21話
「ちょっとちょっと何やってんのさ。何で志摩さん泣いてんの!?」
何かを察して現れた店長が、この有様を見てぎょっとする。
「いや……その……すみません。俺が悪いんですけど、俺は悪いと思ってません」
「は!? 何言ってんの!?」
わけがわからないという顔をされた。
「うぅ……店長ぉ……私、やっぱりこの人苦手ですぅ……」
まるで言いつけるように言われ、カチンときた。
「やっぱりって何ですか? どういうことですか? ――ああ、なるほど。店長に俺の陰口を言ってたわけだ」
「ち、ちが……」
「沖君、落ち着こう。被害妄想は良くないよ。だから落ち着こう」
被害妄想だって?
――ふざけんな!
「人見知り、人見知りって……何でもかんでも人見知りのせいにして、嫌なことから目を背けているだけだろ。何が演技だよ。逃げてんじゃねぇよ」
言い出したら止まらなくなり、自分の口かってくらいよく動く。
「正論過ぎて何も言えない……」
「店長!」
「じゃなくて、沖君! 言い過ぎ! 子どものケンカじゃあるまいし、いい加減にしなさい。――志摩さん、あっちで休憩していきなさい。ちょうど新しいマスキングテープのサンプルをもらったからさ、見て行きなよ」
赤子をあやすように店長は志摩さんに話しかけながら、奥へと消えていく。
それと入れ替わりで、碓氷さんが入ってきた。
「……何。アンタ、女の子泣かせたの?」
やっぱりそう言われますよね……
俺が泣かせたことには間違いないんだけども。
「ゆっくり話を聞こうじゃないか。どうせ暇だしね。――明日見ちゃん、交代するよ」
さては面白がっているな? この人。
「あんたの言いたいことはわかるよ。言い過ぎだけどね」
「……それは反省してます」
つい余計なことまで言ってしまったのは、事実である。
「結局私たちもさ、泣かれると困るから言えなかったってのもあるしね。甘やかしてしまったというか何と言うか。仕事は一応できているし。それに、そこまで他人の私らが言うか? っていう気持ちもあった」
「そこなんですよ。しょせんは他人。たかがアルバイト。それなのに皆さん、過保護かってくらい彼女の世話を焼いている。俺はそれに納得がいかなかったんです。警察沙汰になりたくないという店長も気持ちはよくわかります。それでも俺には疑問だった。で、当の本人は改善しようとする気配がない。みんながここまでやっているのに。そう思うと腹が立ってきて……」
落ち着きな。と、彼女は俺の肩を軽く叩いた。
「若いね。あんたは」
「はぁ」
「あんたみたいな人も時には必要だよね」
「……それって、励ましてくれているんですか?」
「何とでも思いな」
ニヤリと、碓氷さんは意味ありげな笑みを浮かべた。
あがりの時間が迫っていたので、バックヤードへ行くと、志摩さんはまだいた。
明日見さんとわずかな休憩スペースで、楽しそうに何かをしていた。
「あ! 沖さん! お疲れ様です!」
気づかなくていいのに、気づかれてしまった。
お疲れ様です。と、俺も返す。
志摩さんはこっちを見ない。
「……何してるんですか?」
興味はなかったが、平然を装うために聞いた。
小さなテーブルには、カラフルなテープのようなものが広げられていた。
「マスキングテープです!」
ああ。そういやさっき、店長が言っていたな。
「新商品のサンプルだそうです。可愛いので、志摩さんとノートに貼って柄を見ていたんです」
二人はノートの表紙に沢山テープを貼り付けていた。
むやみやたらに貼るのではなく、きちんと装飾されている。
デコるってやつだな。
「色々ありますね……」
「そうでしょう! 全部欲しくなってしまいます!」
さすがにそれはないな……
「いくつかは店で販売しようかと、店長は仰ってました。ここはあまりマスキングテープの取り扱いがないから、少しさみしいなと思っていたところなんですよね」
需要があまりないからな……ここだと……
申し訳程度には置いてあるんだけれど。
「置いてあると、つい手に取っちゃうよね。だから、もっと置いてほしいんだけど……」
ようやく志摩さんが口を開いた。
「広さ的には難しいかもしれないですけどね。……志摩さんは、マスキングテープが好きなんですか?」
無視されないことを祈りながら聞くと、彼女は小さく頷いた。
「俺、イマイチわからないんですけど、マスキングテープってどういう使い道があるんですか?」
「沢山ありますよ!」
そう言って明日見さんは、スマホの画面を俺に向けた。
硝子瓶などのちょっとした小物にマスキングテープを貼って、お洒落にアレンジしている写真を見せてくれる。
「……みんなお洒落なことをしていますね……」
「ですよね!? 私も頑張って真似してみるのですが……なかなか上手くいかないです。志摩さんはこういうのお上手ですよね!?」
そんなことないよ。と、志摩さんは恥ずかしそうに首を亀のように引っ込めた。
「沖さんもどうですか?」
「いやぁ……」
「あ、明日見さん……男の人はこういうの、あまり興味ないんじゃないかな……」
返答に困っていると、志摩さんが助け船を出してくれた。
どうしても小物アレンジって、女性がやるイメージが強いし……
「そうですか? ――あ! そうだ!」
いいことを思いついた! とでも言いたげな顔になる明日見さん。
嫌な予感……
「今度の日曜日、三人でマスキングテープを買いに行きませんか!?」
「え……」
俺も志摩さんも、彼女の思わぬ提案に絶句した。
何がどうなったら、そんなことになるんだ!?
「先程店長が教えてくださったのですが、本店でマステフェアをやっているみたいなんです!」
――しかも紫陽花堂の本店かよ!
「きっと楽しいお買い物になりますね!」
俺にとっては、地獄のような一日じゃないか……
明日見さんの誘いに断ることもできず、俺たちは応じるしかなかったのだった――。
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