26話

とある日の夕方。

「いらっしゃいませー!」

 店内で商品のチェックをしていると、明日見さんの声が聞こえてきたので俺も「いらっしゃいませー」と、程々の大きさの声で言った。

 視界に人の姿が入ってきたので、何となく目を向けると、制服を着た男の子がきょろきょろしていた。

 高校生……かな?

 見たことあるような制服な気が……

「お客様、何かお探しですか? お手伝いしましょうか?」

 彼が困っていると思ったのか、明日見さんが声をかける。

 さすが明日見さんだ。

「あ……いや……買い物に来たわけじゃなくて」

「え?」

「友だちが、この店に入っていったような気がして。追いかけてきたんですけど……」

 俺も店内を見渡す。

 今、店には俺と明日見さん、高校生の彼しかいない。

 この子以外に客が来た気配もなかったけどな……?

「すみません。勘違いだったかもしれません。今度は何か買いに来ますね」

 少年は、爽やかな笑顔を残し、店を出て行った。

「何だったんですかね……?」

「わかりません……。万引きってわけでもなそうでしたし……」

 万引きだったらどうするつもりだったんだろう……

 防止で声を掛けてくれるのは、大変良いことだ。

 でも、時々明日見さんのその行動力が怖い……

「明日見さーん、交代するよー」

「あ、はい! ありがとうございます!」

 そこへ、志貴君が現れて、明日見さんと交代した。

「志貴君ってさ……テストとか大丈夫なの?」

 中間テストとか、そろそろあってもおかしくないが、彼はそんな気配を全く出さないので、心配になって聞いてみた。

「そう言われないように、それ相応の努力はしてまーす。テストが近づいてきたら、シフト少し減らしてもらうから安心してよ。それより沖さん、自分の心配をしたほうがいいんじゃない?」

「はい……」

 高校生に言われてしまった。

「あ、そーだ! この間志摩さん泣かせたんだって? すごいね! やるじゃん!」

「その話を蒸し返さないでもらえますか……」

 いい年して何やってんだ、俺。っていつも思ってしまうから、もう封印したいんだ……

 ていうか誰が喋ったんだ、彼に。

「見直しちゃったよ」

「やめてくれよ。そんなんじゃないから。志摩さんには謝ったし、その話はもう終わったし」

 俺は逃げるように、彼に店番を任せてバックヤードへ行った。

「どうしたんですか、そんなに急いで」

 その様子を、休憩スペースにいる明日見さんに見られてしまった。

「あ……いや……急いでるように見えました?」

「見えましたよ?」

 大して広がりもしないのに、おかしな会話の流れを作ってしまった。

「そういえば沖さん。店長から聞いたのですが、今度新しいペンケースが発売されるそうですね!」

「え? ああ……言ってしましたね……」

「いつ入ってくるんですか!? ここにも置きますよね!?」

「え……ええと……」

 俺の記憶力はそこまで良くない。

 覚えることが多すぎて、新商品まで気が回らない。

 一応メモはしてあるので、ポケットから出して確認する。

「……あれ? 明日見さんが言ってるのって、日の出のペンケースのことですよね?」

「そうです!」

「これ、まだまだ先ですよ。発売日」

 え! と、彼女は残念そうな声を上げた。

「どうやら、イベントで先行販売があるみたいですよ……」

「イベントですか」

「はい。えっと……大文房具祭」

「本当ですか!」

 さすがの俺も、このイベントは知っている。

 文房具業界において、最重要イベントだ。

 関係者もこの年に一回行われる、一大イベントには相当気合いが入る。

「わー! 行きたい! 行きたいです! チケット取らなきゃ……」

 明日見さんは自分のスマホで、調べ始める。

 そう。このイベントは、誰でも気軽に行けるというわけではない。

 一般入場者は、事前にチケットを購入しなければいけないのだ。

「すっかり文房具祭のことなんて忘れていました。もうそんな季節なんですね」

 大体いつも梅雨入り前に開催される。

 服装に困る時期だ。

「明日見さんは毎年参加されているんですか?」

「昨年はうっかりチケットを購入し忘れていて、参加できていないんです! 一昨年は行きました」

「やっぱり行ったことあるんですね……」

「もちろん!」

 さすが明日見さん……

「沖さんは行かないんですか? きっと皆さんも行かれると思いますよ」

「いやー、俺は……」

 ……ハッ!

 まずい! 

 これはマステイベントのときと同じ流れでは?

「あ、俺、仕事あるんでもう行きますね」

 彼女に何か言われる前に、俺は素早く退散したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る