへと近づいていった。

 お店の人に話しかけられてやや挙動不審になっているが、俺が手助けせずとも何とか対応しようとしている。

 ……相手は文具メーカーのスタッフだし、そんなに怖がることもないだろう。

 きっとすぐに慣れるさ……

 って、何保護者ぶってんだ、俺。

 気持ち悪いな!

「そこのお兄さーん! よかったら見ていってくださーい!」

 突っ立っていると、ここぞとばかりに声を掛けられる。

「いや……あの、俺は」

「みんな大好き! さば缶でーす! どうぞどうぞー!」

「……」

 ……さば缶。

 この間のマスキングテープイベントで、明日見さんと志摩さんが買っていた謎の……

「……あの。何でさば缶なんですか」

「お!? お兄さん興味津々!? 教えてあげるんで、見てってくださーい!」

 俺は自分の好奇心に負けて、まんまと捕獲されてしまった。

 さば缶のデザイナーだと名乗る女性に延々と話をされ、結局由来はわからないまま……商品をいくつか買わされてしまった。

 ――押し売りかよ!

「――しまった! 志摩さん!!」

 そして思い出す、彼女のことを。

「え? どうしたの、お兄さん。話はまだ終わってないよ」

「もう結構です。連れが待ってますので」

「じゃあそのお連れさんも一緒に……って、ちょっとぉ~!」

 いつまで話し続ける気だ、あの女!

 商品を買ってやったんだからもういいだろ!

 俺は何とかさば缶のブースから離れた。

 さっきまでいたはずの場所に戻るが、そこに志摩さんの姿はなかった。

 やってしまった……

 子守もできないとは……

 店長に何を言われるやら……

 100%、志貴君にバカにされる。

「ねぇねぇ、お姉さん! よかったらこのハサミどう!? コンパクトでペンケースにもすっぽり! 安心安全! ハコベラのハサミだよ~! 可愛いアナタにオススメ! なんちて!」

 ……ん?

 今の声、聞いたことあるような……

 聞いているとイライラする、この感じ……

「お姉さんマジで可愛いね! 大学生? 一人で来た感じ-?」

 ――なぜお前がここにいる、長船!

 しかも志摩さん!

 長船のやつに絡まれている!

 ベラベラと一人で喋る長船に圧倒され、志摩さんは完全に困り果てている。

 が、空気の読めない長船はそんなことに構わず、ナンパ男の如く、彼女に語りかけている。

 助けてあげたいのは山々だが、長船に俺がここにいるとバレたくない気持ちのほうが勝っている。

 つーか志摩さんは、長船と面識がないのか?

 ……もしかすると、店長が鉢合わせをしないようにしているのかもしれないな。

 ならば、店長のその努力が無駄にならないようにしなくてはいけない。

 ――よって、俺が助けるべきでない!

 ……じゃあ、どうするんだ?

 振り出しに戻ってしまった……

「どうかされましたか?」

 頭を抱えていると、俺は影に包まれた。

 顔を上げると、そこには――

「あ、すみません……思い詰めたような顔をされていたので、つい……」

 救世主、現る――。

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