24話
その日は、暇だった。
いや、暇と言うと語弊がある。
平穏だとでも言っておこう。
このまま一日が終わってくれたらな……
そんな日だった。
「沖君、今日は何だか穏やかな顔をしているわねぇ」
「えー? そうですかー?」
叩きでほこりを払っていると、衣斐さんにそんなふうに言われた。
「今日は天気もいいし、平和だと思いませんか?」
「そうねぇ。そろそろ梅雨だし、こういう日に洗濯しておきたいわねぇ」
主婦の目線である。
でも、そうだな。
布団とか干しておきたいな。
――なんて、思っていると。
「アレッ!? な、何か急に外が……暗く……」
「あらぁ。雨雲に見えるけれど……」
衣斐さんの言う通り、雨が降ってきた。
それはもうものすごい勢いで。
さっきまでの晴れが嘘のようだ。
ゲリラ豪雨というやつか。
「ああ……洗濯物……」
「干してきてしまったのね……」
今日は早上がりだし、帰ってからでもいいやと、昨日の夜干した洗濯物をそのままにしてきた。
今日は雨の予報も出ていなかったし、まさかこんなに降るとは……
「いやぁ、まいったまいった。降られるとはねぇ」
そこへ、びしょ濡れの女性が一人、店に入ってきた。
こんな朝早くから会社員ぽい人が珍しいな……と思っていたが。
「……あ」
「ヤッホー。元気にやってる?」
エリアマネージャーの
何でここに?
今日、来るって予定入っていたか……?
「ど……どうも……」
「暗っ! もっと明るくいこーよー。沖くーん」
彼女はガハハと笑いながら、俺の背中をバシバシと叩いた。
全国展開している紫陽花堂。
当然、エリアマネージャーなるものが存在している。
各々何店舗か担当させられ、実際店へ行き、売り上げのみならず売り場や店員のチェックをする。
売り上げが悪いと、一緒に対策を練る。
新野さんとは異動が決まったときに顔合わせをしただけで、それ以降はまだ関わったことがなかった。
「あの……今日はどういったご用件で……?」
抜き打ちで来ることなんてあるのだろうか。
そもそもここ……指導されるほど何もしてない……
強いて言うなら、人手不足くらいだろうか。
「んー、いやまぁ、今日は店舗回ろうって決めてたから。店長は?」
「……昼からの出勤ですけど」
「あちゃー!」
シフト確認してから来いよ。
何しに来たんだ。
「俺でよければ伝言預かりましょうか……?」
店長の代わりとしてはまだまだ役不足だが、ある程度なら対応はできる。
「沖君でもいいんだけどー、秋谷もいてくれなきゃねー」
だったらなおさら確認してこいよ。
「じゃ、じゃあ……どうしますか? 日を改めます……?」
「待とう!」
「……」
「出勤してくるまで、待たせてもらうよ!」
今何時だと思っているんだ……
「けど、新野さん……仕事は……?」
「そうだなぁ……パソコンは持参してるけど、社内のシステムは使えないからな、これ。あ、そうだ。ここのパソコンを借りよう」
いいこと思いついたって顔しているけど、エリアマネージャーとしてどうかと思うぞ、それ。
「そもそも店舗周りって、こんな朝早くからやっているんですか……? 店開けてからそんなに時間たっていないんですけど……」
「会社に行くのがだるいから、一番遠いここを最初にして、直行したんだ! おかげで無意味な朝礼に参加せずに済んだよね。最高!」
「……」
好きにすればいいと思うけど、言っちゃう?
「マジでさ、時間の無駄だと思わない? ぐだぐだ報告するくらいならやめろって感じだよね。数字の報告とか会議でもやってるじゃん。それでいいじゃん。駄目?」
新野さんの言い分はすごくわかる。
でも、俺に言わないでほしい。
「あの、すみません……とりあえず奥へ行きましょう。お客さんも来るし……」
ここで熱く語られても困るので、彼女を事務所のほうへと誘導した。
衣斐さんには店番お願いしますと、一声かける。
「あ、ちょっと待てよ。ここで時間を稼いで、昼から残りの店を回れば……直帰できるパターン!? 今日一回も会社行かなくていいー!?」
社会人として本当にどうかと思うことを思いついて、目をキラキラさせている新野さんを見て、俺はそっとスマホを取り出した。
一刻も早く、この人を追い払いたくて、このとき俺は初めて店長に電話で泣きついた。
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