19話

「やっと終わったー……」

 無事に品出し完了。

 うん。商品もきっちり並んでいい感じだ。

「お疲れ様です! 綺麗に並んでますね!」

「でしょう? 俺、こういうのはきちんと並べないと気が済まないんですよ」

 潔癖とまではいかないが、斜めになっているものがあれば真っ直ぐにしたい派だ。

「この間のハコベラさんの鋏は、すっかり隅っこに追いやられてしまいましたね」

「え? ああ……そうですね……」

 あなたが追いやったようなものですよ……明日見さん……

「でもよくないですか。その代わりに例の花消しゴムを置いているんですから」

 次、ハコベラの営業担当、長船が訪問してきたら、俺が対応するようにと店長から言われている。

「そうですね。――消しゴムのアイデア、とても素晴らしいと思いますよ」

「……あれは店長が考えたのであって、俺は」

「いえ。沖さんのアイデアでもありますよ店長から聞きました」

「……そうですか」

 複雑な気分になり、素直に「ありがとう」と言えなかった。

「少し、文房具に興味が出てきたのでは?」

「……うーん……」

 それとこれは話が別なような。

 みんな、それぞれこだわりを持っていたり、そういう使い方もあるんだっていう発見とかもあったけれど……

 自分で買うかと言われると、買わないような気がする。

「沖さんが最近使っているペンとかメモ帳とか、使いやすくないですか?」

「え? ええと……」

 俺はエプロンのポケットから言われたものを出した。

「ペンは……黒羊社のスラットペン? でしたっけ?」

 長船にも言われたから、名前は覚えていた。

 黒羊社は字の通り、黒い羊をトレードマークとした、ペンメーカーである。

 スラットペンは名前こそ普遍的だが、スラスラと書けることを売りとしており、黒羊社のペン事業を大幅に拡大することができたと言える、ヒット商品だ。

 ……というのは、営業として頭に入れていたことなのだが、実際スラットペンがどんな形状をしているのかまでは、言われるまで知らなかったのだった。

「確かに書きやすいですけど……。ええと、メモは……?」

「シカクさんのメモですね!」

「ああ、そっか」

 株式会社SHIKAKU。

 言わずと知れたノートメーカー。

 どれもお高いノートばかりである。

 道理でこのメモ、紙の手触りがいいわけだ……

 そんなメモをどこで手に入れたかというと。

 ペン同様、元々持っていたメモを切らしてしまい、店長がくれたものだ。

「ペンと紙の相性がきっといいのでしょうね。だから書きやすいんですよ」

「相性?」

「はい! 必ずしもペンやノートがいいものだからと言って、書きやすいとは限りませんよ」

「へ……へー……」

 相性。

 気にしたことなかった……

「たまに感じたことありませんか? このノート、書きにくいなって」

「あります。でもそれって、ノートの紙質が悪かったりしませんか?」

 SHIKAKUみたいに、いい紙質のノートばかりではない。

 安い値段で売られているノートほど、紙質も下がる。

「意外とそういうのも、ペンを変えればそうでもなかったりするんですよ。仰る通り、どうあがいても紙質が悪いのもありますけどね。私、再生紙を使ったノートというのは、どうしても好きになれないです」

「あー……安いけど、言われてみれば……」

 学生の頃はよく使っていたな。

「明日見さんはよくそういうことも気にして、筆記具を買っているんですか?」

「私は色々と試したいので、今は無差別に手を出しております!」

 無差別に手を出す……

 使ったことないや、そんな言葉……

「どうですか!? 興味出てきました!?」

「そ、そんなすぐには……今はこのペンとメモだけで十分です」

「買いたくなったときは、ぜひご相談ください!」

「はい……」

 前のめりの明日見さんが、若干怖い。

 すっかり油断していたが、危うくテレビの通販みたいに買わされそうになった。

「あ、俺、そろそろあっちに戻りますね」

 またお喋りを続けられても困るので、バックヤードへ戻ろうとしたときだった。

 店の自動扉が開き、客が入ってきた。

「いらっしゃいませ……って、アレ?」

 反射的に声を掛けたが、見覚えのある顔がそこにいた。

「志摩さん!」

「こんにちは……」

 手を振る明日見さんに、彼女は力なく微笑み返した。

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